Saelum 29
自分がソユンに似ていたばかりに、ヨンギは無理をしてまで助けてくれていた。アランがはじめに嫌な態度をとったのは、ヨンギがクレナと関わろうとしていたことを知っていたからなのだろうか。そんなに無茶をさせてしまっていたのに、ろくにお礼も言わないまま離れたことを今更ながら後悔した。
(もっと、ありがとうって伝えれば良かった)
ふっと、嫌な胸騒ぎを感じた。
「まって! 護衛隊を辞めさせられたら、ふたりはどうなるの?」
「どうなるって訳じゃないけど……神の武器はもちろん没収だし、はじまりの地が任務区域なら、あそこからは離れなきゃいけなくなる。そこは死者と生者を出迎える場所だから、護衛隊以外は留まる事を許されてないからね」
「それじゃ、ふたりはあそこに戻れなくなるの?」
そんなことになったら、ヨンギがソユンさんを待つ場所を失ってしまう。アランが護衛隊になった理由をクレナは知らない。ただ、ヨンギのように深い訳があるかもしれない。
(ふたりとも、戻ってくれるよね? 追って来たりなんてしてないよね?)
「全然知らなかった……天使さんに許可をもらったって言われてたから、そんな規則があるなんて気付かなかった」
「天使だって?」
ルカの表情が変わる。
「天使が許したの?」
「そう……わたしがはじまりの地を出るときに、天使さんもいて見送ってくれたし」
別れ際に深々と頭を下げたふたりの天使の姿を思い出す。
「天使は神の子だから……神が決めた規則にはうるさい筈だけど? 僕は天使、嫌いだけどね。気難しいし、細かい事にすぐ口出すし、何より偉そう」
「全然そんな風には見えなかったけど」
「よっぽどアランたちは信頼されてんだね。まあ、天使が全員お堅い連中とは限らないんだろうけどさ……今まで護衛隊になった奴らは、決まり事がありすぎるから直ぐに辞めていっちゃうんだよ」
「そうなんだ。そんなに厳しいんだね……」
そんなに厳しい規則があるなら、ふたりは追ってくることはないだろう。自分の意思で志願したふたりが、それを捨ててまで追ってくる理由はない。いくらソユンに似ていても、赤の他人のためにそこまでのリスクを冒すなんて考えられなかった。
「明日戻るなら問題ないさ……」
ルカはまた木の上に飛び乗り、ノアを見下ろし叫ぶ。
「いいか、クレナのこと山の入り口までしっかり送ってこいよ!」
ノアはゆっくり頷くと、クレナの手をしっかり握った。
「え、ノアくん? 手を繋がなくても大丈夫だよ?」
「ダメ……近くに居ないと守れない」
真顔で言われてしまったら、拒む理由はない。抵抗することを断念したクレナに、またルカの声が届く。
「クレナ! これは最後の忠告………迷いがあったら引き返すんだ」
「ルカくん」
「生きるチャンス無駄にしちゃダメだよ」
「ありがとう!」
ルカは照れ臭さからフードを一段と深く被り、森の中へと消えていった。
「行こう」
手を引かれ歩くのに気恥ずかしさを感じつつ、ノアの横を歩き出した。その頃には、空一面に散らばっていた星たちは徐々に姿を消し、オレンジと青のグラデーションに染まっていた。
「もうすぐ夜明けか……」
さっきまで見えなかった山が朝日とともに浮かび上がってくる。それは山というより、大きな岩山だった。草木が一切生えていないように見える。頂上も雲の上まで届くほど高く、思わず息を飲んだ。
「落石とか、突風とか、あぶないからね」
「わ、分かった……」
とんでもないところを登ろうとしているんだと、一瞬足が竦む。
「大丈夫? やめていいよ」
「だめ、行かなきゃ……これも試練なんだよ」
「アグレアスが君を側に置きたかった気持ち分かる」
「え? なに、急に」
ノアは小さく微笑みを浮かべ、手のひらが微かに頬を掠めた。
「ノアくん?」
「君といると、勇気が出る。希望を捨てない強さは君のいいとこ……アグレアスはきっと君が好きだと言いたかった」
「そ、そうかな? それは分からないけど……きっとアグレアスは、いい人だったんだよ。復讐を考える前までは、きっと」
消える間際のアグレアスの瞳は、悲しさと寂しさの中に優しさが含まれていた。それに気付いたからこそ悲しく、悔しくも思う。
「アグレアス……生まれ変わったら、次こそ幸せになってほしいなぁ」
「そうだね」
手を引かれながら、クレナは空を仰ぐ。
――神がつくった非現実的な世界。
そこへ導かれし人々は、様々な想いを抱えながら彷徨う。時に出逢いを求め、時に悲しみに囚われ、時に違う世界に想いを馳せる。
もしも、自分が生きて戻ることが出来たとしたら、この世界を覚えているのだろうか。長い夢を見てきたかのように忘れてしまう世界なら、なんて儚い夢物語なんだろう。
クレナは無性に悲しくなった。
「どうかした?」
気が付くと、知らないうちに頬へと涙が伝っていた。
「大丈夫だよ……ちょっと、ほんのちょっと切なくなっただけ」
「君は優しいね」
「それは……違うよ」
クレナは笑顔で告げると、ノアは勇気付けるかのように優しく握った手に力を加える。
「ありがとう、ノアくん」
涙を拭き、クレナはノアに精一杯の笑顔を向けた。
「君は笑ってた方がずっといいよ」
そう返され、またヨンギやアランの顔が浮かぶ。
「ノアくん、最後にお願い聞いてくれないかな?」
「なに?」
不思議そうな顔付きでこちらを見つめるノアに、クレナは真剣な顔を向ける。
「あのね……」
儚くも尊い夢物語のたった数ページの登場人物でしかないかもしれない。それでも、これは自分にとって大きな出来事で、今まで生きてきた中で大事な思い出。
だから最後まで大切にしたいと、クレナは思った。




