蟹座の君ep0-2
台風は、嵐ともに夏から姿を消した。
夏休みも残すところ、三日となった。
宿題の終わらない、高校生が図書館や公民館、教室で答え合わせというなの、宿題写しの作業にいそしむ時期。
嵐の作品はまだできていないままだ。
夏の緑に噴水と空が後者に青い影をつける。どうやったら、理科室からこんな景色が見えるのか俺にはいまだにできないが、この絵が完成することはない。
天気が悪い日は、嵐は学校へ出てくることはなかった。
「おまえ、雨の日もたまには来いよ。」
「雨の日、景色変わるからなぁ。」
「俺に構え。」
「じゃ、たまにね。」
少しだけ、かかわることができた。春彦という名前を嵐の人生に残せた、そんな気がした。
蒸発させられた水分は夕立になって土へ還る。そして、また蒸発して、雨粒へ変わる。夕立が降る前の一瞬風が強くなるのを感じたくて、屋上へ抜ける。高いフェンスの隙間から水分を含んで重くなった風が重力を無視して飛ぶ。
「気持ち悪いね。」
「……ん、俺は好きだけどな。空飛んでる気がする。」
「ふーん、そっか。」
話も終わらないうちにバケツをひっくり返したような雨が降り始める。肌に触れる雨粒は肌より冷たく風より暖かい。コンクリートを打ち付ける音が騒がしい。嵐は、耳を傾けたりするのだろう。
「こういうのも、風流かもな……。」
どこか遠いところを見ながら何か言っているのしかわからなかった。
「な、春彦。お前もう暇なんだろ?そういう顔、してるからな。せっかく俺が来てるのにその顔はないな、どっか行くか?」
夏休みだというのに早くも梅雨入りしたらしい。これもすべて温暖化の影響だとか。テレビの中の世界は常に何かのせいにできる、素晴らしい。
「別に、どこでもいい。」
「……おまえ、ゲーセン通ってるだろ?そこ、いきたい。」
「っ……!か、通ってない。」
確かに通っているかもしれない。ただ、それは勉強と同じで練習しただけスコアが上がるのが楽しくて。急に話を振られるとドギマギしてしまう。俺はこんなにコミュ障だったか。
最近はあれやこれやと話さなくても、二人でいるだけでなんとなく心地好い。夏休みパワーは侮れない。部活で話さなくても仲がだんだん良くなっていくのと同じで夏休みを一緒に過ごしただけで、こんなにも距離が近くなる。
なんだかそこから先の記憶は楽しかったはずなのに、とてもあいまいで、なんだかとても残念で。
嵐は死んでしまった。
その時のことは、もう何も覚えていない。防衛本能のままに記憶を忘却しているだけかもしれないし、本当に覚えていないのかもしれない。
トラックが突っ込んできた、木が倒れた、誰かに刺された、わからない。
けれども、強い雨が血を洗い流し続けていたのは今でも覚えている。
俺は、嵐のいる未来を望んだ。




