Saelum 39
朝になり、アランとクレナは三途の川へと向かい歩き出していた。
「ヨンギさん、どの辺まで来てるだろう?」
「あの岩山が近道だったから、かなり回り道して来るはずだ」
「ひとりで大丈夫かな?」
「あいつなら大丈夫さ。とにかく俺たちは先へ進むしかない」
川沿いを辿りながら進んでいくと、広い草原が目の前に広がる。所々で花が咲き誇り、風が吹く度にどこからか飛んできた花びらが宙を舞い、はらはらと散っていく。
「こんな綺麗な場所もあるんだ」
クレナは辺りを見渡し終えてから、アランの方へ顔を向けた。
「三途の川ってどんな所なの?」
「いや、俺も行ったことがないから分からないけど……村の中間に大きな川が流れてて、そこを渡ると二度と戻ってこれなくなるってことしか知らないんだ」
「けど、その先に光の庭があるんだよね」
「その話が本当かどうかは怪しいけど、これの手懸かりも欲しいから行ってみる他ないだろ」
アランの左手首に付けられたブレスレットを見て、思わずクレナははにかむ。昨夜はいろんなことがありすぎて、思い出すとつい頬が緩んでしまう。
「なにニヤニヤしてるんだよ。これからまた危険なとこに行くってのに余裕だな」
「そんな、ニヤニヤなんてしてないよ!」
「この先、また何があるか分からないから……ちゃんと俺の近くにいろよ」
「うん、大丈夫。絶対に離れないから」
クレナがそう返すと、アランは満足そうな顔を浮かべる。はじめの頃の仏頂面をしたアランの姿が懐かしいなんて思えてきてしまった。さんざん睨まれて、本当に苦手だと思っていたあの日の事が嘘みたいだ。
(この出逢いも必然だったりするんだろうか?)
「神様は本当にいるのかな?」
「なんだよ、急に」
「だって、気にならない? なぜ、神様はこんな世界を作り出したのか。どうして、神隠しなんかするのか」
「まあな。けど、神がいるとしても俺たちの前に現れることはないだろ……簡単に現れたら、アグレアスはとっくに神に会ってただろうからな」
確かにアランの言う通りかもしれない。人々がどれだけ祈りを捧げ、神の言葉に耳を傾けても、返事なんて返っては来ないだろう。それでも絶対的存在である神をひたすら崇め続けるのは、必ずいると信じているからなのだろうか。
見ることができない程の尊く偉大な存在。
思い返すと、アグレアスが神殺しをしようとしていた事が今更ながら、なんて無茶なことだったのかと思えた。
――神が出てくる核心的なものでもあったのだろうか?
やはり、魔女の血筋を受け継いだからこそ分かる何かがあったのだろう。
今になっては、それを確かめることは出来ない。
「また森だな……」
その呟きに、クレナは初めて自分の目の前に広がる森に気が付いた。
漆黒の森の森のような不気味さはないが、何かが潜んでいそうで不安になってしまう。
「悪しき人みたいな人たちとかいるかな?」
「分からないから……ほらっ」
アランの左手が目の前に差し出される。
「手、繋いでた方が安心だから」
「う、うん」
なんの前触れもなく握られるのも緊張するが、こうやって言われる方がすごく照れ臭く感じた。とりあえず指示通りにアランの手に自分の手を重ねる。
「森に入るか」
力強く握りあいながら、アランとクレナは森へと足を踏み入れた。
「静かだね……」
太陽の光が所々から差し込んでいるため、怖いという雰囲気は一切感じられない。
「気配とかはどう?」
「いや、全く感じないな」
なら安心かと思い、安堵感に胸を撫で下ろしていると、突如背後に人の気配を感じた。
「誰だっ!」
いち早く振り向いたアランはクレナを背中へと隠し、目の前に立つ人物に警戒の姿勢をとる。
「悪しき人ではございません。ご安心ください」
そこに立つ人物は無表情のまま、真っ直ぐこちらを見据えていた。
「あれ? あの人って確か……」
黒いスーツを着こなす、容姿端麗な女性。身に覚えがあった。
クレナは記憶を辿り、その人物の正体を口にする。
「天使さんっ」
はじまりの地を離れる際に、自分たちを見送ってくれた天使のひとりだった。
「天使の登場ってことは、これの回収か?」
アランは左手を差し出し、天使に向ける。
見せたのは指輪だ。
それが意味するものをクレナは直ぐに察した。
「護衛隊を任された上の規則のもと、この先へ進むなら返していただきます。それが嫌なら直ちに持ち場へ戻りなさい」
あの時会ったのとは印象が少し違う。
どこか威圧的に感じる。
(そういえばルカが天使は偉そうだから嫌だって言ってたっけ……)
「神のもと、護衛を任されたあなた方は規則違反を犯しています。ここから先へ進むのであれば、見逃すわけにはいきません」
天使は右手を差し出し、アランに厳しい目を向けた。
「早く決めなさい。護衛隊を続けるの? それとも、その女の為に外すの?」
「アラン……」
外せば、もう護衛隊ではなくなってしまう。もしも、アランが生者ではなく死者側だったとしたら、自分の居場所を失ってしまうということ。それを覚悟で来てくれたのは知っているが、現実を前にするとクレナは複雑な気持ちになった。
「答えは決まってる」
アランは躊躇うことなく指輪を抜き取り、天使に向けて投げた。天使は焦ることなく指輪を受け止め、少し不機嫌そうに眉を顰める。
「なら行け」
その一言を言い残すと、天使は瞬きする一瞬の間に姿を消してしまった。
「大丈夫なの?」
「新しい護衛隊を見つけなきゃいけないから、機嫌が悪いんだろ」
「そうじゃなくて、アランが」
「いいんだ。俺はお前と帰れるって信じることにしたんだから」
アランは笑顔で振り向き告げる。
「クレナのいない世界に居続けるより、地獄へ行った方がよっぽどマシだ」
「それ、冗談に聞こえないっ」
「これは冗談じゃ……なんだ?」
話の途中でアランが異変に気付く。
いつの間にか、明るかった森の中は白い霧に包まれ、視界が徐々に遮られようとしていた。




