Saelum 35
突如現れた光に、クレナは慌てて自分の左手首を見遣る。しかし、なぜかブレスレットに変化はなかった。どこを見ても石らしきものは見当たらない。光は徐々に薄れていき、スッと空気に溶け込むように消え去ってしまった。
「アラン、今の光ってなんだろう?」
返答がない。
アランが茫然とした顔付きでクレナの手元を見つめていた。クレナはゆっくりと視線の先を追い掛け、それを見た。
「なんで?」
先ほど自分たちを包んだ光と同じ色の宝石が、クレナの右手に置かれたアランのブレスレットに確かにあった。アランのブレスレットに宝石が現れたということは、これまで聞いてきた話に矛盾が生まれる。
「どうしてアランのブレスレットに?」
「いや、俺にもわからない」
護衛隊になる条件は、真っ当な人間であることと、生きることを断念した人間。断念した人間は、生者側ではなくなってしまうとヨンギが話してくれた。
だとしたら、死者側となったはずのアランのブレスレットに石が現れるのは変だ。
もう一度、アランのブレスレットを見つめる。
「アランはまだ生きてるの?」
「そんな訳ないだろ! 護衛隊になったんだ。生きてるはずがない」
「でも、もしも生きてたとしたら……」
その“もしも”を想像したら、またクレナの瞳から涙が零れ出した。
「アランと生きて会える可能性もあるってこと?」
アランがそっと自分のブレスレットに触れ、複雑な表情を浮かべる。
「解らないけど……こんな時にヨンギがいたらな。あいつなら天界のことに詳しいから」
「けど、ヨンギさんもブレスレットのことは知らなかったみたいだよ? わたしのを見て驚いてたから」
それでも期待しないではいられなかった。未だに消えずに残り、新たな石が現れたブレスレットが無意味なものではないと祈りたい。
「早く三途の川へ急ごう! そこへ行けば何かわかるかもしれない」
「落ち着けよ。もう夜だし……焦っても仕方ないだろ」
「それもそうだね……ごめん」
「ほらっ、泣くなって!」
アランの手が頬の涙を拭い取ると、そのまま視線がぶつかる。
「そういえば、さっき言ったことだけど」
「え?」
初め、何を言われているのかわからなかった。
アランが少し照れ臭そうな表情をしているのを見て、クレナは自分が勢い余ってとんでもないことを口走っていたことを思い出した。
「あっ、あれは忘れて!」
逃げるように距離を置こうとしたクレナの手をアランが素早く掴む。触れられた手が一気に熱をもつのが伝わってきた。
「忘れられるわけないだろっ」
アランに対しての感情を言葉にできずにいたのに、あの時は無我夢中で叫んでいた。
そして、自覚してしまう。
(わたしは、アランが好きなんだ)
気付いてしまったからこそ逆に戸惑い、もう一歩近づくことを躊躇ってしまう。
「クレナ」
ーーほら、名前を呼ばれただけで胸が高鳴る。
「もしも俺がまだ生者で、この世界から抜け出すことが出来るんだとしたら……もとの世界で俺は必ずお前に会いに行く」
儚い夢物語の中でしか会えない人になるかもしれないのに、そんなことを言われてしまったら思い描いてしまう。
――あなたと再び出逢う、新たな物語を。
「けど、これは今言っておきたい」
アランの握る手が、今度は左頬を包む。
「俺もクレナが好きだ」
その一言が、嬉しくもあり、切なくもさせる。素直に喜びたいのに、夢から覚めた結末がクレナの頭の中をよぎっていく。
「たとえ、離れて終わるとしても……俺はお前を好きになったこと後悔しないから」
「アラン……」
「ヨンギに言われたからってわけじゃないけど、確かにお前と会えたのは運命じゃないかって思えるんだ」
「わたしもっ」
神は意味のないことはしない。
この出逢いが必然であるように……
何故か、ヨンギが言った台詞が浮かんだ。
今は、その言葉を強く信じたいと思いたい。
「この世界でアランと出逢えて、好きになったこと……わたしも後悔しない」
そう返した瞬間に、アランの胸にまた閉じ込められてしまっていた。今だけでも、近くにいる喜びを噛み締めたいと心願うように、その腕は力強かった。
◇◇◇ ◇◇◇
夜も更け、辺りは真っ暗になり、焚き火の灯りだけが周りを照らしあげる。眼帯なしのアランを見慣れていないせいか、ついつい目がいってしまう。
「なんだよ……あんまり見るなって」
いつもの仏頂面が今は可愛く見える。なんて言ったらますます怒ってしまいそうで、クレナは何も返さずに微笑んだ。
「寒くないか? 夜は冷えるから、こっちこいよ」
自分の隣に来いと、地面を手で叩き合図する。まだ照れ臭さが優先され迷っていると、アランの手が伸び、あっという間に体ごと引き寄せられた。
「アランっ」
「観念して、ここにいろ」
そっと手が頭に触れると、そのままアランの肩へと誘導されてしまった。クレナは諦めて、素直に凭れかかる。
「そういえば、アランのブレスレットの石……何に反応して出てきたのかなぁ? あの人も持ってたみたいなんだけど……何がきっかけなのかわからないんだよね」
「あの人?」
「リリーちゃんから聞いてない? このブレスレットを持っていた人が昔いてね。石は自分の感情や決意に反応するんだって、ローマンさんから聞いたらしいの。二つ目までの意味を聞けたんだけど……その他の石は何に反応するのかな?」
「なら、今回の石が出たのはクレナのおかげかな」
「え? どういう意味?」
クレナが少し顔を上げると、アランが優しく微笑んでいた。
「お前が俺の瞳や過去を受け入れてくれた。そして、俺を思って泣いてくれた……な? これもきっかけになるんじゃないか? そう考えれば、クレナのおかげだろ?」
「泣いたのは関係ないでしょっ」
冗談まじりで言ってきたと思い、少し笑って返すが、アランは至って真剣な表情で言う。
「いや、そうとも言えない。相手を受け入れ、その感情を何で表すか……それは“涙”だ。自分の感情を“水”に“戻す”唯一の形だろ? 受け入れるっていうのは、相手にどれだけ思われているかが重要だったんだ」
「それが“涙”?」
「俺の故郷の伝承のひとつだけど……相手を想う“慈悲の涙”は神にも届く力が秘められてるって、昔母親が言ってた」
切なく揺れる彼の瞳に、クレナはそっと相手の手を取り、優しく包み込むように握る。
「聞いていいか?」
「ん? なに?」
「俺もお前を“受け入れる”から……何を背負って後悔してるか、聞かせてくれないか? 前に言ってたよな。大切な存在だった人を傷つけたって」
その言葉に反応するように、握る手が一瞬震えた。
「俺もお前が知りたい」
久しぶりに蘇る過去の残像。
「分かった」
見ないように閉じていた暗闇の扉を開き、クレナは自分を受け止める覚悟を決めた。
次回はクレナの過去編になります。
ちらほら濁してきたのをようやく書ける(笑)




