Saelum 48
動揺からか、心臓の音がうるさいくらいに耳へ伝わり響いている。ヨンギがこちらへと一歩近寄るのを見て、クレナは思わずブレスレットを握り締めた。
「僕が怖いですか?」
悲しそうに眉を下げる相手に、少しだけ罪悪感が湧く。
「違います! さっきだって溺れてたわたしを助けてくれました。だから怖いとかじゃなくて」
怖いなんて思うわけがない。目の前に居るのはヨンギで、この世界へ来てからずっと、ともに旅をしてきたかけがえのない存在なのだ。
今さら、拒絶なんかできっこない。
だからこそ、戸惑ってしまうんだ。
「なら、質問を変えましょう。もし僕が神だとして、何かあなたに悪いことをしましたか?」
クレナは、ゆっくりと否定するように首を振った。これはヨンギが神様だからとかいう理由からの困惑ではなく、知ってしまった真実を受け止めきれていないせいだ。一度に様々なことを知ってしまって、頭と心が追い付いてないのだ。
「聞いてもいいですか?」
ヨンギの問いかけに、クレナは俯きかけた顔を静かに上げる。
「クレナさんが僕を神だという根拠はなんでしょうか?」
「それは」
「この世界であなたと出逢い、行動を共にしてきました。その中で、僕が神だと思えた瞬間はありましたか?」
そう言われると、答えに困ってしまう。クレナは出会った日からのヨンギの行動を、事細かに頭の中で思い浮かべた。訳もわからず、この世界へやって来た日からずっと、ヨンギは優しくクレナを見守り、支えとなってくれた。
しかし、あの事をきっかけに、クレナの中で“違和感”が芽生え出した。
「わたしが少し変だと感じ始めたのは、アランに対する天使の対応でした。規則を破ったから怒ってるってアランは言ったけど……ヨンギさんの指輪が今現在ここにあるなら、天使の態度には矛盾が出てきます」
「矛盾とは?」
「はじまりの地でわたし達を見送った天使は、すごく礼儀正しくて、優しそうに見えました。けど、アランと会った時はまるで印象が違ったんです……ルカくんの言っていたことを考えると、初めに会った時の天使の態度が間違いだったんじゃないですか?」
あの時、自分を連れていくのが役目だった天使が、何も反論もせず、ただ見送っていた光景が浮かぶ。クレナたちが見えなくなるまで頭を下げ続けた天使の姿。それは、そうせざるを得ない事情が天使にあったからだ。
「天使はヨンギさんが神様だと知っていたから、威圧的な態度も、その指輪も取り上げることもできなかったんじゃないですか?」
「なるほど……まだ何かありますか?」
「あとは、ヨンギさんの力です。アグレアスは自分の力は神と同等だと断言してました。そんなアグレアスの魔術を簡単に解いてしまうほどの力は……神以外いないんじゃないですか?」
そして、アグレアスが神はもう近くに居るかもしれないとも言っていた。クレナの存在をきっかけに、アグレアスが動くことを予期して、ヨンギは旅に同行することを決めたのではないか。
心の片隅でいろんな想像が巡る。
「あなたを囮にしたつもりはありませんよ」
いきなり耳に届いた言葉に、クレナは目を見開く。
ヨンギは静かに、また一歩クレナへと歩み寄った。
「あなたを傷つけるような作戦なんか立てません。アグレアスは想定外でした……わかっていたら、漆黒の森へは行きませんでしたよ」
「心が読めるんですね。アグレアスと同じように」
ヨンギは肯定するように、ゆっくりと頷いた。その表情はどこか切なげに映る。
「ヨンギさん、言ってましたよね? 神様は意味のないことはしない。この世界がそうであるように……そして、この出会いが必然であるようにって」
「はい。言いました」
あの時は意味深な言い方をした、ヨンギの深意など考えることもなかった。けど、彼が神だとしたら、あの発言には納得がいく。
「ヨンギさんは、わたしがこの世界へ来ることを初めからわかっていたんですね。これは必然的再会だった」
アランと出会うことも。全てに意味が存在していた。
黄泉の川で見たことを整理していけば、もう一つ見えてくる真実。それこそが、ヨンギとクレナをこの世界で結びつけた最大の理由。
「わたしは、ソユンさんの生まれ変わり……そうなんじゃありませんか?」
それでも、わからないことも多い。
自分達に繋がりがあったとしても、神様がわざわざ再会させた意味はなんなのか。
そして、ヨンギはいつからヨンギではなかったのか。
(あの日、ソユンを想って泣いていたヨンギは、すでに神様だったの? なら、あれは演技?)
疑問ばかりがどんどん浮かんできて、何から聞けばいいのかわからなくなってしまった。
「あまり、変な風に考えないでください。これから、あなたにちゃんと説明します」
ヨンギの手がクレナの反応をうかがいながら、躊躇うように頬へ触れる。
「もう隠す必要もありませんから……初めから全てをお話しします」
そう告げ離れていくヨンギの手が、次は何もない空間へと伸ばされる。
「その前に彼も呼びましょう。試練が終わったようなので」
「え?」
軽く指を鳴らすと、いきなり竜巻のような風が起こった。思わず目を瞑り、肌に当たる風に身を小さくするも、一瞬でそれはなくなった。
「クレナさん、目を開けてください」
言われたとおりに目をそっと開けると、そこには先ほどまで居なかったアランの姿があった。
「アランっ」
「クレナ? ヨンギ?」
自分に何が起きたのかわからない様子で、アランは唖然とした表情でこちらを見つめる。アランの手首に、四つ目の石がついたブレスレットが光っていた。
再会できた安堵感と、試練を乗り越えてくれた安心感に、クレナはホッと胸を撫で下ろす。
「アラン、試練お疲れ様でした。ちゃんとお母さんを受け入れ、許すことができて良かったです」
「なんで知ってるんだ?」
「そうですね。アランは今までの流れがわかりませんから……これでいかがですか?」
ヨンギがアランの顔の前で左手を広げ、落ち着いた口調で唱えた。
「記憶」
その一言で、アランはさらに驚愕した様子で、クレナとヨンギを凝視する。
「クレナさんが見たもの、聞いたことを見せました。では、話しましょう……僕の全てを、この天界の庭が存在する意味を」
そして、クレナ達は知ってしまう。
この儚き夢物語の始まりを。




