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ヘヴンリー・ガーデン~天界の庭~  作者: 石田あやね
第4章【蘇りし追憶】
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Saelum 48

 動揺からか、心臓の音がうるさいくらいに耳へ伝わり響いている。ヨンギがこちらへと一歩近寄るのを見て、クレナは思わずブレスレットを握り締めた。


「僕が怖いですか?」


 悲しそうに眉を下げる相手に、少しだけ罪悪感が湧く。


「違います! さっきだって溺れてたわたしを助けてくれました。だから怖いとかじゃなくて」


 怖いなんて思うわけがない。目の前に居るのはヨンギで、この世界へ来てからずっと、ともに旅をしてきたかけがえのない存在なのだ。

 今さら、拒絶なんかできっこない。

 だからこそ、戸惑ってしまうんだ。


「なら、質問を変えましょう。もし僕が神だとして、何かあなたに悪いことをしましたか?」


 クレナは、ゆっくりと否定するように首を振った。これはヨンギが神様だからとかいう理由からの困惑ではなく、知ってしまった真実を受け止めきれていないせいだ。一度に様々なことを知ってしまって、頭と心が追い付いてないのだ。


「聞いてもいいですか?」


 ヨンギの問いかけに、クレナは俯きかけた顔を静かに上げる。


「クレナさんが僕を神だという根拠はなんでしょうか?」

「それは」

「この世界であなたと出逢い、行動を共にしてきました。その中で、僕が神だと思えた瞬間はありましたか?」


 そう言われると、答えに困ってしまう。クレナは出会った日からのヨンギの行動を、事細かに頭の中で思い浮かべた。訳もわからず、この世界へやって来た日からずっと、ヨンギは優しくクレナを見守り、支えとなってくれた。

 しかし、あの事をきっかけに、クレナの中で“違和感”が芽生え出した。


「わたしが少し変だと感じ始めたのは、アランに対する天使の対応でした。規則を破ったから怒ってるってアランは言ったけど……ヨンギさんの指輪が今現在ここにあるなら、天使の態度には矛盾が出てきます」

「矛盾とは?」

「はじまりの地(イニティウム・テッラ)でわたし達を見送った天使は、すごく礼儀正しくて、優しそうに見えました。けど、アランと会った時はまるで印象が違ったんです……ルカくんの言っていたことを考えると、初めに会った時の天使の態度が間違いだったんじゃないですか?」


 あの時、自分を連れていくのが役目だった天使が、何も反論もせず、ただ見送っていた光景が浮かぶ。クレナたちが見えなくなるまで頭を下げ続けた天使の姿。それは、そうせざるを得ない事情が天使にあったからだ。


「天使はヨンギさんが神様だと知っていたから、威圧的な態度も、その指輪も取り上げることもできなかったんじゃないですか?」

「なるほど……まだ何かありますか?」

「あとは、ヨンギさんの力です。アグレアスは自分の力は神と同等だと断言してました。そんなアグレアスの魔術を簡単に解いてしまうほどの力は……神以外いないんじゃないですか?」


 そして、アグレアスが神はもう近くに居るかもしれないとも言っていた。クレナの存在をきっかけに、アグレアスが動くことを予期して、ヨンギは旅に同行することを決めたのではないか。

 心の片隅でいろんな想像が巡る。


「あなたを囮(おとり)にしたつもりはありませんよ」


 いきなり耳に届いた言葉に、クレナは目を見開く。

 ヨンギは静かに、また一歩クレナへと歩み寄った。


「あなたを傷つけるような作戦なんか立てません。アグレアスは想定外でした……わかっていたら、漆黒の森(ニーグル)へは行きませんでしたよ」

「心が読めるんですね。アグレアスと同じように」


 ヨンギは肯定するように、ゆっくりと頷いた。その表情はどこか切なげに映る。


「ヨンギさん、言ってましたよね? 神様は意味のないことはしない。この世界がそうであるように……そして、この出会いが必然であるようにって」

「はい。言いました」


 あの時は意味深な言い方をした、ヨンギの深意など考えることもなかった。けど、彼が神だとしたら、あの発言には納得がいく。


「ヨンギさんは、わたしがこの世界へ来ることを初めからわかっていたんですね。これは必然的再会だった」


 アランと出会うことも。全てに意味が存在していた。

 黄泉の川で見たことを整理していけば、もう一つ見えてくる真実。それこそが、ヨンギとクレナをこの世界で結びつけた最大の理由。


「わたしは、ソユンさんの生まれ変わり……そうなんじゃありませんか?」


 それでも、わからないことも多い。

 自分達に繋がりがあったとしても、神様がわざわざ再会させた意味はなんなのか。

 そして、ヨンギはいつからヨンギではなかったのか。


(あの日、ソユンを想って泣いていたヨンギは、すでに神様だったの? なら、あれは演技?)


 疑問ばかりがどんどん浮かんできて、何から聞けばいいのかわからなくなってしまった。


「あまり、変な風に考えないでください。これから、あなたにちゃんと説明します」


 ヨンギの手がクレナの反応をうかがいながら、躊躇うように頬へ触れる。


「もう隠す必要もありませんから……初めから全てをお話しします」


 そう告げ離れていくヨンギの手が、次は何もない空間へと伸ばされる。


「その前に彼も呼びましょう。試練が終わったようなので」

「え?」


 軽く指を鳴らすと、いきなり竜巻のような風が起こった。思わず目を瞑り、肌に当たる風に身を小さくするも、一瞬でそれはなくなった。


「クレナさん、目を開けてください」


 言われたとおりに目をそっと開けると、そこには先ほどまで居なかったアランの姿があった。


「アランっ」

「クレナ? ヨンギ?」


 自分に何が起きたのかわからない様子で、アランは唖然とした表情でこちらを見つめる。アランの手首に、四つ目の石がついたブレスレットが光っていた。

 再会できた安堵感と、試練を乗り越えてくれた安心感に、クレナはホッと胸を撫で下ろす。


「アラン、試練お疲れ様でした。ちゃんとお母さんを受け入れ、許すことができて良かったです」

「なんで知ってるんだ?」

「そうですね。アランは今までの流れがわかりませんから……これでいかがですか?」


 ヨンギがアランの顔の前で左手を広げ、落ち着いた口調で唱えた。


「記憶(ムモーリア)」


 その一言で、アランはさらに驚愕した様子で、クレナとヨンギを凝視する。


「クレナさんが見たもの、聞いたことを見せました。では、話しましょう……僕の全てを、この天界の庭(ヘヴンリー・ガーデン)が存在する意味を」


 そして、クレナ達は知ってしまう。

 この儚き夢物語の始まりを。

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