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未来が見えると勘違いされていますが、全部AI先生のおかげです 〜異世界で私だけが自考型AIを使えるので、今日も相談しながら生きていきます〜  作者: 紅茶伝
3章

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第二十七話 五ボルトが分かりません


 グレンが最初に手に取ったのは、結衣が銅線だと思っていた赤みのある細い金属線だった


 指先で曲げ、表面を爪で擦ってから、何かを確かめるように端を工具で削っていく


 露出した部分の色は表面とほとんど変わらない


「銅っぽいけど……見ただけじゃ分からないんだよね」


『はい、外観だけで材質を確定することはできません』


「グレンは知ってるのかな」


 結衣が線を指して尋ねるような顔をすると、グレンは当然のように頷き、短い言葉を返した


 その音をAI先生が拾う


『同じ語が、工房内にある赤みを帯びた金属板を示す際にも使用されました』


「じゃあ、この世界にも銅みたいな金属がある可能性は高そう?」


『はい、ただし地球上の銅と完全に同一の物質であることまでは確認できません』


「電気が通れば、とりあえず使える?」


『今回の試験では、導体として利用できることを確認するのが先です』


「うん」


 結衣は作業台へ視線を戻した


 グレンは話を聞きながら待ってくれるわけではない


 そもそもAI先生が何を説明しているのか分からないのだから当然で、すでに自分なりに結衣の描いた図を読み取り、細い金属線を小さな筒へ巻き始めていた


 その手つきは迷いがなく、巻かれていく線の間隔も驚くほど揃っている


「すご……」


 結衣が思わず呟くと、グレンが一度だけこちらを見る


「いや、ほんとにすごい」


 意味が伝わらないので、巻かれた線を指して親指を立ててみせた


 グレンは僅かに眉を上げたあと、何も言わず作業へ戻った


 けれど、その横顔はさっきまでより少しだけ険しくなくなった気がした


 結衣は邪魔をしないよう作業台から半歩離れる


 レオルは壁際に寄り、腕を組んで二人を眺めていた


 どうやら自分が手を出す場面ではないと判断したらしい


「AI先生、私たちが作ろうとしてるのって、要するに小さい発電機だよね」


『はい、まずは電気的な出力が得られるかを確認するための実験装置です』


「スマホ用の充電器を作ってるわけじゃない」


『現段階では違います』


「そこ大事だよね」


 結衣は自分にも言い聞かせるように頷いた


 焦っている


 それは自覚していた


 だからこそ、電気ができた瞬間にスマートフォンへ繋ぎたくなる自分を、今のうちに止めておかなければならない


 やがてグレンは線を巻いた筒を作業台へ置き、先ほどの黒っぽい磁石を手に取った


 結衣が紙に描いたものと見比べながら配置を変えていく


 何度か試したあと、グレンが結衣を呼ぶように手招きした


「私?」


 近づくと、線を巻いた部分と磁石を順番に指される


 続いてマナリスで回転する道具を指した


「あ」


 結衣にも意図が分かった


「これと、これを繋ぐ?」


 円を描くように指を回すと、グレンが頷いた


「AI先生、合ってる?」


『構造だけで判断すれば、回転運動を利用して磁石と導体の位置関係を連続的に変化させようとしている可能性があります』


「それなら発電できる?」


『原理としては成立します。ただし、現在の配置で実際に十分な起電力が得られるかは試験が必要です』


「やってみないと分からないってことね」


『はい』


 それなら結衣にも分かる


 グレンは固定具らしい部品を追加し、磁石が円盤と一緒に回転するよう位置を調整していった


 結衣が描いた雑な図とは比べものにならない


 地球の発電機を知らない人が、こちらの意図を身振りと絵だけで拾いながら、自分の技術で形にしている


「……グレンがいなかったら無理だったね」


『少なくとも、あなたが現在持っている知識と加工能力だけで同等の試験装置を製作することは困難だったと推定します』


「そこはもうちょっと優しく言って」


『事実を説明しました』


「知ってるけど」


 結衣は苦笑した


 しばらくして、グレンの手が止まる


 線を巻いた部分からは二本の細い金属線が伸びていた


 その先はどこにも繋がっていない


 グレンがマナリスを持ち上げた


「もう回すの?」


『その可能性があります』


 結衣の表情が引き締まった


「待って」


 グレンには日本語が通じないので、両手を前へ出して止める


 グレンが怪訝そうな顔をする


「ごめん、ちょっとだけ」


 結衣はスマートフォンを取り出した


「AI先生、これ動かして大丈夫?」


『スマートフォンへ接続しない状態であれば、端末への直接的な危険はありません。ただし、発生する電圧や電流は不明です。導体の露出部には触れないでください』


「触らない」


 結衣はすぐ両手を後ろへ回した


『また、発熱、発煙、異臭、火花などの異常が確認された場合は停止してください』


「グレンにも伝えないと」


 言葉で説明するのは難しい


 結衣は二本の線を指し、触ろうとする動きをしてから大げさに手を引っ込めて首を振った


 グレンは一瞬ぽかんとしたあと、何かを言った


 今度は自分から線へ触れようとし、寸前で止めて結衣を見る


「そう、それ」


 結衣が何度も頷く


 グレンも頷いた


「伝わった」


『接触を避ける意図については共有できた可能性があります』


「十分」


 レオルにも下がるよう身振りで示す


 何を始めるのか分かっていないレオルは少し不思議そうだったが、素直に一歩離れた


 グレンが青いマナの入ったマナリスを装置へ収める


 結衣は息を止めるようにして見守った


 操作部が動かされる


 円盤がゆっくり回り始めた


 磁石も一緒に動く


 最初は何も起きない


「……どう?」


『映像上、明確な電気的現象は確認できません』


「やっぱり簡単じゃないか」


 ところがグレンは止めなかった


 回転部分を調整する


 速度が少し上がった


 結衣は二本の線の先を見つめる


 何も見えない


 音もしない


「電気って、できても見えないんだよね」


『通常、そのまま視認することはできません』


「じゃあ、できてるのに私たちが分かってない可能性もある?」


『あります』


「それ困る」


 電気を作るところまで来ても、それを測る道具がない


 昨日までなら考えもしなかった問題が、目の前まで来た途端に急に大きく見えてくる


 グレンも同じことを感じたのか、回転を止めると二本の線を眺めた


 それから結衣を見る


「……分かんないよね」


 結衣も困った顔で笑った


 グレンが何かを尋ねる


 答えられない


 結衣はしゃがみ込み、紙を引き寄せた


「AI先生、電気ができてるかだけなら、簡単に確認する方法ある?」


『複数ありますが、現在利用可能な材料を確認する必要があります』


「人が触るのはなしね」


『推奨しません』


「水に入れて泡を見るとかは?」


『電気分解による気体発生を観察すること自体は可能ですが、発生量は電極材質、電解質濃度、電極間距離、電流などに左右されるため、電圧の測定方法としては不適切です。また、塩化物を含む水では有害な気体が発生する可能性があります』


「じゃあやめる」


 結衣は即座に候補から外した


「火花は?」


『十分な電圧があれば放電を視認できる場合がありますが、火花が見えないことは発電していないことを意味しません』


「うーん……」


 顎に指を当てる


「豆電球があれば一番分かりやすいのに」


『白熱電球に相当するものがあれば、条件によっては利用できます』


「あるわけ――」


 言いかけて止まった


 さっきの店で見た光る道具を思い出した


「……光る道具ならある」


『あれが電気で発光しているとは確認されていません』


「そっか、マナを別の仕組みで光にしてるだけかもしれないんだ」


『はい』


「じゃあ使えない」


 結衣は少し考えてから工房を見回した


 グレンはそんな結衣を待っている


 最初に断られた時とは違い、今はグレン自身も作ったものの結果が気になっているようだった


 結衣が悩んでいる間に、彼は二本の線の先端をさらに削り、何か別の金属片へ近づけている


「AI先生」


『はい』


「発電してるかどうかを調べる道具そのものを作ることってできる?」


『可能です』


「難しい?」


『求める精度によります』


「五ボルトぴったりとかじゃなくて、まず電気があるかないか」


『それであれば選択肢は増えます』


「じゃあ、その次に五ボルトを測れるようにする」


 言ったあとで、結衣はふと止まった


「……待って」


『はい』


「五ボルトって、どうやって五ボルトだって分かるの?」


『電圧計など、基準に対して電位差を測定できる装置を使用します』


「その電圧計がないんだけど」


『はい』


「作るとしても、作った電圧計が正しいかどうか、何と比べるの?」


 一瞬だけ沈黙があった


『既知の基準が必要になります』


「だよね」


 結衣は頭を抱えた


「電気を作れば終わりだと思ってた……」


 電気ができたとしても見えない


 見つけられたとしても強さが分からない


 測る道具を作れても、その数字が正しいと確認する基準がない


「五ボルトっていう数字だけ知ってても駄目なんだ」


 その事実が、思っていた以上に重かった


 グレンが怪訝そうにこちらを見る


 結衣は苦笑しながら顔を上げた


「ごめん、また問題増えた」


 当然意味は通じない


 それでも困っていることだけは分かったのか、グレンは眉を寄せる


 結衣はスマートフォンへ目を落とした


 ここには精密な電子機器がある


 内部には電圧を監視する回路だって当然あるはずだ


 けれど、だからといって正体の分からない電源を繋いで測定器代わりにするわけにはいかない


「スマホをテスター代わりにはできないよね」


『外部電圧を安全に測定するための入力端子および測定用アクセサリはありません』


「だよね」


 結衣はため息をつきかけた


 その時だった


 かち、と小さな音がした


「え?」


 顔を上げる


 グレンが、二本の線の先をかなり近づけていた


 触れてはいない


 その間に、ほんの一瞬だけ青白いものが走ったように見えた


「今……」


 結衣が身を乗り出す


「AI先生、見えた?」


『映像を確認します』


 胸ポケットへ戻していたスマートフォンのカメラは、作業台を向いていた


 短い間のあと、AI先生が答える


『該当時刻の映像に、導体間で瞬間的な発光を確認しました』


「それって」


『電気的な放電である可能性があります』


 結衣の目が大きくなる


「電気?」


『可能性があります。ただし、現時点では断定しません』


「もう一回」


 グレンへ向かって指を一本立てる


「もう一回やって」


 身振りで同じことを頼む


 グレンも何を確認したいのか理解したらしい


 マナリスを確認し、装置を再び動かす


 円盤が回る


 磁石が動く


 二本の線の先端が近づけられる


 結衣は瞬きすることさえ惜しいように見つめた


 ぱちっ


 今度は見間違えなかった


 小さな青白い光が、一瞬だけ二本の金属の間を走った


「出た!」


 結衣の声が工房に響いた


 思わずグレンの方を向く


「出たよ!」


 言葉が通じないことなど忘れて、笑顔になる


 グレンも驚いていた


 自分が組んだ装置と線の先を交互に見る


 レオルまで壁際から近づこうとしたので、結衣は慌てて手を出した


「待って、触らないで!」


 声の意味は分からなくても勢いは伝わったらしく、レオルの足が止まる


「AI先生、これ電気なんだよね?」


『放電現象である可能性は高まりました』


「じゃあ、マナから電気作れた?」


『正確には、マナリスを動力源とする装置で回転運動を生み、その運動を介して電気的な出力を得た可能性があります』


「それでいい!」


 結衣は嬉しそうに両手を胸の前で握った


「電気になったんでしょ?」


『その可能性は高いと考えます』


「やった……」


 声が小さくなる


 けれど、さっきとは違う


 頬が緩み、目元まで嬉しそうに細くなっていく


「ほんとにできた……」


 グレンを見る


「グレン、すごい!」


 自分のことを指し、それからグレンを指す


 作業台の装置を示して、何度も親指を立てる


「ありがとう」


 グレンは言葉こそ分からないものの、褒められていることは伝わったらしい


 少し得意そうに鼻を鳴らした


 その反応がおかしくて、結衣は笑った


 レオルも何か言う


 グレンがすぐに言い返す


 さっきまでの張りつめた空気が少しだけ緩んだ


 結衣はもう一度、作業台を見る


 ここまで来た


 マナリスから直接電気が出たわけではない


 けれど、この世界の力で物を回し、その回転から電気らしいものを作るところまでは来た


「じゃあ次は五ボルトだね」


『その前に訂正があります』


「え?」


『先ほど視認できる放電が発生しました』


「うん」


『空気中で目視可能な放電が起きる条件は、電極間距離や形状などによって異なりますが、少なくともスマートフォンへ安全に接続できると判断する根拠にはなりません』


 結衣の笑顔が止まった


「……もしかして、強すぎる?」


『可能性があります』


「え」


 結衣は反射的にスマートフォンを胸元へ抱えた


「それ繋いだら駄目?」


『接続しないでください』


「繋がない」


 即答した


 さっきまで宝物のように見えていた二本の線から、一歩だけ離れる


「危な……」


 喜んだ直後なのに、今度は背中が少し冷える


「五ボルトにするって、思ってたより大事なんだ」


『はい』


「しかも私たち、その五ボルトがまだ分からない」


『はい』


 結衣は作業台を見つめた


 電気は作れた


 けれど、それをスマートフォンへ届けるには、まだ越えなければならないものがある


 しかも次に必要なのは、ただ何かを作ることではない


 目に見えない電気の強さを、この世界にあるものだけで確かめる方法だった


「……グレン」


 名前を呼ぶと、グレンがこちらを見る


 結衣は五本の指を広げた


 それから紙へ大きく数字の5を書こうとして、手を止める


 こちらの数字が同じとは限らない


「これも、説明するところからかぁ……」


 困ったように眉を下げる


 それでも、もう泣きそうな顔にはならなかった


 できないことが増えたのではない


 今まで見えていなかった問題が、一つ見えるようになっただけだ


 結衣は作業台の上でまだ僅かに揺れている金属線を見つめ、ゆっくり息を吐いた


「AI先生」


『はい』


「次は、五ボルトを作るんじゃなくて」


 スマートフォンを握り直す


「五ボルトが分かる方法を作ろう」


『はい』


 その返事を聞いて、結衣はグレンの方へ紙を押し出した


 今度は何を作ってほしいのか、自分自身にもまだ分からない


 だからまず、それを三人で見つけるところから始めることにした

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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