Saelum 52
ヨンギは指輪を嵌めた右手を何故か嬉しそうに見つめる。
「神様の配慮で、規則違反はどうやら免除になったようなので……気が済むまで護衛隊を続けます」
「ヨンギがそれでいいなら止めはしないけど」
アランは少し不満そうだった。
きっと、更生して、ヨンギにも新たな人生を、幸せな未来を生きてほしかったのだろう。
「そんな不機嫌にならないでください。ここでの生活、結構気に入ってるんですよ?」
「だったら飽きるまでやればいいさ」
「けど、僕がいつか更生を願い……遠い来世でまた出会えるとしたら」
すると、いきなりヨンギが体の向きを変え、優しくクレナの右手を持ち上げる。
「ヨンギさん?」
そのまま引き寄せられ、お互いの距離が縮まった瞬間に、クレナの手の甲にヨンギの唇が落とされていた。あまりにも突然の出来事に、クレナは固まったまま何も言えなかった。それはアランも同様だ。そんな二人をよそに、ヨンギは何事もなかったように唇を離し、クレナに満面の笑みを浮かべた。
「その時は、覚悟してください。誰が相手でもあなたを奪いに行きますから」
「お前なっ!」
「アランもあまり油断しない方がいいですよ……僕とクレナさんだって深い絆で繋がってますから、次は負けません」
「黙れ、ヨンギ! 何回生まれ変わっても渡すわけないだろ!」
本気になりだすアランを余裕な笑みでからかうヨンギ。なんだか、いつもの調子に戻っていた。
「神様にまで興味を持たれてしまう女性ですよ。少しでも気を抜いたら許しませんから」
「気なんか抜くか! 誰が相手でも俺は負けない!」
こう見ると、本当に兄弟みたい。アランもきっと、ヨンギとは離れがたいに違いない。
クレナはブレスレットを見つめ、少し考えてから二人に声をかけた。
「ねぇ、今日はみんなでお祝いしませんか?」
「は?」
「お祝いですか?」
クレナの発言に、二人はキョトンとした顔で振り返る。
「ずっと旅続きで、ゆっくりしたことなかったじゃないですか。だから、みんなでお祝いパーティーしましょう! ヨンギさんとアランと過ごす最後の夜くらい、楽しんでもバチは当たりませんよ! 神様も許してくれますって!」
意外な提案に、ヨンギは心配そうな顔をしてクレナに尋ねた。
「しかし……すぐにでも帰りたいんじゃありませんか? クレナさんだって、もとの世界でやらなくてはいけないこともあるでしょうから」
「けど、三人で過ごせるのは今しかないんです。帰るのが一日遅れるぐらいどうってことないですよ! ……ね? アランもそれでいいでしょ?」
「お前がそうしたいなら好きにしろ」
アランは素っ気なく答え、顔をそむける。
「なら、決まり!」
きっと、こういう一時も夢から覚めたら忘れてしまうかもしれない。けれど、今だけは、この三人と過ごしてきた短い時間を大切にしたい。そうクレナは強く思った。
「そしたら、わたし料理作りますね!」
クレナは腕捲りをして、さっそくキッチンへと向かった。
「なら、俺はこの部屋を片付けてセッティングしておくから……ヨンギ、お前は料理手伝ってやれよ」
「何ですか? もしかして、僕に気を使ってるんですか?」
「そりゃ、使うだろ。俺だって、お前が大事な仲間だって思ってるんだ」
アランはそのまま、廊下の方へと体を向ける。不器用な彼なりの優しさに、ヨンギは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、アラン」
「その代わり、変なことするなよ」
背中を向けたまま、ボソッと呟く姿に、ヨンギは思わず吹き出す。
「地獄耳ですね。わかりました……一応、気をつけます」
返事を返す代わりに、眉間に皺を寄せたアランの目が向けられた。
「冗談ですよ」
ヨンギはそのままクレナの方へ向かう。背を向けたヨンギを見つめ、アランはわずかに笑みを零した。
「さあ、僕も手伝いますよ」
「ありがとうございますっ……ヨンギさんとアランは何が好きですか? 一通り料理はできるんで、なんでも言ってください!」
「なら、クレナさんとアランの居たドイツの料理なんか食べてみたいですね。アランもそれなら喜ぶと思いますよ」
「なるほどっ」
何がいいかと一人言を言いながら、冷蔵庫の中身を確認し出したクレナに、ヨンギが静かに告げる。
「クレナさん……ありがとうございました」
「え? わたし何かしました?」
冷蔵庫を覗いていたクレナは、不思議そうな顔で振り向く。
「アランの事です。アランをまた生きたいと思わせてくれて……出会った時は、抜け殻同然でしたから」
「ヨンギさんはアランの過去を知ってたんですか?」
「詳しくは……けど、片目の色が違うのは一度見たことがあるので、何となく彼の傷が深いのは想像できました。それでも、アランにはなんとか生きて戻ってほしいと考えて、嘘の規則を教えたんです」
ヨンギが、リビングの片付けを始めたアランに視線を向けた。
「護衛隊をやりながら、何かきっかけが生まれればと……だから、クレナさんには感謝しています。僕にはアランを変えることができませんでしたから」
「ヨンギさん」
アランを見つめる眼差しは、本当に弟を想う兄のように映った。
「それは違いますよ。アランを今まで支えたヨンギさんのおかげですよ! わたしだってヨンギさんに何度励まされたから……あの夜だって」
間違ったと、言いかけてから気がつく。
あの時はヨンギであっても、中身は神様だった。
「実は、あの時のこと、僕もぼんやりとですが聞いてたんです。眠りが浅かったせいか……夢かと思ってましたが、アランにその夜の話をされて、そうじゃなかったんだと知りました」
「え? なら、神様のこと」
「前から僕の中には、誰かが居ることは薄々気がついてはいました。まさか神様が入ってたのは予想外でしたけどね」
ヨンギは昔を思い出してか、懐かしむような表情を浮かべる。
「頭の中に呪文が聞こえてきたのは、決まって僕が困ったときでした。ソユンがいじめられてるのを見た時とか、僕が木から落ちそうになった時とか……だから、中に居るのが悪いものではないとはわかっていましたが、力を使う気にはなれなかったんです」
「力を使わなかったこと、後悔してますか?」
「いいえ、してませんよ」
ヨンギは曇りない笑顔でクレナに向き合う。
「僕とソユンはああなる運命だった。それにソユンは僕の代わりにちゃんと生きてくれたから……あの日のことはもう後悔していません」
嘘偽りない言葉に、クレナも笑顔で返した。
「さあ、料理に取り掛かりましょう。あんまり喋っていると、誰かさんがうるさいですから」
ふと視線を向けると、すでにこちらを睨んでいたアランと目が合う。その様子を見て、クレナとヨンギは一緒になって笑い合った。




