Saelum 26
“もしかして、ヨンギになにか言われたか?”
そう言った時のクレナの表情が、頭の中で幾度となく繰り返される。
動揺した表情。困惑に染まる瞳。
聞かなきゃ良かったとアランは後悔していた。
こんなことぐらいで焦るなんて、正直なところアラン自身が一番驚いている。
“挫折したら、俺のとこに来い。お前のこと嫌いじゃないから”
あれも、何も考えずに自然と口から出ていた。もしもあの時、誰かと会うことがなかったら、クレナはなんと答えてくれただろうかと想像する。
その答えを聞いていたら、何か変わっていたんだろうかとあの続きを頭の中で再現するが、その結末にアランは苦笑する。
――何も変わらない。
クレナはきっと、何があっても生き抜く意思を貫くだろう。
(それに、あいつが特別だと思うのはきっと俺なんかじゃない)
考えても無駄だと言い聞かせるも、気分は沈んでいく。よくわからない苛立ちまで沸き上がり、その感情に耐えきれず、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き毟った。
「くそ、なんなんだよ……腹立つ」
一度歩みを止め、深く息を吐く。
「アラン?」
前方からかけられる聞き慣れた声に、アランは下を向いた視線を上げた。そこには、少しふらつきながら歩くヨンギの姿があった。
「具合どうだ?」
「まあまあです」
普段と変わらないヨンギだが、少し雰囲気がいつもと違って映る。
「力を使うと、体力を消耗しちゃうから面倒ですね」
ヨンギに力があるのは、アランは前から知っていた。
力を使うのは決まって、アランがヨンギをひどく怒らせた時だけだった。力を使った時は決まって、体を動かせなくなるほど体力を消耗し、回復するまでに時間を要してしまう。
その時は決まって言う台詞があった。
“こんな力があっても無駄なのに……”
けど、それは力を使った時のことを言っている訳ではない。アランが知らない過去への後悔を思い出して言っていたことだと、なんとなく気がついていた。
しかし、今回力を使ったことに関して、ヨンギは後悔を口にしなかった。表情もどこか柔らかくなったように見受けられる。いつも笑っているけど、どこか影があり、悲しみに耐えている顔ばかりを見てきた。だが、クレナが来てからのヨンギは、徐々に変わっていったように感じる。
「クレナさんから聞きましたか?」
「さっきな。お前が具合悪いみたいだって……さっさとジュンホンたちの家行って休めよ。明日には出発するんだからな」
「そのことじゃありませんよ」
そう言ったヨンギの顔からは、笑顔が消えた。真剣な眼差しをこちらへと注ぐ。
「何も聞いてない……行くぞ」
ヨンギが何を言おうとしているのかわかっていたアランは、避けるように背を向けた。それでもヨンギは続けた。
「アラン、君は僕に聞きましたよね? クレナさんが好きなのかと……答えなくていいんですか?」
「あれはもういい」
あんなこと口走るんじゃなかったと後悔するアランに、ヨンギは容赦なく告げる。
「好きです……クレナさんが好きですよ」
「だから、言わなくていいって!」
「彼女に気持ちも伝えました」
「しつこいぞ、ヨンギ!!」
背を向けたが、またアランはヨンギに向き直った。
「そうやって僕に苛立つのは……アランも彼女が好きだからですよね?」
悪戯っぽく笑うヨンギに、思わず溜め息を零す。こういう顔の時は、何を言っても受け流されるからだ。
「そう思ってろ! どうせクレナと会うのは明日で最後だからな」
そう、もう会うことはないかもしれない。自分で言ってしまった言葉に、アランの表情は曇っていく。
「アラン……別れがある出逢いでも、惹かれた瞬間から衝動というものには逆らえない。それが運命であり、人の性ですよ」
「だから、俺は……」
「それにアランはまだ……」
ヨンギが何かを言いかけた時、二人を呼ぶ声が届く。
「ヨンギさん! アランさん!」
振り向くと、リリーがこちらに向かって、手を振りながら走ってきた。
「リリーさん。どうかなさったんですか?」
「クレナさんは一緒じゃないんですか? 夕食の準備ができたのに、お二人を探しに行ったきり戻ってこないんで、迎えに来たんです」
「いや、今さっき戻っていったはずだけど……」
アランはそう言いかけながら、先程のことを思い浮かべる。ヨンギとのことで様子が変だとばかり思っていた。だけど、明日帰ると伝えた時のクレナの行動が思い出される。手首を隠すように、袖を引っ張る仕草。
――左手首を見せたくなかった?
「ブレスレットか……」
アランの呟きに、リリーが反応を示す。
「もしかして黙ったまま行っちゃったんですか!?」
「それは……なんのことですか?」
「お父さんが教えたんです。昔、クレナさんと同じブレスレットを持った人が光の庭へ向かったって」
ヨンギとアランの顔が一気に緊迫の色に染まる。
「クレナさんは……光の庭へ向かったんですか?」
「はい。二つ目の石が出たから……残りの手がかりを探しに行くって」
「あのバカ……なんも知らないくせに」
「え、何かまずかったんですか?」
二人の様子を見て、リリーは心配した眼差しを向ける。すると、ヨンギは何事もなかったように笑顔を見せた。
「いえ、心配ないでしょう。リリーさんは家へ戻っていてください……もう夜遅いですから」
「けどっ」
「クレナさんのことは僕たちに任せてください。ただ、今日の夕飯はご一緒できないとだけ、ローマンさんに謝っておいてください」
「はい……わかりました」
リリーは不安な表情をしながらも、自分の家へと向かって行った。それを見届けると、二人はまた暗い表情に戻る。
「アグレアスの剣を防いだ赤い光は……ブレスレットの光だったのかもしれませんね」
「二つ目が現れてたのに、なんで隠したんだ? しかも、一人で行くとかバカだろ!」
「きっとクレナさんのことです……僕たちに心配をかけたくなかったんじゃありませんか? もしくは、僕が原因ですかね」
そう切なく笑ったヨンギ。
――好きだから、別れが辛かった。
不意に浮かんだ言葉にアランは苛立ちを感じ、小さく舌打ちした。
「アラン……あなたはどうしたいですか?」
「俺?」
急に問われ、アランは悩みながら、クレナが行ったであろう方向へと視線を向けた。様々な想いが混ざり合って、心の中はぐちゃぐちゃだった。
勝手に別れも言わずに行ってしまったクレナが気に食わない。ヨンギに告白されて動揺してたことも気に入らない。
――なのに、心配で堪らない。
「行こう」
アランはまっすぐヨンギを見る。
その目にはもう迷いなどなかった。
「どこへ?」
「バカを叱りにだよ!」
アランは仏頂面で言い放つ。
「あいつに一言文句を言わないと気が済まない」
「全くアランは素直じゃないですね」
歩き出したアランの背中を見つめながら、ヨンギは苦笑いを浮かべた。




