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未来が見えると勘違いされていますが、全部AI先生のおかげです 〜異世界で私だけが自考型AIを使えるので、今日も相談しながら生きていきます〜  作者: 紅茶伝
3章

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第十八話 知らない町では、まず観察します


 ナールへ入って最初に困ったのは、どこを見ればいいのか分からないことだった


 門をくぐるまでは、入れるかどうかだけで頭がいっぱいだった


 けれど無事に通された途端、今度は目に入るものすべてが気になってしまう


 街道より硬く踏み固められた道の両側には、木と石を組み合わせた建物が隙間なく続いていて、一階部分を大きく開け放った場所では品物らしいものが並べられている


 その前を人が歩き、荷車が通り、建物の奥から誰かを呼ぶ声が聞こえたかと思えば、反対側では金属を叩く高い音が何度も響いてくる


 聞こえる言葉のほとんどはまだ理解できないのに、声が多すぎて静かな場所を探す方が難しい


「……待って、情報多い」


『具体的に何を指していますか』


「全部」


 結衣は思わず立ち止まりそうになり、少し前を進むレオルたちに置いていかれないよう慌てて足を動かした


「AI先生もちゃんと見えてる?」


『胸ポケットからの映像は取得しています。ただし結衣が左右へ頻繁に身体を向けているため、映像も大きく変化しています』


「あ、ごめん」


『問題ありません。必要な対象がある場合は意識的に正面へ向けてください』


「了解」


 返事をした直後、右側から香ばしい匂いが流れてきた


 反射的にそちらを見る


 通りへ面した小さな店先で、大きな平たい鉄板のようなものを使い、丸い生地らしいものを焼いている人がいた


「……おいしそう」


『食品を加熱している可能性があります』


「それは見れば分かるよ」


 朝から歩き続けているせいか、匂いを意識した瞬間にお腹まで反応した


 結衣は少し恥ずかしくなって腹部を押さえる


「さっきパンもらったのに」


『移動によってエネルギーを消費しています』


「食べたいな……」


 店の前では別の客が何かを受け取っている


 結衣はそこで食べ物より先に、客の手元へ目を向けた


「あ、お金」


 小さな硬貨が店の人へ渡される


「AI先生、見て」


『確認しています』


「何枚?」


『二枚確認しました』


「門で見たのと同じ?」


『映像上の色調と大きさは類似していますが、同一種類とは断定できません』


「じゃあ記録しといて」


『記録します』


 食べ物の値段を知るためには、まず硬貨の種類を知らなければならない


 さっきまではただお腹が空いたとしか考えていなかったのに、店先で金銭のやり取りを見たことで、結衣の中に別の興味が湧いてきた


「こういうのいっぱい見たら、お金の種類も分かってくるかな」


『複数の取引を観察し、商品と支払額の対応を蓄積すれば、貨幣体系を推定できる可能性があります』


「じゃあ見つけたら記録して」


『了解しました』


 結衣は少し考えて付け加える


「でもずっと店ばっかり見て、レオルたち見失わないようにしてね」


『結衣自身も前方確認を継続してください』


「はい」


 AI先生に言われて前を見ると、レオルが少し離れたところでこちらを振り返っていた


「危な」


 結衣は小走りで距離を詰める


「ごめん」


 日本語で謝りながら追いつくと、レオルは店の方を見てから結衣を見る


 何か短く言った


「……今の分かんない」


『解析します』


 少ししてAI先生が答える


『食事または空腹に関連する質問である可能性があります。レオルは先ほど結衣が見ていた店を示しています』


「お腹空いたかって聞いてる?」


『候補としては有力です』


 結衣は自分のお腹を押さえ、少しだけ頷いた


「食べる、したい」


 覚えている単語を組み合わせてみる


 たぶん文法はめちゃくちゃだ


 それでもレオルは意味を理解したらしく笑った


「通じた?」


『レオルの反応からは意図が伝わった可能性があります』


「文法もそのうち覚えないとなぁ」


『発話例の蓄積が増えれば、語順や文法規則についても推定可能になると考えられます』


「AI先生が?」


『はい』


「じゃあ私は?」


『結衣には推定結果を提示できます』


「やっぱりAI先生頼みじゃん」


 結衣は笑った


 レオルはそのまま店へ向かうのではなく、先へ進むよう手で示した


「今は行かないのかな」


『目的地が別にある可能性があります』


「ついていこう」


 結衣は食べ物への未練を残しながら店の前を通り過ぎた


 道を進むほど、建物の種類にも違いがあることが分かってくる


 完全に扉を閉じている場所もあれば、通りへ商品を並べている場所もあり、入口の上に大きな板を掲げている建物も多い


 その板には何かが書かれている


「文字だよね、あれ」


『記号体系である可能性が高いと考えられます』


「読める?」


『既知の文字体系とは一致しません』


「やっぱり駄目か」


『ただし画像として記録し、同一記号列と店舗の用途を比較することで、意味を推定できる可能性があります』


「文字も覚えられる?」


『十分な対応データが得られれば可能性はあります』


「すご」


 結衣は思わず足を緩めた


 文字が読めないというのは思っていた以上に不便だった


 店の看板も分からない


 値段が書かれていても読めない


 道案内があっても使えない


 けれどAI先生が一緒に覚えてくれるなら、いつか読めるようになるかもしれない


「じゃあ看板もできるだけ記録しよう」


『了解しました』


 結衣は店の前を通るたび、必要以上に立ち止まない程度に看板へ身体を向けた


 絵が描かれているものもある


 靴らしき絵の下に文字が並んでいる店では、入口付近に革製の履物が置かれていた


「靴屋かな」


『その可能性は高いと考えられます』


 少し先には布を垂らした看板がある


 店頭にも色の違う布が何種類も積まれていた


 結衣の足が止まりかける


「服」


『布地を扱う店舗の可能性があります』


「服売ってるかな」


『判断できません』


 結衣は自分のパジャマを見る


 町へ入ってから、すれ違う人の視線が何度も自分へ向いている


 森や街道では我慢できた


 でもこれだけ人がいる場所では、薄いピンクのパジャマが急に恥ずかしくなってくる


「着替えたい……」


『現地通貨が必要になる可能性があります』


「分かってる」


 財布がないことが、これほど心細いとは思わなかった


 日本にいた時ならスマートフォン一つ持っていれば、財布を忘れても大抵なんとかなった


 電子決済もできたし、必要ならATMを探せばよかった


 今はスマートフォンを持っているのに、買い物には何の役にも立たない


「スマホあるのに一円も払えないって変な感じ」


『日本円による電子決済環境は確認できません』


「そこまで真面目に返さなくていいよ」


 結衣は布の店を振り返りながら歩き続けた


 いつか買えるようになったら、まず服が欲しい


 できれば目立たないもの


 そして動きやすいもの


 パジャマより丈夫ならなおいい


「AI先生、服屋っぽい場所も記録しといて」


『位置情報と映像を関連付けて保存します』


「ありがとう」


 少し進んだところで、前を歩いていたガルドが立ち止まった


 レオルも荷車を止める


「着いた?」


 結衣が周囲を見ると、そこには今までより広い建物があった


 大きな入口の前には何台もの荷車が止まり、中から人が荷物を運び出している


 木箱や袋が次々と積まれ、別の場所では誰かが紙らしいものへ何かを書いていた


「……倉庫?」


『物資の集積施設である可能性があります』


 レオルがエルガを引いて敷地へ入っていく


 ガルドもついていく


 結衣は邪魔にならないよう少し後ろを歩いた


 中へ入ると、さらに多くの荷物が見えた


 大きな袋が壁際へ積み上げられ、木箱には何かの記号が書かれている


 人々はそれらを確認しながら運んでいた


「レオルって、ここに荷物持ってきたのかな」


『可能性があります』


「商人なのかな」


『これまでの行動とも整合しますが、職業として確定できる情報は不足しています』


「まだ決めない方がいい?」


『はい』


「了解」


 結衣はレオルを見る


 彼は建物の奥から出てきた男と話し始めていた


 今まで道中で見てきた時より、少しだけ真剣な顔をしている


 男が荷車を確認し、積まれていた荷物を指す


 別の人が木箱を一つ下ろした


「仕事の話っぽい」


『可能性があります』


「聞いといて」


『音声を記録します』


 結衣は会話の邪魔にならない位置へ移動した


 分からない言葉ばかりなので、途中から周囲を観察する


 そこで、建物の壁際に小さな机が置かれていることに気づいた


 机の上には紙らしきものが何枚も重ねられている


 その横には小さな金属片が並んでいた


「AI先生」


『はい』


「あれ、お金じゃない?」


『門および店舗で確認した円形金属片と外見的特徴が類似しています』


「種類違う?」


『少なくとも二種類確認できます』


 結衣は少しだけ近づいた


 邪魔にならない距離から見る


 一つは門で見たものと同じくらいの大きさで、赤茶色に近い


 もう一つは少し小さく、色が明るい


「二種類ある」


『はい』


「銅と銀とかかな」


『材質は映像のみでは確定できません』


「見た目の話ね」


 結衣は少しわくわくしていた


 お金が分からなければ何も買えない


 だからこれはかなり重要な情報だった


 ちょうど机のところへ一人の男が来た


 紙を見せる


 座っていた人物が確認し、金属片を数え始めた


「AI先生、記録お願い」


『記録しています』


 明るい色の硬貨が一枚


 赤茶色の硬貨が何枚か


 それらが男へ渡される


「給料?」


『支払いである可能性はありますが、取引内容が不明なため断定できません』


「そっか」


 結衣は会話にも耳を澄ませる


 金銭を渡す時、同じ単語が何度か聞こえた


「今の」


『確認しています』


「さっきレオルがお金見せてくれた時の言葉と似てなかった?」


『照合します』


 少し間がある


『一部一致しています。ただし発音末尾が異なります』


「種類の名前が違う?」


『可能性があります。貨幣全体を示す語と個別単位を示す語が混在している可能性もあります』


「なるほど」


 結衣は勝手に決めつけず、その音を頭の片隅へ置いた


 今すぐ全部覚える必要はない


 AI先生が記録してくれている


 また別の取引を見れば、少しずつ意味が絞れるはずだった


 その時、レオルに呼ばれた


「ユイ」


「あ、はい」


 反射的に返事をしてから近づく


 レオルの前には、先ほど話していた男が立っていた


 四十代くらいに見える大柄な男性で、結衣をじっと見ている


「……また見られてる」


『結衣に関する会話が直前に行われていました』


「え、何て?」


『解析結果を整理しています』


 男が結衣へ何か尋ねる


 聞き取れたのは自分の名前だけだった


「AI先生?」


『「あなたがユイか」に近い質問である可能性があります』


「それなら答えられる」


 結衣は自分を指した


「はい、ユイ」


 男が頷く


 次に何か長く話す


 今度はまったく分からない


「……無理です」


 結衣は小さく胸元へ向かって言う


「AI先生、お願い」


『解析しています』


 休憩所までなら、長い文章はほとんど分からなかった


 けれどナールへ近づくにつれて聞ける会話の量が増え、門でもかなりの発話を記録している


 そのためなのか、今回は少し長い沈黙のあと、AI先生が以前より具体的な答えを返した


『確度は十分ではありませんが、「レオルから聞いた」「荷車」「見つけた」に関連する既知または推定語を確認しました。全体として、先ほどの荷車の故障について話している可能性があります』


「……もう伝わってるの?」


 結衣はレオルを見る


 レオルが笑っている


「早くない?」


『休憩所からナールまで同じ街道を移動しています。情報伝達経路は不明です』


「レオルが今話しただけか」


『その可能性もあります』


「そっか」


 少し安心する


 変な噂が自分より先に町へ到着したのかと思った


 男は結衣の胸元を見る


 スマートフォンが少しだけ覗いている


 そして何か尋ねた


「またAI先生のことかな」


『端末を示しているため、その可能性があります』


「なんて言ってる?」


『未知語が含まれています。ただし質問形式であり、「それは何か」に近い内容と推定します』


「やっぱりそれ聞かれるよね」


 結衣は胸ポケットからスマートフォンを取り出した


 ここで無理に詳しく説明しても、今の語彙ではどうにもならない


 だからミラにしたのと同じように、端末を指す


「AI先生」


 男が聞き返す


 結衣は少しゆっくり言った


「エーアイ先生」


 男はスマートフォンを見てから、結衣を見る


 何か短く言う


「AI先生?」


『「名前」に関連する可能性のある語が含まれています。端末の名称を確認している可能性があります』


「うん」


 結衣は頷く


「AI先生」


 男は納得したのかどうか分からない顔をした


 ただ、もう一度端末を見る


 結衣は少し迷った


「しゃべってみる?」


『誰に対する質問でしょうか』


「AI先生に」


『発話は可能です』


「じゃあ挨拶してみて」


『現地語による挨拶でしょうか』


「え」


 結衣は一瞬止まる


「できるの?」


『先ほど結衣が使用した挨拶表現であれば再現可能です』


「あ、そっか。覚えてるもんね」


 結衣は少し面白くなった


「じゃあそれ言ってみて」


 AI先生が、街道で覚えた短い挨拶を発音した


 男の目が大きく開く


 近くにいた人まで振り返った


「あ、やっぱりびっくりするんだ」


 男はスマートフォンを凝視したあと、何かを言う


「今の何?」


『発話速度が速く、未知語を複数含みます。再発話を求めることを推奨します』


「それ、どう言うの?」


『「もう一度」に近い表現は複数例から推定可能です』


「教えて」


 AI先生の発音を聞き、結衣は一度真似する


『語尾が異なります』


「もう一回」


 聞き直してから男へ向き直る


 今覚えたばかりの言葉を使う


「もう一度、お願い」


 男は少し驚いたようだったが、今度はゆっくり話してくれた


 結衣にはそれでも分からない


 ただ、AI先生は違った


『解析します』


 数秒後、答えが返る


『「その中に誰かいるのか」に近い質問である可能性があります』


「中に?」


 結衣はスマートフォンを見る


「ああ……そう見えるのか」


 確かに、この世界の人からすればそうなる


 黒い物から勝手に声が出て、自分とは違う声で話している


 中に誰かいると思ってもおかしくない


「いないんだけど……どう説明しよう」


『現在の語彙では人工知能の仕組みを説明することは困難です』


「じゃあ嘘にならない範囲で」


 結衣は少し考える


 自分を指す


 次にAI先生を指す


「私、ユイ」


 スマートフォンを持ち上げる


「これ、AI先生」


 それから首を横へ振り、


「人、違う」


 と言った


 男が眉を寄せる


 結衣はもう一度、


「人、違う」


 と繰り返した


 AI先生が胸元から補足するように何か言おうとしたので、結衣は慌てて小声で止める


「待って、今しゃべると余計ややこしくなる」


『了解しました』


 男は完全には理解していないようだった


 それでも「人ではない」という部分だけは伝わったのか、端末を見る目が先ほどとは少し変わった


 怖がっているというより、分からないものを見る目だった


 レオルが横から何か話す


 男がレオルへ質問し、レオルが答える


「AI先生、聞いといて」


『記録しています』


 結衣は無理に会話へ割り込まず待った


 やがて男が頷く


 それから結衣を見て、短い言葉を一つ口にした


「……何?」


『現時点では意味を特定できません』


「新しい言葉?」


『はい』


 男はもう一度言う


 今度はスマートフォンを指してから、結衣を指す


 同じ言葉ではない


 結衣はますます分からなくなった


「ごめん、全然分かんない」


『発話と状況を保存しました。追加用例が必要です』


「じゃあ今はいいか」


 分からないものを無理に決めない


 それも、この世界へ来てから覚えたことの一つだった


 レオルが結衣へ手招きする


 荷車から荷物を下ろす作業はかなり進んでいる


「ここで終わりなのかな」


『荷物の大部分が施設内へ移されています』


「じゃあレオルの仕事先みたいなところなのかも」


 結衣は周囲を見回した


 人が荷物を運び、誰かが数を確認し、別の人が紙へ記録している


 硬貨のやり取りもある


 ここには、結衣がまだ知らない仕組みがいくつも動いている


 今は文字すら読めない


 お金の価値も分からない


 レオルが何の仕事をしているのかさえ、まだ確定していない


 それでも以前とは違った


 分からないものを見ても、ただ怖いとは思わなくなっている


「AI先生」


『はい』


「ここ、覚えることいっぱいありそう」


『はい。音声、文字、貨幣、取引、施設用途について新規情報を取得しています』


「一気には無理だよね」


『優先順位を設定することを推奨します』


「じゃあ最初は……」


 結衣は自分のパジャマを見る


 次に、お腹へ手を当てる


 最後に周囲の建物を見る


「今日寝るところ」


『妥当です』


「次にご飯」


『はい』


「それからお金をどうするか」


『継続的な生活には重要です』


「服も欲しいけど……」


 少しだけ迷う


「これはそのあとかな」


 パジャマ姿を見られるのは恥ずかしい


 でも、眠る場所や食べる物より先ではない


「よし」


 結衣は小さく頷いた


「まず今日を終わらせるところから考えよう」


『了解しました』


 その時、荷車の荷下ろしを終えたレオルがこちらへ歩いてきた


 何かを言う


 最初の部分は分からない


 けれど最後の言葉には聞き覚えがあった


 食べる


「あ」


 結衣はレオルを見る


「ご飯?」


 レオルが頷いた


 それから通りの向こうを指す


 結衣の顔が少し明るくなる


「行く」


 今度はAI先生へ聞かなくても言えた


 レオルが笑う


 ガルドもすでに歩き始めている


 結衣は二人について建物を出た


 知らない町で何をすればいいのか、少し前までは何も分からなかった


 今も分からないことの方が圧倒的に多い


 けれど、とりあえず次にすることは分かった


「AI先生」


『はい』


「まずご飯だね」


『はい』


 結衣は嬉しそうに笑いながら、レオルとガルドの後を追ってナールの通りへ戻った

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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