Saelum 44
それはまるで、木漏れ日のような暖かなオレンジ色の光。
「なんの、光?」
「これだよ……」
クレナは左手首を持ち上げ、新たな輝きを得たブレスレットを見せた。
「それ、何?」
「生き返るための手がかりらしいの」
柏木は躊躇いながら、クレナのブレスレットを包み込む。
「クレナは帰らなきゃだめ……わたしのせいで、たくさん苦しんだと思うから。必ず生きて、幸せになってほしい」
「柏木さん」
「橘さんに謝れないのが申し訳ないけど」
「わたしが必ず伝えるよ! 柏木さんの気持ち、きっと夏紀に届けるからっ」
ブレスレットを包み込んだ柏木の手を、クレナは優しく握り締めた。
「ありがとう」
「柏木さんと……志保と話せて良かった」
例え試練のためだけに用意されたものだったとしても、これは自分にとって最も必要不可欠な必然的再会だった。
クレナはそう強く思えた。
「もっと、クレナと話せてたら良かったのにね」
別れが近いと分かる。
「私たち仲良くなれてたかな?」
涙ながらに、笑顔で問う柏木に、クレナはハッキリと頷いて見せた。
「もちろん! 夏紀と三人……最高の親友になれてたよ!」
「それ、最高だね」
そう言って眠るように瞼を閉じた柏木の体が、次第に透き通り始めた。
「志保っ? 体がっ」
「今ならあの世に逝くこと、怖くないから……クレナのおかげで決断ができたわ」
「志保なら、次はきっと幸せな人生を送れるよ!」
「そうかな、悪いことしてきたから……来世も幸せになんかなれないかも」
自分が逝く場所が、地獄だと思っているのだろうか。けど、地獄は思ってるような場所じゃないんだよと教えてあげたかった。
だけど、柏木の体はどんどん消えていき、もう余り時間は残っていない。
「だったら、生まれ変わったら次も会おう! わたしが次は必ず志保が笑顔でいられるような親友になるから!」
もう、うっすらとしか見えなくなった柏木が幸せそうに微笑んだのが分かった。それと同時に、柏木の姿は淡い光の粒へと変わる。その光たちは、まるで花びらのように空へと舞い上がっていった。
「必ず会えるから……約束だよ」
この別れがいつか、新しい始まりとなるように、クレナはしばらく空を見つめ続けた。
「約束を守らなきゃ……ここで諦めてなんかいられない!」
クレナは再度、決意を固める。
ここから生きて出て、夏紀に会い、伝える言葉がたくさんある。そして、出来ることならまたアランと会えることを切に願った。
「躊躇ってる暇はないよね」
クレナは先ほど気づいたことを確認するべく、川の近くに近寄る。そっと、手を伸ばしてみた。
やはり橋の時のように、体を弾くような見えない壁はここにはない。手はすんなりとこちら側と川の境界線をすり抜けた。
その時だった。
「なりませんっ!!」
橋で門番をしていた悪魔がクレナの行動に気づいたのか、血相をかいてこちらへと走ってくる。
「その川は黄泉の川……そこへ入ったら、どうなるかわかりません! 離れてください!!」
「けど、あの人は川から這い上がることができた。なら、わたしにはこの道を選ぶしか方法はないのっ」
クレナは勢いよく川へと向かって足を踏み込み、高くジャンプした。
「お待ちくださいっ!!」
捕らえようとする悪魔の手から間一髪で逃れ、そのまま川の中へとクレナの体は沈んでいった。見た目は穏やかだが、川の中に入った途端、クレナの体は凄まじい激流に飲み込まれる。しかも、かなり深かった。
(苦しいっ)
なんとか体を浮かせようと手を動かすも、驚くほどの深さと流れで思い通りにいかない。徐々に体が下へと沈み、あっという間に水面から遠退いていった。
(だめっ……息が続かない)
ついに、酸素が限界へと達した。息苦しさの中で、意識が薄れだす。
そんなクレナの脳裏に、突如たくさんの映像が押し寄せるように流れ始めた。
(これが、走馬灯って言うのかな?)
そんなことをぼんやりと思った。
映像は今までの出来事を逆再生してクレナに見せ始める。
先ほどの柏木との再会。
アランの過去や瞳の秘密を知った夜。
ヨンギに告白された時のこと。
アグレアスとの複雑な最後の瞬間。
短い時間で、みるみるうちに過去を遡っていく。
天界の庭へやって来た日。
会社へはじめて入社した緊張の一日。
大学時代に、高校時代と流れて、気付けば夏紀との思い出が詰まった中学時代の映像が頭の中に広がった。
(夏紀、ごめんね……もう会いに行けないかもしれない)
そんな諦めが芽生え出した頃には、幼い頃ドイツで暮らしていた過去まで記憶が巻き戻っていた。日本へ引っ越してからドイツへは一度も行ったことがなかったが、どこか懐かしさを感じる故郷の風景に心が和む。
そして、クレナが五歳ぐらいの年齢まで遡ると、何故か逆再生された映像が途切れた。
(もう終わり?)
すると、また映像が流れる。
しかし、次は逆再生ではなく、通常の再生映像。流れ方も早送りではなく、普通のテレビを見ているような感覚だった。
会話も鮮明に耳に届く。
「ママ、今日はどこへお出かけ?」
幼いクレナが、車を運転する母の背中に向かって話し掛けた。
「お友達の家よ……遠くに住んでるから、最近会ってなかったんだけどね。昨日連絡もらったから会いに行こうと思って」
「お友達? クレナのお友達もいるかな?」
「そうねー、どうかしら?」
母はバックミラーでクレナを見ながら、クスクスとおかしそうに笑う。
この記憶をクレナは覚えていなかった。五歳の頃なのだから、記憶に残っていないのも当然だろう。
それから、友達の家へ着くまでの間、母との幼い頃の会話を、クレナは楽しんで聞いていた。
「さあ、着いたわよ」
車が止まり、母に誘導されるままに下りる。子供のクレナの視界に広がったのは、古い田舎の小さな村だった。
広がる野原に、畑や牧場。家も数えるぐらいしか見当たらない。そんな風景を見つめながら母についていくと、一件の古い家がクレナの視界に映り込んだ。赤い屋根、白い壁、木でできたカントリー調の玄関扉。小さな可愛らしい平屋だった。
「アリアっ、わたしよ!」
ドアに取り付けられたドアノッカーを掴み、数回叩く。
「マイリーなの?」
その声とともに、一人の女性が顔を出す。
その女性は頬がこけるほどやせ細り、ひどく疲れきったような顔をしていた。




