蟹座の君ep2
夏の暑い日差し。
校舎の中に見える人影、部活のない日もゲームは続くし、部活のない日に学校にいるのは教員か、プレイヤー。小動物じみた小柄で芝生みたいな髪の毛が風で揺れる。懐かしいようで、憎たらしいような見覚えのある顔、青と白のジャージ。
「……春彦、なにしてんの。」
春彦は俺の声におもむろに立ち上がり、振り向きざまに弓を弾く。
耳元で何かが引きちぎられるような轟音がする。至近距離で放たれた矢は目視できない速さで頬を掠めて、空へ消えた。目深にかぶった黒いパーカーは音とともに半壊し日差しが顔にかかる。
「……外したな。」
春彦はサジタリウスになったらしい。
「誰でもいい。つか、なんで頭、残ってるの?」
「運命率。お前の弓は俺自身には当たらない。」
「……っ、天秤座だな、新規プレイヤーじゃないんだな。戦んのか?」
血気盛んなチビ、非常に腹立たしいことこの上ないが、ライブラにできることは運命を天秤にゆだねるだけ。序盤でサジタリウスとは仲よくしたい。
「な、仲良くしたい……。」
「は?共闘すんの?俺に何かメリットある?裏切るかもしれないよ?それに、お前誰?」
サジタリウスは前回の記憶がない?サジタリウスは前回、彼と最終決戦まで行ったはずじゃないのか……サジタリウスは何を言っている……?
「まず、俺は森羅。春彦のことはよく知ってる。三ケタにならないくらいは集会プレイしてる、から。メリットは、かなりある。俺がライブラだから。」
「森羅、ほんとにあたらないか試させろよ。」
複雑な軌道を選びながら、弓は俺の肌をなでるように虚空へと消える。そのたびに、制服の一部がねじ切れるようにしてはじけ飛んでいく。このままでは、裸になってしまう。
「……無駄だけど、少し落ち着いてほしい。」
「ほんとに当たんねぇな、わかってるお前に当たらないっつーことは俺にも当たらない。俺に返せ、あってるよな?」
「……あってる。」
マシンガンのように飛んでくる矢の中にサジタリウスを入れるのは忍びないが、服には変えられない。
自分の胸に手を当て、サジタリウスへ手の平を向ける。
音もなく、サジタリウスの衣服がはじける、弓を弾く手が止まる。
「で?メリットは?」
「攻撃されても当たらない、俺は攻撃できないけど。」
「あんまり、うまみないけど……、いいよ。俺のこともっと知りたいし。よろしく、森羅。」
差し出される手。記憶がないとしても変わらない。サジタリウスはいつだって俺には眩しすぎる。
「……よろしく、春彦。」
友好の印として差し出し返した手は、強く握り返される。厚くごつごつした手は握り返されると安心する。
こういう手を働き者の手、というのかもしれない。
「……?」
「……春彦の手、お父さんみたいだなって。」
「あ?……ぁあ?お前の手が柔らかすぎんだよ。」
「ごめん。」
「いや、いいけどよ。」
あぁ、言われてみればそうかもしれない。俺は怠け者だ。この世界なら永遠に何もせずにこのまま同じ時を過ごし続けられる。
そのまま屋上に座り込む、どうやらこの世界の話を少しでもしたいらしい。サジタリウスは俺よりも経験者のはずなのに、なぜかこの世界のことをよくわかっていないようで、いろいろなことを、俺に聞いてくる。
この眩しい存在が、なんだか急にはかないように思えて、とてもいとおしかった。夏の日差しの中で、輝いているこの生き物はこの陽だまりの中でしか生きていけないのではないか……そんな、錯覚すら覚える。
そんな独りよがりの妄想はより大きな深みへとはまることになってしまう。
「……え、キャンサーがサジタリウスを殺した?」
「しかも、不意打ちだった。」
前回のキャンサーはサジタリウスのパートナー。
「キャンサーは、嵐はサジタリウスを裏切らない……最後の二人だったんじゃないの?」
「いや、それはないだろ……前回、のことはあんま、っほとんど覚えてないけど、嵐のことは忘れないし、嵐とは最後の二人になったら本気で勝負……?あ?なんだ、これ。……わけ、わかんねぇ。」
弱々しい声に、頭を抱える仕草。
防衛本能。愛する者に裏切られたショックから、記憶を書き換えたのだろうか。サジタリウスはそんなに心が弱いとは思えないけれど、何十回、何百回とゲームを続けるうちに擦り減った心は見えないところで彼を蝕んでいるのかもしれない。
「春彦、無理はするな。今回は、俺と組めばいいし、無理に思い出そうとしなくていい。歩ける?」
いまはまだ休息が必要なのかもしれない、俺の永遠のために今回はこの存在を守ってみたいと思う。




