Saelum 47
パチパチと火花が散る音で目を覚ます。
(あれ? わたし、どうなったんだっけ?)
見知らぬ天井から視線を移し、隣に顔を向けた。タオルケットを羽織り、暖を取るヨンギが目に入る。視線に気づいたのか、ヨンギの目がクレナへと向けられた。
「目が覚めたんですね。大丈夫ですか?」
「ヨンギさん?」
「まだ無理なさらないでくださいね。黄泉の川で溺れてたんですから……」
「黄泉の川?」
そこでクレナは、今まであった出来事を一気に思い出し、慌てて起き上がる。
「わたし、知らない間に橋を渡ってて……それで川に飛び込んで」
「川の中で何か見たんですか?」
「え?」
ヨンギの真剣な眼差しが目に映り込む。
何故だろうか。唐突に、目の前に居るのは自分がよく知っているヨンギではないような、妙な違和感を覚える。見た目は何も変わらないのに、まだ映像の中にいるような感覚を覚えた。
きっと、勘違いに違いない。
そう思い直したクレナは、見当たらないもう一人の存在を探すように小屋を見渡した。あの霧の中ではぐれたっきり、アランがどうなってしまったのか不明なままだ。ヨンギがここに居るなら当然、アランも一緒だと思っていた。なのに、ヨンギ以外の姿や気配が一切感じられなかった。
「ヨンギさん、アランは? ここは三途の川なんですよね?」
「はい、まだあなたを探してるはずです。アランとここで合流してすぐに、クレナさんを手分けして探すことになったんです」
「アラン……無事で良かった」
クレナはホッと胸を撫で下ろす。ヨンギはそんなクレナに穏やかな笑顔を向けた。
「ここで待っていれば、いずれ戻って来るでしょうから……クレナさんは身体を休めてください」
「はい……わかりました」
返事を返すが、クレナは妙な胸騒ぎを感じる。改めてヨンギに感じる違和感の正体を必死に探った。表情、しゃべり方、仕草や動作は普段とは変わりない。
(だったら、何が違うの?)
目を泳がせ、隈なくヨンギを見回した。
そして、やっと自分が感じた違和感の“正体”に気付く。
「話を戻しますが、川で何か見ましたか?」
「たくさん見ました……それを話す前に聞いてもいいですか?」
「なんでしょうか?」
変わらない笑顔を向けるヨンギ。そう、見た目は何一つ変わってはいなかった。だが、変わっていなければおかしいところが、一つだけあったのだ。
クレナはゆっくりとヨンギの右手に視線を送る。
「なんでヨンギさんは指輪をしてるんですか?」
その質問に、ヨンギは不思議そうな顔をした。
変わらず、右手の中指にはめられた、武器に変わる指輪。
「指輪をしてるのがおかしいですか?」
「アランと三途の川へ向かっている途中、前に会ったことがある天使が来ました」
「……天使が」
ヨンギの顔が一瞬だけ曇る。
「アランの指輪は回収されました」
「おかしいですね。僕のところへは来ませんでしたが」
「そんなはずないです!」
クレナは強い口調で言い返した。
だって、そんなはずは絶対にない。
アランとクレナの前に現れた天使は、ハッキリとこう言ったのだ。
『神のもと、護衛を任されたあなた方は規則違反を犯しています。ここから先へ進むのであれば、見逃すわけにはいきません』
天使は“あなた方”と言った。それは紛れもなくアランとヨンギのことを指し示している。あれだけ規則を破ることに厳しい天使が、ヨンギの指輪だけを回収しないなんておかしい。
「あなたは……誰ですか?」
クレナの問いかけに、ヨンギは小さく微笑んだ。
「誰でもありません。僕は僕でしかありませんよ」
そうであってほしいのに、彼を完全に信じることができない。クレナは静かに立ち上がり、ヨンギと徐々に距離を置く。
「ヨンギさん、ごめんなさい! わたし、アランを探してきます!!」
出口に近づいたと同時に、クレナは急いでドアを開け放った。だが、そのドアの向こう側に広がる景色は、三途の川ではない別の場所。
「えっ……ここは?」
地面を覆い尽くす白い花。何かの本で見たことがある。
そう、これは確かスノードロップという花だ。
それが一面に咲き誇っていた。空には、色鮮やかなオーロラが眩しいぐらいに光り輝く。
見たこともない場所に、クレナは戸惑いながら辺りを見渡す。だが、そこにアランの姿は見当たらない。
「クレナさん」
「あなたは誰なんですか? ここは一体何処なんですか?」
もしかして、まだ黄泉の川で長い幻覚でも見続けているのだろうか。
そんな考えが過るも、それは違うと本能的に感じる。
「僕はヨンギですよ……あと、ここはあなたがずっと探し求めた場所と言えば、理解ができますか?」
「光の庭?」
「そうです。僕も驚きました……本当に存在していたんですね」
「そんなの嘘です! あの門番の悪魔は入ることができない場所だって言ってました。神だけが入ることを許された場所だって」
「けど、来られたということは……神に入ることを許されたんじゃありませんか?」
ヨンギが正しいのならば、一つの矛盾が生まれる。
「なら、アランがわたしを探しに行ったのは嘘だったんですね」
思いがけない指摘に、ヨンギは少しだけ驚いた顔をした。
「クレナさんには敵いませんね」
降参ですと言いたげな面持ちで笑顔を零す。
「アランは無事なんですか?」
「もちろんですよ。今彼は、四つ目の石のために試練を受けています」
「試練……」
「四つ目の石の試練は“許し”です。あなたが柏木さんを許したように、アランもまた許さなくてはならない相手と対面しています」
もう隠すことをやめたのか、柏木との再会をさらっと口にした。
「アランにとって最も難しい試練になるでしょうね……自分を悪魔の子だと遠ざけ、最後には我が子を手に掛けようとした存在を許さなくてはならないのですから」
「アランは今、お母さんと会ってるんですか?」
「ええ……そうです」
ゆっくり頷き、ヨンギは真っ直ぐクレナを見据えた。全く動揺を感じさせない眼差しに、クレナは今度こそ答えを聞こうと質問を口にする。
しかし、言葉を変えた。
もう曖昧な聞き方は無意味に等しい。
だって、分かってしまったのだから。
「ヨンギさんは……神様なんですか?」
スノードロップが風に揺れる音を聞きながら、クレナは覚悟を決めた瞳を彼に向けた。




