Saelum 53
テーブルに乗せられた様々な料理がほとんど空になったのは、パーティー開始から四時間が過ぎた頃だった。お酒も入ったこともあって、いろんな話で三人は盛り上がった。
時代、国、環境が違う分、話は尽きない。
しかし、お酒の酔いと何時間も騒いだ疲労感からか、急に部屋が静かになった。
「あ、わたし暖かいお茶淹れてきますね。それ飲んだら、休みましょうか」
「ありがとうございます」
どうやら、ヨンギはあまりお酒が得意ではないようだ。目は虚ろで、今にも寝てしまいそうな顔をしている。
「クレナ、ヨンギの分はいいから……おい! 部屋まで連れていくから掴まれ」
「はい、すみません」
ヨンギの腕を肩に回し、アランが支えながら立ち上がらせた。
「片付けは明日やりますから、クレナさんも休んでくださいね」
「はいっ、おやすみなさい!」
ふらつく足取りをしながら、アランと二人でリビングから出ていく姿に、なんだか笑ってしまう。いつもなら、頼りがいあるお兄さんタイプのヨンギが、今はなんだか可愛い弟のように映った。
楽しい時間が一気に過ぎ去り、静寂漂うリビングを見て、無意識に溜め息をつく。
「明日、帰らなきゃ……」
帰りたくないわけではない。
むしろ、帰れるのは嬉しいことだ。
なのに後ろ髪引かれるのはきっと、ここで過ごしてきた時間があまりにも濃かったせいだろう。短い間にいろんなことがあって、思い出深いものになってしまったせいだ。大変なこともたくさんあったけれど、総合的に考えれば、どの時も楽しかったと今は思える。
「こんなんじゃ、駄目だね」
お酒のせいか、妙に湿っぽくなってしまう。
クレナは気を取り直し、お茶の準備を始めた。それと同時に、アランが再びリビングへと戻ってくる。
「ヨンギさんは?」
「ベッドに入った瞬間に寝たよ」
「そっか」
温かいお茶をカップに注ぎ、ソファに座ったアランにそっと差し出す。
「ありがとう」
受け取り、一口お茶を飲むと、視線はクレナの方へと戻された。
「不安じゃないか?」
「え?」
「明日帰るの……不安になってないか?」
正直言えば、不安もまだ残っている。
両手に持ったカップの中で、揺らめくお茶を見つめながら、クレナは首を横に振った。
「わたし……はじめは怖かったし、不安だった。けどアランが、必ずわたしを見つけるって言ってくれたから、もう怖くはないよ」
「なら良かった」
「もしも……」
クレナはカップをテーブルに置くと、体をアランの方へ向ける。そして、真っすぐ相手の瞳を見つめ言った。
「もしも、わたしが何も思い出せなくて……会うことができなかったとしても……アランが同じ世界で生きてくれてるなら、わたしはそれでも幸せだからっ」
アランの手にそっと自分の手を重ね添える。
(本当はそれじゃ嫌だけど……)
――願いが叶うなら、アランとまた出逢いたい。
「バカだな」
アランが柔らかな笑みを零す。
「涙目で言われても説得力ないだろ」
お酒のせいか、感情が顔に出てしまっていたようだ。
クレナは慌てて涙が零れ落ちる前に拭き取ろうとするが、その手をアランが止める。
「そんな“もしも”の話なんていらない。俺はお前が側に居なきゃ満足しないからな……」
「アラン」
「だから、“さよなら”も“ありがとう”も言わない。お前に言うのは一つだけだ」
一気に引き寄せられ、強く抱き締められた。
「好きだ」
耳元で響く声があんまりにも優しく聞こえて、拭きそびれた涙がアランの服に零れ落ちていく。
「必ず見付けてやるから、泣くなっ」
「うんっ」
“わたしも好きだよ”
“また会おうね”
伝えたい言葉は止めどなく溢れるのに、言葉にできない。口から漏れるのは泣き声だけだった。
(肝心な言葉が言えなくて、ごめんね。けど、約束する……どんなに時間がかかっても、わたしは必ずまたアランに恋をするから待ってて)
言葉に出来ない代わりに、クレナは強くアランを抱き締め返した。
◇◇◇ ◇◇◇
次の日の朝。
アランお手製の朝食を三人で食べた。これが三人で過ごす最後の時間だとわかっていたからこそ、最後まで誰も笑顔を絶やさなかった。
朝食が終わり、三人は何も言わないまま、外へと場所を移す。
「やっぱり、寂しいですね」
外へ出てすぐ、アランとクレナを見つめながら、ヨンギが寂しそうに呟いた。
「わたしもです」
「気が変わったら、さっさと生まれ変わってこい」
「それもそうですね」
ヨンギはアランへと近づき、左手を差し出す。
「アラン、今までありがとうございました……一緒に護衛隊として過ごしてきたこと、僕は決して忘れません。短い間でしたが、楽しかったですよ」
「ほとんど、いじめて面白がってただけだろ……まぁ、俺も楽しかったよ。ありがとうな」
「生きると決めた以上、頑張って下さい」
「ヨンギもな」
アランも手を伸ばし、固く握手を交わす。
「クレナさん」
「はい」
アランから離した手を、今度はクレナへと移す。即座にクレナはヨンギの手を取り、感情を込めて握り締めた。
「僕はこの世界で、いつまでもあなたの幸せを願い続けます。だから、どうか笑顔を忘れずに……あなたは笑っていた方が一番素敵ですから」
「ありがとうございます、ヨンギさん」
「アランのこと頼みますね」
「はい」
そう言って離れていく温もり。泣きそうになるのを必死に堪え、クレナはヨンギが素敵だと言った笑顔を向けた。
「またいつか会いましょう」
「はい!」
“また”も“いつか”もないかもしれない不安定な約束を交わし、クレナとアランは覚悟したように頷く。これが最後になるかもしれないと知りながらも、小さな奇跡を信じて二人は瞼を閉じた。
“帰りたい”と念じた瞬間、手首につけていたブレスレットから熱が伝わってくるのを感じる。
クレナは咄嗟に目を見開いた。五色の光が優しく自分たちを包み込んでいる。その様子を切なそうに見つめるヨンギが映った。
「ヨンギさんっ」
最後に名を呼ぶも、目の前の景色が徐々にボヤけていき、ヨンギの顔が波打つように揺らぐ。隣にいたアランの姿も、光の中に溶け込むように見えなくなっていった。
この世界へ来た時と同じような感覚。
薄れていく意識の中、また頭の中で様々な記憶が溢れ出した。それは、少しずつ頭の中から抜け出すように、光の中へと消えていく。
手放したくないと手を動かそうとしたが、意識はそこで呆気なく途切れていった。




