Saelum 41
まずは先へ進むことを最優先にしたクレナだったが、直ぐに行き場を失ってしまう。先ほど橋を渡ろうとした時と同様に、見えない壁のようなものが周囲を覆っていたのだ。
完全に隔離された空間。
橋も渡れず、先にも進めない。
悪魔が言った通り、ここを抜け出すには更生を選ぶ他ないのだろうか。
しかし、誰かが光の庭の情報を掴んだ上に、ローマンに伝えたのであれば、何か方法がある筈だ。
(アランはどうなっただろう? ヨンギさんと会えたかな?)
ここへ来てだいぶ時間も経った。今頃ふたりは合流できているかもしれない。
太陽の都市を出る時は、ひとりになる事を覚悟してきたつもりだった。しかし、いざそういう状況に立たされると、こうも人は不安になるものなのだと思い知らされる。
「落ち込んでても仕方ない……前へ進めないなら、なんとかここから出る方法を探さなくちゃ」
もう一度、自分が来た場所を見渡す。
幅5メートルはある大きな川に、三途の川へと繋がる大きな木製の橋。
向こう側には小さな村があるが、こちら側には家らしき物は建っていない。
しかし、人が決していない訳ではなかった。辺りをさ迷うように、数名の人が歩いているのが見受けられる。だが、皆同じように途方に暮れ、絶望の表情を浮かべていた。
自分のように過って橋を渡ってきてしまったのだろうか。
すると突然、脳裏に同じような場面がフラッシュバックした。ほんの一瞬浮かび上がった映像に、クレナは額を抑えながら、視線を泳がせていく。
(どうしてだろう?)
ここへ来たことなどないはずなのに、頭の隅で何かが眠っているような感覚が芽生える。
――ここへ来たことがある……?
そんな筈がないのに、目に映る景色が懐かしく映った。だからと言って、光の庭の場所や脱出方法が分かったわけではない。
妙な感覚に頭が支配されていく気がして、クレナは振り払うように頭を左右に振った。
「今は余計なこと考えちゃダメ! 脱出するにはどうしたらいいか考えなきゃ!」
いつかしたように、クレナは思いっきり自分の頬を両手で叩く。
冷静になって、頭の中に今までの出来事を駆け巡らせた。
「橋は渡れない……先へも進めない」
そんな限られた空間で、どうしたら手懸かりが得られるのか。
「そうか」
あの人の情報なら誰か知っているかもしれない。
クレナは左手首に付けたブレスレットを見つめてから、前へと向き直した。
「誰か知ってそうな人は……」
だが、ここをさ迷い歩く人たちはとてもじゃないけど話を聞けるような状態ではなさそうだ。なら、あと話を聞ける人が居るとすれば、あの人しかいない。
クレナはまた橋の方へと歩き出した。
「戻ってこられたのですか? わたしの言った通りでございましょう……ここには出口など」
「あのっ! 聞きたいことがあるんですけど」
「聞きたいことにございますか?」
不思議そうに悪魔は首を傾げ、クレナに目線を合わせるようにしゃがみ込む。間近で見る大男の迫力に、少しだけ怯んでしまう。だが、悪い人ではなさそうだ。さすが“教師”に例えられただけある。
「このブレスレットを付けた女性を見たことはないですか?」
大男の顔の前に、ブレスレットを差し出す。
「あなた様は生者にございましたか……そうですね、少々お待ちください。今思い出します」
腕組みをして、本気で考え込む姿をクレナはただ黙って見守る。
「ああっ……覚えております。男のような格好をされた方ではありませんか?」
「そうです! その人です!」
「だいぶ昔の話ではありますが、確かにここへ来られました。あなたと同様に出られない場所だと知らずに立ち入ってしまい大変困っていた様子で……何日も諦めずに周辺を見て回っておりました」
「その人がどうなったのか教えてください!!」
「それが、気が付いた時には消えてしまったので……わたしには分かりません」
その返答に、クレナは少し戸惑う。
「消えたってことは、更生を選んだってことですか?」
「申し訳ありません。その瞬間を見ていた訳ではないもので、はっきりした事は言えませんが……ここから消えたのであれば、更生した以外考えられませんね」
もし彼女が更生してしまったのなら、やはりここから抜け出す方法はないのだろうか。
クレナはしばらく考え込むと、ある疑問に辿り着いた。
「彼女はここがどういう場所か分からずに来たんですか?」
「ええ、そうです。出られないと知り、落胆されて……彼女が神様に会える方法はないのかとわたしにしつこく聞かれてこられたので、仕方なくお教えしました」
「もしかして光の庭の事をですか?」
「はい。けど、あそこへは誰も入れない場所だとお教えしましたし……諦めて更生されたのではありませんか?」
――違う。
彼女はやはり、ここから抜け出したんだ。
この場所から脱出したあとに、太陽の都市へ向かった。
それなら、誰も知り得ない場所をローマンさんが知っている事に納得がいく。
だとしたら、やはり出口はこの中にある。
「ありがとう、悪魔さん」
「いえ、お役に立てずに申し訳ない」
「そうだ、彼女の名前とかって聞いていたりしてませんか?」
「名前ですか? いえ、伺ってはおりません」
「そうですか。ありがとうございました」
クレナは再び橋から離れ、辺りを隈無く見渡す。しかし、そう簡単に出口らしきものは見付けられない。
なにか盲点がある筈だ。
一体、それはなんなんだろう。
「絶対にある筈なのに」
「ねぇ」
背後から、突然声が掛けられる。
クレナは大きく目を見開き、動きを止めた。酷い動揺が鼓動の早さで伝わってきた。
(なんで、ここに居るの?)
その声に聞き覚えがあった。




