Saelum 34
何度かアランに抱き締められたことはあったけれど、今回ばかりは前のように大人しくなんてできなかった。
「アランっ……どうしたの!?」
そう言いながら必死にアランを押し戻そうと試みるも、更に強く抱き締められ、抵抗の意味がまるでない。
肌に伝わる体温、耳元で感じる息遣い。
その全てが、思考回路を駄目にしていく。
「俺さ……ずっと、この瞳が嫌いだった」
囁くように告げられた言葉に、クレナは抵抗の手を止める。
「どうして? そんなに綺麗なのに」
「お前ぐらいだよ。そうやって言うのは」
そう返ってきた言葉の裏に、深い苦しみや悲しみがあるのだと密かに感じ取った。
「アランのこと、教えてくれない?」
「俺のこと知ったって面白くないだろ」
「面白いとか関係なく……わたしは、知りたい」
そう言うと、回された腕が解かれ、呆れ顔のアランと目が合う。
「全く、俺のこと知りたいなんて変な奴だな」
「変な奴って失礼だよ! アランのこと知りたいって思うことの何が変なの?」
クレナが強く言うと、アランは観念したような笑みを浮かべた。
「分かったよ。話すから」
しかし、語られた過去はあまりにも凄絶な悲劇だった。
「俺が生れ育ったのは、ドイツにある小さな村だった。田舎だったせいもあって、古くから伝わる風習を村の人は頑なに信じてた……時代が移り変わっても、それは色濃く残ってた」
焚き火が火の粉を放つ音を聞きながら、クレナは真剣な眼差しをアランに向ける。
「小さな村だったからさ……こんな瞳を持つ奴なんて居なかったし、どうしてこうなるのか知る奴もいない。俺は生まれた瞬間から不吉の象徴として扱われる羽目になった」
「そんなっ!」
「そんなもんだろ。アグレアスと似たようなもんだ……見た目が違う、人と違う力がある、それだけで異物と扱われ……他人にとっては恐怖でしかない。嫌悪しかもたれない存在に陥る」
それはクレナにも理解はできた。クレナ自身、似たような辛さを経験してきたからだ。
「家族でさえ俺を気味悪がって、家から一歩も出してもらえなかった。お前は悪魔の子だから、家から出したら災いが起こるって……一番キツかったのは、悪魔払いさせるために母親が神父連れてきたことかな」
「ひどいだろ?」と、笑うアラン。
全然、笑うところじゃない。
泣きそうなほど、苦しいと言わんばかりの顔をしている癖にと、言いたくなった。
自分だったら、実の親にそんなことをされたら正気ではいられない。狂乱して、きっと自我を無くしているに違いないとクレナは思った。
「結局のところ、俺に悪魔なんか取り憑いてないし……いくら悪魔払いしたって、この瞳は治らない。そのせいか、ますます母親の態度が悪化してって……最後には俺を殺そうとしてきた」
言葉が出なかった。
「それで、俺は堪えきれなくなって、故郷も家族も全部捨てて逃げ出した」
アランは何も悪くないと言ってあげたいのに、それすら喋れない自分がもどかしい。
「それから七年経って……知り合いから聞いたんだ。母親が病気で倒れたって」
「……会いに、行ったの?」
「いや、行かなかった。自分の顔を見るたびに、思い出す母親の姿は恐怖そのものでしかなかったからさ。それから何日か経って……母親が死んだって聞かされたよ」
その顔は後悔を滲ませ、今もなお苦悩しているように映る。
「瞳を隠してでも、最後ぐらい会いに行けば良かったのかもしれない。どんなに憎くても、どんなに会いたくなくても、実の母親だったのは確かなのにな」
「それから、どうなったの?」
「その後、母親の墓参りだけでも行くことにしたんだ。けど、故郷へ向かってる最中に神隠しにあって……」
そこで、アランの言葉が止まる。話すことを咄嗟に躊躇したように見えた。そんな彼を見たクレナは、ずっと気がかりだった言葉をついに口にする。
「アランは……わたしと同じ生者側だったんじゃないの?」
目を見開き、驚いた顔をしたアランに、クレナは静かに告げた。
「アランは知ってたんだよね……ブレスレットのこと」
初めてあった日の夜、アランが何気なく聞いてきたひと言だ。
「”そのブレスレットは?”って聞いてきたこと覚えてるよね。普通、男の人ってアクセサリーなんかに興味ないだろうし、ましてや話題にするものでもないでしょ? それを聞くってことは……これが何なのかわかってたからなんじゃない?」
話さず、黙り込むアランを見ながらさらに続けた。
「本当はリリーから、二つ目の石のことを聞く前にわかってたんじゃない? あの赤い光を一番近くで見てたアランが、あの日わたしに何も言わないなんておかしいもん」
アランは諦めたように深く息をつき、自分のジャケットへと手を伸ばす。そして裏側のポケットから何やら取り出すと、クレナに差し出した。反射的に手を広げると、そっと手渡される。
「やっぱり……」
手のひらに乗せられたのは、予想通りクレナのついているのと同じブレスレットだった。
石の数は二つ。青白い石と赤い石。
「俺は生者側だった……」
「そんな気はしてたんだ」
「肉体ごと神隠しにあって、ここへ導かれた。断念して護衛隊となった時点で、死者側になっちまったけどな。けど、これは消えないまま残ってるんだ」
「どうして?」
「え?」
「生きたいって思ってたのに……二つ目の石も出たのに、どうして諦めたの?」
なんでだろうか。酷く悲しかった。
弱まりかけた焚き火に薪を足しながら、アランは静かに微笑んだ。
「こんな自分が生きて戻ったところで誰が喜ぶんだよ。それに戻るくらいなら更生した方がマシだろ」
「嘘っ! じゃあ、なんで更生しないで護衛隊になったの!? それはまだ未練があったからじゃないの? 本当は生きたかったからじゃないの!?」
「クレナ……」
「わたしは、アランに生きてほしかった」
これは自分勝手な我が儘だ。
アランが生きることを選択していたら、この世界で出会うこともなかった。たとえ出会えたとしても、帰った時に、お互いを覚えている保証はどこにもない。
なのに、こうしてこの世界に留まることを決めたアランの選択を悔しく感じるのは、なんて身勝手なことなのだろう。
「お前ともっと早くここで会ってたら、きっと違ってただろうな……」
「違ってた。わたしが意地でもアランを死なせたりしなかった! わたしは、アランと一緒に居たいから……」
気持ちが一気に溢れて、想いは涙として零れ出す。
「あなたと生きたい! アランが好きだから!」
そう叫んだ瞬間、クレナとアランを包む光が現れ、周りは緑色に染められた。
アランの過去と“どっち側”の
真相が明らかになりましたが……
いかがでしたでしょうか?
引き続き読んでいただければ
嬉しいです。




