Saelum 51
――夢物語から覚めた時、自分はどんな風にアランを見つけ出せばいいのだろう?
ここでの出会い、愛おしい声、肌に残る温もり、想いが籠った言葉すら忘れてしまう。うまく現実世界で再会を果たしたとしても、気づくことすらできずに、ただ通り過ぎて終わってしまう。
アランと再会を誓ったはずなのに、繰り返し悩む自分がクレナは情けなく思った。
「クレナさん、アラン……二人がここで過ごした記憶は、すべて削除されます。なので、二人が出会ったとしても、お互い気づかないで終わってしまう結末も覚悟してください」
天界では出会えて、過去の繋がりも知ることができたけど、またゼロに戻ってしまう。
「そうなったとしても構いませんか?」
それでも、選択肢は一つ。
「今さら、何言ってんだよ」
「アランっ」
力強く手を握られたことに気づいたクレナは、隣に座るアランに顔を向けた。何の迷いもない真っ直ぐな瞳をしているアランを見た瞬間、すべての不安が消え去ったような感覚に陥った。
「記憶がないからって、簡単に諦められるか! 俺はクレナをかならず見つけ出すって決めたんだ……何を言われたってこの決意を変えたりしない!」
「アランらしい答えです。クレナさん、あなたは?」
――もう悩むのはやめよう。
クレナにもう迷いはなかった。
「わたしも記憶がなくても構いません。ここでアランと出会えて惹かれたなら……きっと、わたしはまた彼に恋をする日が来ると信じます」
「そうですか」
彼は納得したように頷き、嬉しそうな顔でこちらを見据えた。
「お疲れ様です。最後の試練、合格です」
そう告げたヨンギの声が合図だったかのように、黄色い光がクレナたちを包み込む。お互いブレスレットを見ると、そこには五つ目の石が光っていた。
「えっ、あの……いつ試練が?」
アランもよくわからないといった顔をしながら、目の前で笑顔を浮かべるヨンギに視線を注ぐ。
「さっきは意地悪な質問をして、わざと二人の気持ちを試させてもらいました。最後の試練は“揺るぎない思い”です……どんな過酷な道を示されても折れない決意。見事、試練突破です」
「えっと、なら帰れるんですか?」
「もちろん。そのブレスレットに帰りたいと念じれば、すぐにでも帰れます」
クレナは改めてブレスレットを眺めた。
「けど、もとの世界へ戻ったら試練のことも忘れちゃうんですね」
「安心してください、クレナさん。確かにここでの出会いや試練の記憶は残りません。しかし、全く失うわけではないのです」
「えっ?」
「実感がないだけで、ここで得たことは心に刻まれ、きっと新しい自分を築けていけます。そして、アランとクレナさんが出会った時、きっとお互いが持つ繋がりに気づけるはずです」
ヨンギが二人の目の前に、両手を握り締めた状態で差し出す。
「これは僕からの贈り物です」
そう言って手を開くと、さっき見たスノードロップの花が二輪乗せられていた。
「二人の“希望”の手助けになるように」
「ありがとうございます」
クレナが一輪を受けとると、アランも不思議そうにスノードロップの花を手に取る。
「御守りだと思って持っていてください」
「まぁ、いいけど」
「では、僕は本来あるべき姿に戻りたいと思います」
「えっ? それってヨンギさんの中から離れるってことですか?」
クレナの問いに、ヨンギはゆっくり頷いた。
「彼の中でたくさんの感情を学び、人間の心というものが少しだけですが、理解できましたからね。そろそろ、彼から離れる時期でしょう」
「あの、ヨンギさんにはソユンさんのこと」
「大丈夫。僕から伝えておきますから」
そう言って、彼は左手を高く掲げる。
「クレナさん、アラン……あなた達に待つ未来が希望で満ちることを願っています」
パチンっと指を鳴らすと、ヨンギの体からキラキラと輝く光の粒が抜け出し、天へと向かっていく。そして、空気に馴染んでいくようにゆっくりと消えていった。
「……おい、ヨンギ?」
アランが恐る恐る近づいていくと、ヨンギの閉じられた瞼がゆっくりと開かれる。
「ヨンギさん?」
「はい……ヨンギです」
笑顔を見せるも、ヨンギの瞳からは静かに涙が零れ落ちる。
「お前、今までのこと聞いたのか?」
「ええ、僕に何が起きたのか全部見せてもらいました。すみません、一気にいろんなことを知ってしまったせいで涙腺が」
ソユンのことを知って、どんな気持ちなのか想像もつかない。擦れ違い、会えずに終わってしまった切なさと辛さは、計り知れないほどだろう。
そんなソユンの生まれ変わりが、自分だっただなんて逆に申し訳なく思い、クレナは気まずそうにヨンギを見た。
「あの、ヨンギさん……わたし」
涙を拭き、ヨンギはそっとクレナの側へと歩み寄る。抱いていた罪悪感を拭い去ってくれるようなヨンギの優しい眼差しに、思わず泣きそうな気持ちになった。
「クレナさん、今まで大変でしたね。何も手助けできずに終わってしまって、申し訳ありませんでした」
「そんなっ……わたしの方こそ何も」
「けど、ずっと待ち続けていた人に出会えていたなんて思いもしませんでした。会えたことを嬉しく思ってますが……クレナさんがソユンの生まれ変わりだと知って正直、複雑なんですけどね」
ヨンギがいたずらっ子みたいな笑顔を浮かべた。
「え?」
「アランっ」
隣にいるアランに、真剣な眼差しを向ける。
「今回はアランにクレナさんを任せます。僕の妹でもありますから、必ず会って幸せにしてもらわないと困りますよ」
「分かってるよ」
アランは気まずそうにしながらも、しっかりとした口調で告げた。
「お前の分まで幸せにしてやるから安心しろ」
「それはそれで、妬けますねっ」
そう言って小さく微笑むヨンギに、アランも自然と笑顔になっていく。
ただ、気がかりなことが一つだけある。クレナとアランが居なくなってしまった後、ヨンギはどんな選択をするのかということだった。この世界に八十年居続けたのはソユンと再会するためで、その目的が果たされてしまったヨンギには何も残されていない。
「どうかしましたか?」
ヨンギを見ながら考え込んでいると不意に目が合った。
「あのっ、ヨンギさんは……更生したいとか思ったりしないんですか? 護衛隊も辞めることになっちゃうんですよね」
「僕はもう少し、ここに居ようと思います」
「はっ? 何でだよ!」
意外な答えに、アランが声を上げる。
「もう八十年いましたからね。今さら焦って更生したいわけではないので……もうしばらく、ここで新しい出会いを楽しみたいと思います。それに、僕はまだ護衛隊を続けられるみたいです」
そう言って右手を上げると、変わらず中指には指輪が嵌められていた。




