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ヘヴンリー・ガーデン~天界の庭~  作者: 石田あやね
第4章【蘇りし追憶】
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Saelum 42

 自分の視線の先に待つ人物を頭に思い描きながら、ゆっくりと振り返る。


「やっぱり、柚木さんだ」


 そう言って、少しだけ微笑む人物を、クレナは黙ったまま見つめた。まさか、こんな場所で再会するなんて想像すらしていなかったため、何度も何度も確認するように相手の隅々を見回す。


「……なんで?」


 長い黒髪に、あの頃と何一つ変わらない顔。忘れたくても、忘れられるわけがない。


「なんで柏木さんが、天界の庭(ここ)にいるの?」


挿絵(By みてみん)


 中学生時代にクレナを敵視し、夏紀にひどいことをした人物が目の前にいた。あの出来事を止められなかった自分をずっと許せなかった。けどそれ以上に、関係ない夏紀を傷つけた柏木が憎くて堪らなかった。

 ずっと隠してきた怒りが沸々と込み上げてくるのを、クレナはひしひしと感じる。昨日のことのように思い出される記憶に、クレナは怒りで震えるのを必死で抑え込む。耐えるように強く唇を噛み締めた。


「なんでって……死んだからに決まってるじゃない」


 外見は中学の頃よりも大人びて映るが、二十歳を迎えたにしては少し幼い感じに見える。高校生ぐらいだろうか。

 彼女もまた、夏紀のことがきっかけで転校を余儀なくされた。その後の彼女がどうなったかは聞くこともなかったが、まさか亡くなっていたなんて思いもしなかった。

 しかも、こんな場所で再会するなんて、悪い偶然にもほどがあると、クレナは内心不快感を抱いていた。


「あなたも死んだの?」


 柏木の問いに、クレナは否定を示すように首を左右に振る。


「わたしはまだ、生きてると思ってる」

「そう、けど……もうここから出られないんじゃ死んだと同じよね」


 そう呟くように言った彼女がどこか悲しげに映った。


「柏木さん」

「ねぇ、わたしの名前知ってる?」

「え?」


 唐突な質問に、クレナは眉を顰める。


「志保……さん」

「当たり。覚えててくれたなんて意外……とっくに忘れられてると思ったわ」


 そう言って、小さく笑う彼女にかける言葉が浮かばず、ただ彼女の言葉を待った。

 そういえば、柏木とまともに言葉を交わしたことがなく、こうやって会話をするのは初めてだった。お互い何も知らないまま、あんな結末を迎えてしまったのだから仕方がない。

 もしも、何か話すきっかけがあったとしたら、あの結末は変わっていたのだろうか。

 そう考えたが、クレナはあり得ないと心の中で否定した。


「わたし、もうあの世に行こうかと思ってたところだったの。その前にあなたに会うなんてね……神様の悪戯ってやつかしら?」

「神様の悪戯……」


 ヨンギが同じようなことを言っていたのを不意に思い出した。


(これは、もしかして神様の試練? なら、柏木さんと向き合えってことなの?)


 ここで彼女と出会ったのも必然なのだろうか。

 彼女と向き合うことに意味があるとは到底思えない。

 正直、会いたくなかった。それがクレナの本心だった。


「最後に話さない? 柚木さんが嫌じゃなければだけど、どう?」


 彼女は昔と変わらない。初めは羨ましいと感じたほど、誰もが美人だと認める容姿、艶やかな長い黒髪。高飛車と思わせる強気な眼差し。クレナは自分とはまるで正反対の彼女が苦手だった。

 しかしながら、外見はあの頃のままなのに、記憶の中の彼女とどういう訳かうまく重ならない。

 こんなに穏やかな表情をする柏木をクレナは知らない。


「いいけど……」


 周りにいる人たちは、狭い空間に閉じ込められて絶望したような顔を浮かべているのに、柏木はどこか落ち着いていた。まるで、全てを受け入れていたような顔をしている。

 先ほどから感じる悪魔の視線を気にしながら、橋から川に沿って歩き、誰にも話が聞こえない場所で立ち止まった。

 自分から口を開くことはせず、クレナは足元から伺える水流を黙ったまま見つめる。

 そこで、気がついたことがあった。


「川……か」


 片足を少しずつ川の方へ近づけてみる。地面と川の境を難なく足は通過した。周りには見えない壁があるのにもかかわらず、川沿いにはそれが存在しなかった。見落としていた盲点にようやく辿り着く。


(ここからなら……脱出できる)


 それでも、ここと三途の川(テルミヌス)との距離はそれなりにある。泳ぐにしても、深さや流れの早さは目視だけでは確認できない。

 けど、ここを抜け出す方法は、川を直接渡るしかなさそうだ。


「どうかしたの?」


 柏木の声に、クレナは慌てて顔を上げる。


「な、なんでもないよっ」

「そう? なら少し座らない?」

「そうだね」


 かつてクレナを嫌い、クレナ自身も彼女を憎んだ。

 そんな二人が、今は肩を並べて座っている。

 昔なら想像もつかない光景だ。


「そういえば、橘さん……どうなったか聞いてる?」

「わからない。あの後、学校に来ないまま転校しちゃったから」

「そう」


 今頃、夏紀の話を蒸し返してどうしたいのだろうか。

 頭に浮かぶのは、相手への嫌悪感ばかりだった。


「あの頃は、わたしも色々大変だったのよ……だから、あなたと橘さんに八つ当たりして悪かったわね」

「八(・)つ(・)当(・)た(・)り(・)?」


 その一言に我慢していた何かが一気に噴き出した。


「わたしを嫌ったのも、夏紀をあんな風に傷付けたのも全部八つ当たり? そんな言葉で済まされるようなことじゃないっ!!」

「わかってる」


 声を荒らげるクレナに対し、柏木は至って冷静な面持ちでこちらを見て頷く。


「悪かったって今は思ってる。自分がしてきた罪は許されないって思い知ったから」


 “罪”と告げた柏木の表情があまりにも真剣で、クレナは口から出しかけそうになった感情の声を押し込めた。


「私ね、自殺したの」


 衝撃だった。

 柏木が自殺するなんて信じられない。

 病気や事故なら、悪く言えば“報い”を受けたんだと、運が悪かったんだと、皮肉の一言でも言えたかもしれない。しかし、そのどちらでもなく、自分で命を絶ったなんて意外すぎて言葉を無くした。


「あなたたちに……あんなことをしたから、きっと神様の天罰にでもあったのね。死んだあげくに、こんな訳のわからない世界に閉じ込められて」

「……柏木さん、なんで自殺なんか」

「わたしも同じ立場になったのよ」


 それは、柏木本人もいじめに合ったことを表しているのだろう。

 あんなに気が強く、自信に満ちた彼女が虐められる姿なんて想像もつかない。


「何があったの?」


 今でも彼女が心の底から憎い。

 だけど、聞かずにはいられなかった。

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