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ヘヴンリー・ガーデン~天界の庭~  作者: 石田あやね
最終章【奇跡の花】
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Saelum 60

 金髪の少年がこちらを警戒して見つめてくる姿がぼんやりと浮かび上がり、何かを話している。

 しかし、会話が聞こえてこない。


 ――何を話したんだっけ?

 ――どんな約束を交わしたんだろう?


 けれど、わかったことが一つだけある。記憶の中の少年の瞳は“彼”と同じだった。


「ねぇ、お母さん……その友達の家は何処にあるの?」


 あの少年が、もしかしたら“彼”かもしれないと思った瞬間、どうにかして会いたいという衝動に駆られた。


『なんで?』


 マイリーが不思議そうに聞き返す。“なんで?”と聞かれると、正直自分でもわからない。何か別の力がクレナの背中を押しているような感覚に襲われる。


「なんとなく行ってみたくなって」

『別にいいけど……あ、ならお願いしていい?』

「なに?」

『アリアのお墓参り、行ってくれない? この間、命日だったから』

「わかった」


 マイリーにアリアの住んでいた家の住所を聞き、そこで通話は終わる。アリアの住んでいた村はハンブルクからそう遠くはなかった。


「明日、行ってみようかな」


 自分が今抱く違和感が、彼に会うことで変わってくれるような気がする。クレナは、さっそく行動を開始するべく立ち上がり、会社を後にした。

 帰りの道中、あのお爺さんの居る花屋に立ち寄る。


「おおっ、この間のお嬢さん。もしやあの後、彼と会ったかい?」

「はい。大切な花だったみたいで」

「申し訳ない事をしたねぇ。せっかくのスノードロップを……わたしの責任だ」

「いえ! そんな、お爺さんのせいとかじゃないですからっ」


 落ち込むように肩を落とすお爺さんに、クレナは慌てて否定する。


「予約のスノードロップを断らずに買ったのはわたしです。だから、責任とか言わないでください」

「いやいや……もし、スノードロップが入荷したらお嬢さんにプレゼントするよ。それぐらいのことはさせておくれ」

「プレゼントなんて……」


 きっと何を理由にしても、お爺さんは納得してくれなさそうだ。そこで、クレナは良いアイデアを思いつく。


「お爺さん。プレゼントの代わりにお願いを聞いてもらってもいいですか?」

「なんだい?」

「スノードロップを予約した彼を見かけたら、わたしに教えてほしいんです! 今どうしても、彼に会って伝えたいことがあって」

「そんなことならお安いご用だ!」

「ありがとう、お爺さん。あと、綺麗な花束をお任せで作ってもらえますか?」


 クレナの笑顔に、またお爺さんの豪快な笑い声が響く。


「よし、お嬢さんのために飛びっきりの花束を作ろうじゃないか!」


 気合いを入れたお爺さんは、腕捲りをして花を選び始めた。




  ◇◇◇  ◇◇◇



 翌日、クレナはお爺さんが作ってくれた花束を手に、流れる景色をバスの窓から眺める。様々な建物が建ち並ぶ都会的な光景は、いつしか田畑が広がる自然豊かな風景へと変わっていた。

 うっすらと、見覚えがあるように感じる。幼い日の記憶を呼び起こすのは安易ではないし、普通思い出すことはない。けど、どうにか記憶を取り戻そうと、バスに揺られながらを必死に記憶を探った。瞼を閉じ、意識を集中させるも、記憶を閉じ込めている扉はなかなか開いてはくれない。クレナは落胆の溜め息を零した。


(村に着けば、何かがきっかけで思い出せるかな)


 それを期待して、クレナはまた窓から景色を眺める。しばらくしてポツリポツリと家が見え始めたと同時に、目的地を知らせるアナウンスが車内に流れ始めた。クレナは慌てて停車ボタンを押すと、徐々にバスは加速を緩めていき、ぽつんと寂しげに佇むバス停に停車する。

 バスから下りると、古い風習がいかにも残っていそうな小さな村が目の前に広がった。家も数えるほどしかなく、外を出歩く人があまり見受けられない。あまり村以外の人が訪れることがないのだろう。たまにクレナとすれ違う住人は、よそ者に対しての警戒心が強いようで、近寄るなと言わんばかりの表情でこちらを睨んできた。その度に、居心地の悪さを感じる。だが、今のクレナに引き返すという選択肢はなかった。


(アリアさんの家とか訪ねたいけど……あまり意味がないかもしれないな)


 オッドアイの幼い子供を悪魔扱いした村という印象が強く残り、息子の住んでいた家を直接訪ねるのに躊躇いがあった。そもそも、家を見つけたところで息子の情報が手には入るとは到底思えない。それでも藁をも掴む思いで、クレナは目的の場所を探し求めた。

 建ち並ぶ家を確認しながら進んでいき、四件目の家の前まで来た時、クレナの足が自然と歩みを止める。


「ここ、知ってる……」


 目の前の古びた家を懸命に見つめた。もう人の気配のない住む人を失った家は、壁や屋根も剥がれ落ちてしまい、廃墟と化していた。それでも昔の面影は残っており、ぼんやりと浮かぶ記憶の中の家とぴったりと重なる。


「そうだ……ここで車を降りて、この家にお母さんと入ったんだ!!」


 雑草が生い茂る庭を横切り、玄関の前に立つ。錆び付いたドアノッカーに手を伸ばした時だった。


「お嬢さん、この家には誰もいませんよ」

「え?」


 ドアノッカーに触れる寸前で背後から声がかかり、クレナは急いで振り向いた。そこには、眼鏡を掛けた若い牧師が一人立っていた。


「見かけない顔のようですが、この家の人とお知り合いなのですか? 残念ですが、もうここには誰も住んではいません」


「あの、なら……ここの息子さんが今どこに住んでるかとか、ご存じありませんか?」

「彼と面識があるのですか?」

「一度だけ、昔会ったことがあって……彼の居場所を探しているんですけど」


 そう返事を返すと、牧師は笑顔で“ついておいで”と言って歩き出した。クレナは一瞬だけ迷うも、その牧師の後を追うことを決めた。


「あの、何処に?」

「ここは人の目につきますから……教会がすぐそこにあるので、そこでお話しましょう。それに……あなたは別の目的もあって、ここへ来られたのではないですか?」


 牧師の目が花束へと向けられた。


「はい、お墓参りに……その息子さんのお母さんにお供えしたくて」

「なら、案内しますね」


 この牧師を信じていいものか、少しだけ戸惑う。もしかしたら、“彼”を今も悪魔と思い込んでいるかもしれない相手だ。けど、不思議と彼の眼差しに込められた優しさに、なぜか安心感を覚えてしまう。

 そして、教会の裏にある墓地の中にひっそり佇むアリアのお墓の前までやって来た。


「これっ」


 アリアのお墓の前に、見覚えのある花が置かれてあることに気づく。

 それは彼に返した、あのスノードロップだった。

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