Saelum 30
クレナが漆黒の森へ向かったと予測したアランとヨンギは、再び森の中へと足を踏み入れていた。朝日が昇り始めているとはいえ、やはり深い森の中での視界は良好とは言えない。いくら目を凝らしても暗がりに遮られ、クレナの姿を見つけ出せずにいた。
「変ですね……クレナさんがこんなに早く森を抜けられるでしょうか?」
ヨンギは疑念を呟きながら、辺りを見渡す。
いくら時間差があったとはいえ、夜の森をひとりで抜けることは容易ではない。クレナ一人のペースを考えれば、もう追いついてもおかしくないはずだった。
しかし、いくら進んでもクレナを見つけ出すことができずにいた。
「まさか違う道、通ってないよな」
「この世界に来て日の浅いクレナさんのことだから、きっとここを目指したはずなんですが……何かあったんでしょうか?」
徐々に不安を募らせた二人の耳に、聞き慣れた声が響いた。
「誰かと思えば、やっぱりおじさん達?」
頭上から落ち葉とともに降ってきたのは、呆れ顔をしたルカだった。着地するなり、二人の前で仁王立ちし、思いっきり睨み上げる。
「あんた達ってやっぱり馬鹿なの? クレナをこんな所まで追いかけて来ちゃって、二人して護衛隊を辞めたいわけ? そこまでクレナに執着する意味がわからないんだけど……」
凄い勢いで喋られ、押し黙るヨンギとアランに、人差し指を向け、とどめの如く言い放った。
「君たちがいくら追いかけたって、彼女は帰る側の人間なんだからさ! さっさと諦めて、今すぐ持ち場に戻りなよ!」
いつもなら、ここでアランが怒り出すのがいつもの流れ。しかし、今回は違った。
「そんなこと……俺もヨンギもわかってるよ」
アランがいつになく冷静な声で、ルカを見つめながら告げる。その姿を見て、ルカは人差し指をしまい、わざとらしいぐらいのため息を吐いた。
「だろうね。僕がいくら貶そうが罵倒しようが、どうせ行く気なんでしょ? おじさん達がどれだけ大馬鹿だったとしても、考えなしにここまで来たりなんてしないだろうし……それを覚悟で追いかけてきたんだよね」
「はい……覚悟の上です」
ヨンギは迷いもなく即答した。
「クレナの無鉄砲さにも感心するけど、おじさん達はそれ以上だよ」
「それで、クレナさんは?」
「もうノアとあの岩山へ着いた頃じゃない?」
「ノアと?」
アランが眉を顰める。
「何かあっても大変だしね……岩山までノアに案内させたんだ」
「わかりました! 行きますよ、アラン」
「言われなくても行くさ」
ヨンギとアランがルカの横を通り過ぎ、森の出口へ向かって走り出した。が、すぐに足が止まる。
「どうかした? 早く行かないと追いつけなくなるよ」
急に立ち止まった二人に気づき、ルカが視線を移す。そこで、なぜか二人の歩みが止まったのかがわかった。
「あれ?」
ヨンギ達が進む方向から現れた人影。はじめは悪しき人かとも思って警戒もしたが違った。そこに立っていたのは、クレナを岩山へ案内しに行ったはずのノアだった。
「ノアじゃん。もう送ってきたの? 早かったね」
それに対し、ノアはゆっくり頷く。顔を上げると同時に、視線はアランとヨンギへ注がれた。
「ノアさんが戻ってきたなら急ぎましょう。本当に追いつけなくなってしまう」
「ああ、じゃな! ルカ!」
そう言って、再び走り出した二人を前に、ノアがすかさず指輪に手を翳す。
「解放」
呟くような声だったが、瞬時に聞き取ったヨンギはすぐ様立ち止まり、後ろから来るアランへ制止の手を向けた。
「ノアさん?」
「二人とも……この先には行かせない」
「おい、ノア? どうしたんだよっ」
一番に驚いたのは二人ではない。その後ろにいたルカだ。あまりにも予想外な展開に、言葉が出せずにいる。ノアの指輪は一瞬で剣へと形を変え、その先端をヨンギとアランの方に向けた。
「ノアさん? どうしたんですか?」
「なんで俺たちに剣を向けるんだよ!」
訳のわからない状況に混乱する二人に対し、ノアは躊躇うことなく剣を構える。
「ルカ! ノアをなんとかしろ!」
「アラン! 危ないっ!!」
ルカに顔を向けていたアランが視線を戻すと、ノアがすでにこちらへと走り出していた。
「なんなんだよ、くそっ……解放!」
慌てて呪文を唱え、刀を手にする。勢いよく剣を振り翳し、長い剣の刃がアランへと振り落とされた。その刹那、金属音が響き渡り、目の前で火花を散らす。
「ノア、やめるんだ!」
「やめない……」
ルカが手を指輪へ近づけかけた時、ヨンギの声がみんなの耳に届く。
「止めろ!」
ノアとアランの動きが止まり、ヨンギは安堵のため息を零した。
「武器を飛ばされたくないですよね? 術は解きます……そしたら、すぐに封印してください。続けるのなら、僕も黙ってませんよ」
笑顔は一切なく、今までにないほどの鋭い眼差しを向けるヨンギに、ノアは息を飲む。
「ノア……やめるよね?」
「わかった。やめる」
ルカの声に反応し、囁くような声で返事をした。
「解除」
固まったように動かなくなっていた体は、一瞬で元に戻る。ノアとアランは、ヨンギに言われた通り武器を封印した。それを見届け、ルカが怒った顔でノアの足を力任せに蹴飛ばした。
「何をやってるんだよ! 護衛隊同士で戦うなんて前代未聞だぞ!?」
「ごめん、ルカ……」
痛みに耐えながら、ノアが済まなさそうに呟く。
「二人を止めてって頼まれたから」
「は?」
ノアの言葉を聞いて、ヨンギは何かを察する。
「もしかして……クレナさんに僕たちの足止めを頼まれたんですか?」
その考えは当たっていたようで、ノアは慌てて二人に対し、深く頭を下げた。
「足止めする方法がわからなくて、攻撃してごめん。けど、お願い……クレナさんを追わないで」
「なんでだよ」
アランの問いを聞き、先ほどまで一緒にいたクレナのことを思い出す。
『あのね、ノア』
耳に残る彼女の声を聞きながら、ノアは決意した瞳を二人に向けた。




