Saelum 61
彼はマイリーに会いに来たのだと瞬時に確信する。
「彼はオッドアイを持った故に、たくさんの苦しみを背負うことになってしまいました」
クレナはお墓から、牧師へと目線を移した。相手から飛び出した単語に、驚き目を見開く。
「オッドアイを知ってるんですか?」
「彼の過去はご存じなんですね」
「はい」
クレナは隠すことなく、頷き答える。
「彼が産まれた当時は確かにオッドアイは知られておらず、彼の目の色は周りからは異様に思えたのかもしれません……わたしの父が何度か彼を悪魔払いしたと聞いています」
牧師はひどく切ない表情で、アリアのお墓を見つめていた。
「彼女もまた、自分の子を守りたい反面……周りからの言葉に従わずにはいられない環境に苦しんでいました。彼がこの村を離れて数年が経ち、ようやくオッドアイが知られるようになりました……ですが、その頃には彼の行方を知るものは誰もおらず、アリアを含めた家族全員が大変後悔していました」
「アリアさんが病気だったことも彼は知らされて居なかったんですか?」
「いえ、アリアが病気で倒れた頃にわたしの知り合いが彼を見掛けたと聞き連絡を取りました。しかし、あんな過去を経験しまったせいでこの村へ戻ることを拒絶しました。それは当然のことで、仕方なかった……結局アリアは最後まで息子に会えないまま生涯を終えてしまったんです」
知れば知るほど、彼の抱えている苦悩に胸が苦しく締め付けられる。アリアのお墓にやっと花束を置くと、牧師は静かな声でまた話を続けた。
「彼にマイリーの死を伝え、お墓に一度でも来てあげてほしいと伝えた後……彼はまた忽然と姿を消してしまったのです」
「え?」
「彼はここへ来るつもりだったらしいのですが……神隠しにでもあったかのように居なくなってしまった。警察にも協力はしてもらったのですが、彼を見つけることが出来ませんでした」
“神隠し”という言葉に、クレナは何故か心のざわつきを感じる。
「しかし、二年が経って……いきなり彼がやって来たんです」
「二年間もどこに?」
牧師は少し困った顔で微笑んだ。
「それが彼も覚えてないと……ここへ来る途中からの2年間の記憶が全くなくなっていたそうです。本当に神隠しに合ったのかもしれないですね」
その青年が経験したことが自分のことと若干重なっているように思えた。
3日間だけ抜け落ちてしまった記憶。だが、それ以上に長い夢を見たような感覚。そして、目覚めてからの自分への違和感。夢物語の続きを追い求めるように、何かをずっと探し続けている。
その答えのヒントは、きっとこの花なのかもしれない。
「このスノードロップは彼が?」
「はい」
牧師は笑顔で頷く。クレナはまたスノードロップに目を向けた。まだ冷たい空気に包まれた大地に、希望を持たせるように可憐に咲く花を愛おしく眺める。
あんなにも彼が気になったのは、過去に出逢ったことがあったからだとばかり思っていた。けど、それだけが理由ではないとクレナは感じていた。
(わたし、なんでこんなに彼に会いたいんだろう?)
交わした言葉すら思い出せない状態で、彼に一体なにを求めてるんだろう。会ったところで、彼がクレナを覚えているとは思えない。あの日の反応を見る限り、クレナのことなど微塵も覚えていないだろう。
悩み出したクレナの耳に、牧師の優しい声が届く。
「彼は、誰かを探していたようですが……あなたのことですか?」
「え?」
「違っていたならすみません。彼も自分が誰を探しているのか分かっていなかったようですが、この花がその人を探す手懸かりなんだと話していました」
「本当ですか?」
クレナは思い出したようにバックの中からあるものを取り出すと、慌てて牧師に見せた。それは、目が覚めた時に自分が握っていたスノードロップだった。
「もしかして彼も、目覚めた時にスノードロップを握ってたんじゃ……何か聞いてますか?」
「いえ、そこまでは」
「そうですか」
そう簡単には、真相には辿り着けない。クレナはまたバックの中へとしまうと、牧師に向き直る。
「なら、彼が今どこにいるかは知りませんか?」
「また来ると言っていましたから、近くにいるのは確かでしょうが……明確な場所はわたしも。すみません、お役に立てませんでしたね」
「いえ、いいんです」
ここまで来たけど、また振り出しに戻ってしまった。記憶も結局戻っていないし、彼と交わした約束も分からないままだ。自然と気分が落ち込んでいくのを感じた。
「お嬢さん」
牧師の呼ぶ声に目線を上げると、目の前に一輪のスノードロップが映った。
「わたしが育てたものです。どうか、これを……」
「えっ……ありがとうございます」
「スノードロップの花言葉はご存じですか?」
「“希望”ですよね」
眼鏡の奥で目を細め、スノードロップを乗せたクレナの手を優しく下から包み込む。
「あとは“逆境の中の希望”とも……どんなに大変な状況に陥ったとしても、必ず道は開かれます。だから、あなたも希望を捨てずに探し続けてみてください」
その言葉で不思議と落ち込んだ心が和らいだ。
「ありがとうございます。諦めないで、彼を探してみます」
「あなたに神のご加護がありますように祈り捧げます」
手が離れ、牧師はゆっくり頭を下げる。
「あの……また、訪ねてもいいですか?」
「もちろんですよ……クレナさん」
「あれ? わたし、名前言いましたっけ?」
「ええ、お会いした時に」
そうだっただろうかと首を傾げるも、クレナは深く気にすることもなく牧師にお辞儀した。
「今日はありがとうございました。また必ず来ます」
「はい、お待ちしてます」
クレナは渡されたスノードロップを手に、決意した表情で歩き出す。
(あっ、そうだ! 肝心なこと聞いてない!)
「すみません、牧師さんっ……彼の名前を」
だが、振り向いた先にはもう誰も居なかった。
まるで、幻想でも見ていたかのように人の気配すら残っていない。
「どこに?」
先ほど触れられた相手の体温がまだ残る手をクレナはじっと見つめた。
「もしかして、神様?」
そう呟いた自分がおかしくて小さく笑う。
「まさかね……」
きっと、急ぎの用でもあって居なくなっただけだと思い直し、クレナはまた進むべき方向に体を向けた。




