Saelum 27
門の前に立っていた二人が驚愕の声を上げた。静まり返った町中にジュンホンと瞬矢の声が響き渡る。
「クレナさん、光の庭へ向かわれたんですか!? それも一人で!?」
「なんでそんなことになったんだよ! お前たちに言わないで行くって、なんかあったのか!?」
瞬矢の言葉に、二人は気まずい表情を浮かべる。
「瞬矢、問題はそこではないでしょう……すみません、クレナさんが出ていったのに気付けていれば止められたのに」
「いえ、僕たちの責任ですから」
「それで? お二人はどうされるんです? これ以上、持ち場を離れ続けるのは……」
ジュンホンの言葉に対し、ヨンギはなんの迷いもなく返した。
「それでも行きます。早く止めないと……あそこへ足を踏み入れたら取り返しがつかないので」
「そうですか……では、お気を付けて。見つかったら、またクレナさんとここへ立ち寄ってくださいね」
「はい、もちろんですよ」
ヨンギは軽くお辞儀をし、門を潜る。アランもそれに合わせて歩き出した。
「気を付けろよ!」
「了解」
瞬矢の声に、アランは背を向けたまま右手を上げる。暗い道を進んでいく二人をジュンホンと瞬矢は複雑な面持ちで見送った。
「クレナさんのことも心配ですが……二人のことも心配ですね」
「天界の庭の規則が厳しすぎるんだよ!」
「まあ、神様が決めたことですからね」
「俺まだ実感ないんだよなー。まじで神っているのか? アグレアスは呼び出そうとしてたみたいだけどさ……」
瞬矢の言葉に、ジュンホンは小さく笑う。
「神様がいるのは確かじゃないですか? 僕たちが存在している、この世界こそが証拠でしょうから……それにアグレアスが言うように、案外近くにいるのかもしれません」
「近くにねー」
「さあ、仕事に集中してください。悪しき人がいなくなったわけではないのですから」
諭すように手を叩き、自分の持ち場へと戻るジュンホンを瞬矢は納得いかないという顔つきで後を追った。
◇◇◇ ◇◇◇
その頃、クレナは黙々と暗い道のりを歩き続けていた。いくら月明かりがあるとはいえ、一人で夜道を歩くのは心細い。しかも、どこかに悪しき人が潜んでいる可能性だってある。心なしか歩調を早くして、目的地を目指した。
ローマンから光の庭の具体的な場所は教えてもらってはいなかった。行く方向すらわからない現状の中にクレナは立っている。だとすれば、情報を得るためにはまず、漆黒の森へ向かう必要があった。
「ルカくんとノアくんならわかるかも」
きっとアランとヨンギが、クレナが居なくなったことに気がついた頃だろう。リリーには挨拶もせずに来てしまったことを申し訳なく感じている。
けれど、内心ホッとしている自分がいた。
――これでアラン達に迷惑をかけることはない。
どうせ離れることは初めから決まっていたのだから、明日には諦めて元いた場所へ帰るはずだ。
(絶対に怒ってはいるだろうけど……特にアランが)
あの仏頂面が頭の中に浮かんだ。無意識に、思い出し笑いをしていた自分に気づく。
「わたしも忘れなきゃ……」
クレナがそう強く思い、前へと向き直した。すると、深い森が視界に広がっているのが目に飛び込む。
「ここが漆黒の森か……」
今いる場所は月明かりのお陰で明るく感じるが、森の中は一切光を通さない暗闇。目の前まで近づくと、その不気味さに足が竦む。
「さすがに怖いかも……」
けど、躊躇していても始まらない。クレナは恐る恐る足を踏み入れ、ゆっくりと森の奥へと進んでいく。外灯や懐中電灯があれば難なく進めるだろうが、ここは闇で視界を遮られた空間。目を凝らさないと、目の前にある木さえ闇と同化して見えづらい。
「こっちであってるかな?」
目印があるはずもなく、一瞬でも気を抜けば方向感覚などすぐに失ってしまうだろう。
しかし、不安からクレナは辺りを見回してしまった。そのせいで、案の定、進むべき方向が完全にわからなくなってしまった。
「どうしよう……やらかしちゃったかも」
急に音に敏感になる。狼でもいるのか、遠吠えが遠くから聞こえる。頭上からは、無数のカラスの鳴き声。
「誰?」
微かに足音が聞こえた。
「誰か……いる?」
小さく問いかけるように言うが、反応は返ってこない。ただ、小枝や落葉を踏む音が間隔をあけて鳴るのが聞こえた。 確実にその音はこちらへと近づいているのがわかった。
「ルカくん? ノアくん?」
やっぱり返答はない。じわじわと近づく足音に、クレナは恐怖からしゃがみ込む。
(大丈夫……落ち着くんだ!)
ここは視界がゼロに等しい暗闇の中。物音を立てなければ見つからない。息を潜め、動かずにいたクレナの後ろに、人の気配を感じた。足音も耳元に響くほど近い。
(もしかして、幽霊とかじゃ……ないよね?)
それは有り得ないと、すぐに思い直す。
(どうしよう……悪しき人に捕まったら逃げようがない)
心臓が破裂しそうなほどに波打つ音ですら、聞かれるんじゃないかと焦ってしまう。しかし、足音が急に聞こえなくなった。静けさを取り戻したことで、クレナはそっと頭を上げる。しかし、その直後だった。
「君……だれ?」
知らない声が耳元に響いた瞬間、クレナの悲鳴が森中に轟く。
「静かに」
その言葉とともに、口が手で塞がれた。
「悪しき人に気付かれる」
(……誰? 味方なの!?)
しかし、顔は闇に隠れて目視できない。
「場所、変えていい?」
返事をする間もなく、声の主はクレナをお姫様抱っこをし、勢いよく走り出した。
「あのっ……こんな暗いのに見えるの!?」
「……心配ない」
そう言って、クレナを抱き抱えたまま、森の奥へと走っていく。しばらくすると、森の中間に木の生えていない場所が現れる。その真上からは、大きな月の放つ光が降り注いでいた。
そして、ようやく声の主の顔を見た。




