Saelum 46
彼女は悪しき人に捕まり、長い間監禁生活を強いられてしまう。森のどこかにある洞窟のような場所で拘束され、他に捕まっていた女性たちと混じり、ただじっと耐えていた。
悪しき人の苛立ちの捌け口とされ、絶え間ない暴力、罵倒を受け続ける毎日。しかし、この世界では致命傷を負わない限り死ぬことはない。
それを良いことにギリギリまで痛め付け、泣き叫ぶ姿を奴らは嘲笑い楽しんでいた。
「ここなら護衛隊の奴らも踏み込んで来ないからな……好きなだけお前らを弄べる」
そんな日々が繰り返されれば、周りの女性たちは耐えきれずに更生を願う者が次々と現れ出す。更生を願えば、たちまち体は消えていく。だが、彼女だけは最後のひとりになっても更生を願うことはしなかった。
ある日、また恐怖の時間がやってくる。
この生活も、何年続いたかも分からなくなるほど長い月日が経っていた。
もう、抵抗すらしなくなった彼女に奴らは油断してしまう。
「こんだけ殴ったんだ……拘束を外してみるか」
「ただ殴るのも飽きたしな」
嫌な笑みを浮かべながら拘束を解き出した奴らの隙をつき、彼女は勢いよく男を押し退き走り出した。
「あいつ、逃げやがった! 追え!」
その声で、洞窟の入り口で待機していた男が彼女に気付く。
「逃がすわけないだろ!」
捕まえようと両手を広げる男目掛け、彼女は勢いよく体当たりした。一気に地面に叩き付けられ、男は痛みに唸る。同じ痛みを感じながらも、彼女は素早く立ち上がり、森の中を走り抜けた。
だが、限界まで痛め付けられた体で長くは走り続けられず、力尽きたようにその場に倒れ込んでしまった。
「お願いだから……動いてっ」
涙ながら自分に訴える彼女の声。
「わたしは会うまで諦めないって決めたの!」
力の限り腕で体を支え起こそうとしたが、そこで奴らに頭を押さえられ、崩れるように地面へと叩き付けられた。
「もう逃がさないからな!」
絶望の涙を流しかけた瞬間、彼女の耳に男たちの悲鳴が聞こえ出した。
目を開けると、浄化され消え行く奴らと、ひとりの青年が目に入り込む。
――ノアだった。
「大丈夫? 立てる?」
「ありがとう」
差し伸べられた手を取り、彼女は立ち上がる。
「森は危ない。送る……どこ行くの?」
「人を探してるの。近くに町はある?」
「太陽の都市なら近い」
「なら、そこへ案内してくれる?」
ノアは無表情だったが、いつものように頷く。
「誰を探してるの?」
その問いに、彼女はハッキリと答えた。
「わたしのお兄ちゃん。一緒にここへ来てると思うんだけど……きっと、わたしを探してる筈だから行かなくちゃ」
その台詞を最後に、また映像は消えてしまう。
(待って……彼女ってまさか……)
クレナの頭に浮かんだのは、予想も出来なかった真実。
(彼女は……もしかしてソユンさんなの?)
一緒に川で溺れて亡くなったとヨンギは言っていたけれど、この出来事がソユンの記憶を辿るものだとしたら、彼女は生者側だったことになる。
それより何より、なんでソユンの記憶を自分に見せるのかクレナは理解できなかった。
そんな時、一気に意識が現実へと引き戻され、再び襲ってきた息苦しさに体をがむしゃらに動かす。何故か流れは緩やかになっていたため、体はどんどん水面へと向かっていった。
(早く! 早く上にっ)
無我夢中で手足を動かし続け、やっとの思いで水面の外へと顔を出す。一気に口へ入り込む空気に噎せながら、クレナは焦り周りを見渡した。どちらの方向も岸まで距離がある。ちょうど、川の中間にいるようだ。
三途の川の方角を確認してからクレナは必死に泳ぐも、またも流れが速くなり始めなかなか前へ進んでくれない。
(お願いっ……進んで!)
突如クレナの瞳に映る風景がどこか別の場所と重なった。
全く見覚えのない場所で、クレナは同じように川で溺れている。
そして、声が聞こえた。
「ソユン! 今助けるからっ」
目を凝らすと、川を懸命に泳ぎながら必死に叫ぶヨンギの姿が目に飛び込んできた。しかし、子供の姿ではなく、クレナの知るヨンギの姿をしていた。
長く映像を見せられたせいか、これが現実なのか、それとも幻覚なのか、クレナには見分けがつけられなくなっていた。
(ヨンギさん……)
また、意識が遠退いていく。ヨンギに向かって伸ばし掛けた手が、川の中へと沈んでいくのを朦朧としながら見つめた。
クレナの耳に、声が微かに響く。
「お兄ちゃん……助けてっ」
それは、ソユンの声ではなかった。
無意識に呟いた自分の声。
ようやく何もかもを理解し、全ての記憶が繋がったのに、意識は電源を切られたようにプツリと音を立てて切れた。
「………さんっ……して、さい」
途切れた声が、暗闇の中に届く。
(誰?)
「クレナさんっ」
(この声はヨンギさん?)
「お願いだから、目を覚まして下さい!」
急に大きくなった声量に、クレナは驚いて目を見開いた。
「クレナさんっ」
まだぼやける視界の中に、安堵の顔を浮かべるヨンギの姿が映った。
「ヨンギ……さん?」
髪の毛や服がぐっしょりと濡れている。溺れていたのを助けてくれたのだと、そこだけは状況把握ができた。
「大丈夫ですか? なぜ、川になんて……何があったんですか?」
「わたし」
しかし、それ以外のことは頭が働かない。自分がどうしてこうなったのか、なぜ川で溺れかけていたのか、考えたいのに思考が停止してしまったようだ。
「とにかく、立てますか? あっちに小屋がありますから休みましょう」
返事を返す間もなく、ヨンギに勢いよく抱き上げられる。
「ごめんなさい」
「謝らないでください。あなたのために何かするのは、僕にとっては嬉しいことなので」
変わらない笑顔を浮かべるヨンギに、クレナは安心したように、またゆっくりと瞼を閉じた。




