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傭兵と彼女  作者: 七夕
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「母さん」

 母の温もりは覚えていない。目の前の石をそう呼ぶことしか、彼女にはもう出来ない。

 それでもよかった。自分には母が居た事実や、自分が生まれる前の母の話を、寡黙で不器用な父が沢山してくれた。何よりもそれが嬉しかったし、母を想う父の表情はその時が一番柔らかかった。二人は互いを愛し、自分はその愛に包まれて生まれたのだとよく理解している。自分は幸せな娘だと、毎年この日になると深く感じるのだ。

 この日は必ず白い花を手で摘んでくることにしている。幼い頃から続けていることだ。母はこの花を喜んでくれているだろうか。父は、きっと喜んでいると言ってくれる。それで充分だった。


「来ていたか」

 低く澄んだ声が聞こえて振り向いた。手にある白い花束。リボンの色は母が好きな色らしく、毎年その色だ。大剣を背負う大きな身体は現役の傭兵である事を物語っている。白髪交じりの金色の髪に、輝きを失わない青い瞳。昔は両目が開いていたが、今は左目に傷痕が宿っている。それを見る度自分の心が引き締まるのを彼はよく知っていて、必ず安心させる様に微笑んでくれるのだ。

 二人して花を添えて、目を閉じ黙祷を捧げる。

 彼にとっては妻の、自分にとっては母である女性の墓。

 静かな時が流れる。




 ***





 娘は今年で十九になる。思えば随分と成長し、彼女にそっくりな女性になった。違うのは針ではなく剣を手に仕事をしている事と、少しだけ自分を犠牲にしてしまうところだ。似なくていいところは自分に似てしまったなと少し心配している。聞く話ではそこらの男よりも男らしく、騎士よりも騎士らしいと言われているようで、将来が少し心配だ。逞しいのは素晴らしい事だが、もう少しまわりを頼る術もこれから覚えさせなければならないだろう。

 娘は未だに自分を「父さん」と呼んでくれる。変わらぬ彼女の優しい心と明るさに宛てられて疲れた心身も元気になる。愛しいと思う気持ちは変わりない。

「父さん。昼食の後、少し稽古を付けて欲しいです」

 やはり、少し、逞しすぎると思う。




「先に行っていてくれ」

 毎年、娘はこの願いを聞いてくれる。彼女と二人の時間を過ごすのだろうと察してくれているのだろう。この後共に摂る昼食のために「店に予約を入れておく」と言い残し、娘は先にその場を後にした。

 墓石に向き合う。

 膝を着き、手を伸ばす。指先でそっと触れる。

 ウィステリア、と刻まれた名前をゆっくりとなぞった。


「一つだけいいか」

 墓石に語りかける。

「そっちに行ったら、抱きしめさせて欲しい」

 応えるように、耳飾が煌めいた。


「わかっている」

 あれから、もう十九年。

 約束を忘れた事など、一度だってない。


「それまでちゃんと生きる。お前の分まで、アイリスと一緒に」


 愛している、と。

 そっと、彼女に口付ける。





「父さん」

 アイリスが手を振りながら自分を呼ぶ。自然と顔が綻ぶ。

「こないだ見つけた美味しいお店があるんですけど」

「ああ、そこにしよう」


 良い風が吹く。

 もうすぐ春が来る事を告げる様な、あたたかい風だった。






 「傭兵と彼女」 完


お読み下さりありがとうございました。


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