Saelum 33
目を覚ますと、どこまでも広がる蒼穹が視界に飛び込んできた。風になびく草木と、肌を擽る草花の匂い。あまりにも平穏な景色に、さっきまで自分が何をしていたのかを思い出すのに時間がかかった。
(何があったんだっけ?)
記憶の中を辿り、ようやく状況を把握し始める。
「そうだ……崖から落ちたんだ」
視線を移すと、先ほどまでいたはずの岩山の絶壁が目に映り込む。そこで、一気にクレナの意識が覚醒へと向かった。
「アラン!?」
体を起こすと、全身ずぶ濡れの状態だった。そして、片方の手はアランの手と重なったまま。崖から落ちたクレナを追いかけ、一緒に飛び降りたアランの姿が思い出される。
「……アラン?」
呼んでも返事がない。そっと口元に耳を近づけると、しっかりと呼吸しているのが分かった。どうやら、気を失っているだけのようだ。
「良かった……」
あのまま川に落ちたのは、うっすらだけど記憶にある。必死に水中でも手を離さず、自分を守ろうとしてくれたアランの姿に、また心臓が波打つのをクレナは感じた。
「ほんとに……馬鹿はどっちなの」
乱れた髪を直すようにアランの顔に手をおいた途端、クレナはあることに気づいてしまった。
「あれ?」
いつも右目を覆っていたはずの眼帯がない。近くを見回すが、それらしいものも落ちていなかった。
「きっと川に飛び込んだ時に外れちゃったんだ……」
ゆっくりと気づかれないように、右目を隠す前髪を耳元へと流す。しかし、閉じられた瞼は左目と全く変わりはなかった。もしかしたら傷跡でもあるのだろうかと考えていたのだが、それは検討違いだったようだ。
(アランは何を隠したかったんだろう?)
考えてみれば、アランのことは何一つ知らない。
「アランはどっちなの?」
そう呟きながら、手のひらを頬に乗せた。
「冷たい……」
天界で風邪を引くのかは疑問だったが、クレナは急いで立ち上がり、辺りを見渡す。近くに落ちている木の枝を確認すると、アランの方へ向き直る。
「アラン、待ってて……今温かくしてあげるから」
そう笑顔で告げ、クレナは作業に取りかかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「んっ……」
「良かった! アラン、大丈夫?」
クレナの声に目を覚ますと、温かな焚き火の灯りが目に入る。辺りは夕暮れが近いせいか、オレンジ色の光に包まれていた。
「悪い。だいぶ気を失ってたか?」
「今日は休んで……いくら死なないからって無理はよくないよ。昨日だって寝てないんでしょ?」
「このくらい平気だ」
少し目眩のように、頭の中が上下に揺れる感覚を感じながら、ゆっくりと体を起こす。ジャケットは足元に置かれ、着ているワイシャツとズボンはほとんど乾いていた。
「ありがとうな」
「それはこっちの台詞でしょ? わたしのせいで落ちちゃってごめん……」
「そんなことよりさ」
アランはさっきから気になっていた違和感をやっと口にする。
「なんで俺のこと見ないんだよ」
なぜかこちらを避けるかのように、自分に背を向けて話すクレナに、アランは怪訝そう聞く。
「なんだよ、今さら気まずいとか言うなよ?」
「ち、違う」
「じゃあ、なんでこっち見ないんだよ?」
「見ていいの?」
クレナの質問の意図が掴めず、悩むように頭に手を回した。そして、気がつく。
「取れたのか……」
眼帯が取れたことを、クレナは気遣っていたのだとようやく理解した。
「薪になる枝とか探しながら、眼帯も探してはみたんだけど……見当たらなかった」
「クレナ……こっち向け」
「えっ!? だって見られたくないんじゃないの?」
「いや、これは見られたくないんじゃなくて……俺が見たくなかったんだ」
――それはどういう意味なのだろうか?
普通見せたくないから隠すものなのに、アランは逆の理由を言う。そんなことを聞いてしまったら尚のこと向きづらいというより、向くタイミングがわからなくなった。
「ちょっと待って……今、心の準備をするから」
「いいから、こっち向けって!」
「えっ! ちょっとっ!?」
肩を掴まれ、心の準備もできないまま、強引に振り向かされる。一気にアランの顔が間近に映り、焦るように目線を下に逸らした。だが、アランの両手がクレナの両頬を包み込むと、強制的に上へと戻されてしまう。
「お前になら見せていいから……」
そう告げたアランの顔を至近距離で見てしまった。隠された右目はしっかりと開き、クレナの姿を映し出している。
「アラン……その瞳」
左目は海のようなブルーだが、右目は宝石のアメジストのような紫色だった。炎の光が風で揺れる度、その瞳も輝いているように映り、一瞬引き込まれそうになる。
「感想は?」
「え? 感想? すごく……綺麗です」
そう返した瞬間、アランがおかしそうに笑い出した。
「えっ!? わたし何か変なこと言った!?」
「いや、綺麗は予想外だったから……でもクレナなら見せても大丈夫なような気はしてた」
そう言ったアランは、凄く優しそうに微笑む。
そんな顔、見たことなかった。こんな近距離で急に優しい笑顔なんて浮かべられたら、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
クレナの心臓が激しく音を立てる。それを隠すため、何気ない質問をアランに投げた。
「そ、それって……オッドアイって言うんだっけ?」
「へぇ、よく知ってるな」
「前にテレビで見たことあったから……猫の特集番組だったけど」
「俺は猫かよ」
そこでやっと、頬に触れたアランの手から解放される。変な緊張が解け、ひと安心したクレナではあったが、アランの顔がどこか寂しげな表情をしたのを見逃さなかった。
「光彩異色症……別名はヘテクロミア・オブ・アイリスって言うらしい」
「今は珍しくないみたいだね。けど……その紫色は珍しいんでしょ? 紫色の瞳を持って生まれてくるのは稀だって聞いたことあるよ」
未だに近い距離にいるアランに戸惑いを感じながらも、クレナはいつものように笑顔を向ける。
「アランの瞳、凄く綺麗だよ……紫もなんかアランらしい色で似合ってる」
そう言った途端、なぜかまた肩を掴まれ、気がつけば抱き締められていた。
今回は一番謎だったアランの眼帯の秘密が明かされましたが……
だいぶ謎が解き明かされつつあるヘブンリー・ガーデン。昔書いた初期の話はもっと単純だった気がします(笑)
ちょっとしたファンタジックな恋愛はたくさん書いてきたけど、ここまでがっつりファンタジーは初めてで、もっと文章力ほしぃー!!と日毎に感じます。




