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未来が見えると勘違いされていますが、全部AI先生のおかげです 〜異世界で私だけが自考型AIを使えるので、今日も相談しながら生きていきます〜  作者: 紅茶伝
2章

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第十四話 初めて見る、この世界の日常


 森を抜ける直前になって、結衣は少しだけ歩く速度を落とした


 木々の向こうに見えているのは、これまで通ってきたものよりずっと広い道だった


 何本もの轍が重なった土の道を、二頭のエルガらしき動物に引かれた大きな荷車が進んでいる


 その後ろからは背中に荷物を背負った三人組が歩き、反対方向から来る別の荷車とすれ違う時には、お互いが少し端へ寄って道を譲っていた


 遠くにも人影がある


 数えようとして、結衣は途中でやめた


「……ほんとに人いっぱいいる」


『現在の視野内では十四名を確認しています。荷車によって遮蔽されている人物が存在する可能性があります』


「十四人……」


 それだけの人数を見ただけなのに、胸の奥から込み上げてくるものがあった


 レオルとガルドを見つけた時とはまた違う


 二人に出会えたことで、自分以外にも人がいることは分かっていた


 けれど、こうして人が行き交う道を目の前にすると、その先に生活があるのだという実感が急に強くなる


 どこかに家があって、食べ物を作る人がいて、荷物を運ぶ人がいて、仕事をして、話をして、暮らしている


 当たり前のことのはずなのに、それが今の結衣にはたまらなく嬉しかった


「よかった……」


 自然に声が漏れる


『何がでしょうか』


「ちゃんと人が暮らしてる世界なんだなって」


 結衣は少し照れたように笑った


「二人に会って分かってたはずなんだけどね」


『確認できる情報量は増加しています』


「そういうことじゃないんだけど……まあいいや」


 森から街道へ出る


 足元の感触が変わった


 土そのものは同じでも、何度も踏み固められているため歩きやすい


 ところどころ窪みはあるものの、森の細い道のように根や草へ足を取られる心配はかなり減っていた


「歩きやすい」


『路面は継続的な通行によって圧縮されていると考えられます』


「やっぱりちゃんと道なんだ」


 結衣は足元から視線を上げる


 そこで、向こうから歩いてきた男と目が合った


「あ」


 相手も結衣を見ていた


 正確には、かなり見ている


 男はすれ違う直前まで何度か結衣へ視線を向け、通り過ぎてからも一度だけ振り返った


「……私、見られてる?」


『先ほどの人物は結衣へ複数回視線を向けています』


「やっぱり?」


 理由を考えるまでもなかった


 薄いピンク色のパジャマだ


 周囲の人々は布地の厚そうな服を重ね、腰に革らしいベルトを巻いている


 色も茶色や灰色、くすんだ緑などが多い


 中には明るい色の服を着た人もいるものの、少なくとも結衣のような上下揃いの薄いピンク色で歩いている人は見当たらない


 しかも足元だけは妙に現代的なスニーカーで、胸元から黒い板のようなスマートフォンが覗いている


「……そりゃ見るよね」


『服装の差異が原因である可能性はあります』


「絶対変な格好だと思われてる」


 急に恥ずかしくなり、結衣はパジャマの上着の裾を少し引っ張った


 隠れるわけでもない


「着替えたい……」


『現在、代替となる衣服は所持していません』


「分かってるよ」


 少し頬を赤くしながら、なるべく周囲を気にしないよう前を見る


 けれど、今度は結衣の方が人々を観察し始めた


 女性もいる


 長いスカートのような服を着ている人もいれば、膝より下まである上着と細身のズボンを合わせている人もいた


 男性も全員が同じ格好ではない


 荷物を背負って歩く人、荷車を操る人、腰へ袋をいくつも下げている人


 そして、武器を持っている人も思っていたより多かった


「AI先生」


『はい』


「剣持ってる人、結構いない?」


『現在確認可能な人物のうち、少なくとも四名が刀剣類に類似する物体を携行しています』


「そんなにいるんだ」


 ガルドだけが特別に剣を持っているわけではないらしい


 短い剣らしきものを腰へ下げている男もいれば、槍のような長いものを背負って歩いている人もいる


 ただし全員が武装しているわけではない


 何も持っていない人の方が多かった


「危ない生き物がいるからかな」


『可能性はあります』


 結衣はさっき森で見たグレアを思い出す


 あんなものが街道の近くにも出るなら、旅をする人が武器を持っていても不思議ではない


 けれど気になることもあった


 向こうから来た三人組のうち、剣を持った一人がガルドを見る


 視線が一度、腰の剣へ落ちた


 次にガルドの顔を見る


 そして道を少し大きく空けた


「……今の何だろ」


『何を指していますか』


「ガルド見てから避けたよね」


『視線移動は確認しています。ただし理由は判断できません』


「怖そうだから?」


『判断できません』


「ですよね」


 結衣はそれ以上決めつけず、ガルドを見る


 本人はまったく気にしていない


 いつも通り周囲を確認しながら歩いている


 しばらくすると、今度は前方から別の荷車がやってきた


 こちらより大きい


 二頭のエルガらしき動物が引いていて、荷台には布を被せた大量の荷物が積まれている


 御者台には年配の男が座り、その横には若い男がいた


 若い男の腰にも剣がある


 すれ違う少し前、年配の男がレオルへ声をかけた


 レオルも返事をする


 結衣は反射的に会話を聞こうとした


 けれど――


「……無理」


 早々に諦めた


 二人とも結衣へ話す時のようにゆっくりではない


 知らない言葉が次々に続いていく


「AI先生、お願い」


『解析しています』


 結衣は歩きながら待つ


 会話自体は短く、荷車同士がすれ違うまでには終わった


「何て言ってた?」


『完全な翻訳はできません。挨拶に相当する可能性がある共通表現の後、「道」「グレア」「ナール」に該当する既知語を確認しました』


「グレア?」


 結衣は思わず振り返る


 向こうの荷車はそのまま森の方向へ進んでいる


「さっきの人も知ってるの?」


『会話内で同一語が使用されています』


「じゃあ、やっぱりこの辺にいる生き物なのかな」


『その可能性は高まります』


「何て話してたか、もうちょっと分からない?」


『新規語彙が多く、文章全体の確度は低いです。ただし、レオルが後方を指した直後に「グレア」が使用されています』


「じゃあ、向こうにいるから気をつけてとか?」


『候補の一つです』


「そっか」


 まだAI先生でも何でも翻訳できるわけではない


 それでも自分一人ならただの音にしか聞こえない会話から、少しでも意味を拾ってくれるだけで助かる


「もっと会話聞いたら、AI先生も分かるようになる?」


『同一言語の発話データと状況対応例が増加すれば、解析精度が向上する可能性があります』


「じゃあ人が多いところって、AI先生にもいいんだ」


『はい』


「私にもね」


 結衣は少し笑う


「AI先生が分かるようになったら教えてもらえるし」


『発音および用例の補助は可能です』


「頼りにしてます」


 街道を歩いていると、それまでとは比べものにならないほど多くの声が耳へ入ってくる


 すれ違う人同士の短い挨拶


 荷車を動かすための掛け声


 誰かを呼ぶ声


 少し離れた場所で笑っている声


 意味はほとんど分からない


 それでもAI先生は黙って記録を続けている


 結衣自身も、聞き覚えのある言葉が混じれば少し嬉しくなった


 水


 道


 行く


 止まる


 危険


 ありがとう


 たったそれだけでも、何も分からなかった時とは全然違う


 そんな中、前方を歩いていた人が振り返り、後ろの仲間へ声をかけた


「止まれ、カルが来る」


 結衣はほとんど考えず道の端へ寄った


 直後、後方から車輪の音が近づいてくる


 大きな荷車が横を通り過ぎた


 風が少しだけ髪を揺らす


 結衣は荷車を見送ってから、ふと足を止めた


「……今、私、分かった」


『はい』


「AI先生に聞かなかったよね」


『質問はありませんでした』


「そうじゃなくて」


 結衣の頬が少し緩む


「『止まれ』とカルが聞こえて、荷車来るんだって分かった」


『既知語彙と周辺状況から意味を理解したと考えられます』


「ちょっとずつ分かるようになってる」


 大したことではない


 文章を全部理解したわけでもない


 知らない言葉もまだ混ざっていた


 それでも自分で聞いて、自分で動けた


 結衣にはそれが嬉しかった


「この調子なら、いつかAI先生なしでも普通の会話くらいできるかな」


『学習を継続した場合、その可能性はあります』


「じゃあ頑張ろ」


 そう言った直後、結衣は少し考える


「でも難しい話はずっとお願いするかも」


『対応可能な範囲で補助します』


「そこは頼る」


 全部を自分でできるようになる必要はない


 AI先生が得意なところはAI先生に任せればいい


 自分は教えてもらったものを少しずつ覚えて、必要な時に使えるようになればいい


 結衣には、その方がずっと自分らしい気がした


 しばらく進んだところで、街道の脇に人が集まっている場所が見えてきた


「何あれ?」


 簡単な屋根がある


 森で見つけた休憩所よりかなり大きく、その下には長い木の板と、いくつかの樽や木箱が置かれていた


 周囲には荷車が三台止まっている


 十人ほどの人が休んだり、何かを食べたりしていた


 レオルがそちらへ向かう


「あ、もしかして休憩?」


 少し前に覚えたばかりの言葉を思い出す


「トゥーラ?」


 レオルが振り返った


「はい、休憩だ」


「合ってた」


 結衣は嬉しそうに笑った


 さっきAI先生に助けてもらって覚えた言葉を、今度は自分で使えた


 レオルもそれが分かったのか、少し笑っている


 荷車が屋根の近くへ止まる


 ガルドが周囲を一度確認してから荷物を下ろし始め、レオルもエルガの世話へ向かった


 結衣はその場に立ったまま、周囲を見渡した


「……人、多いな」


 森の中で四人の作業者を見た時とは違う


 ここでは知らない人がすぐ近くに何人もいる


 話し声が重なり、どこを聞けばいいのか分からないほどだった


 しかも――


「やっぱり見られてる」


 結衣の声が小さくなる


 数人が明らかにこちらを見ていた


 服装なのか


 スマートフォンなのか


 それとも見慣れない顔だからなのか


 理由は分からない


 結衣は少し居心地が悪くなり、自然とレオルたちの近くへ寄った


 そんな結衣へ、一人の女性が近づいてきた


「え」


 二十代後半か三十代くらいに見える


 髪を後ろでまとめ、茶色い長袖の上から腰まである布を巻いている


 手には木製の器を持っていた


 女性は結衣を見て、何か話しかける


 当然、ほとんど分からない


「……あ、えっと」


 結衣は困って胸元を見る


「AI先生、お願い」


『解析します』


 女性がもう一度、今度は少しゆっくり話してくれる


 そして木の器を見せた


 中には水が入っている


「あ、水」


 その言葉だけは分かった


『「水」と既知の疑問表現を確認しました。飲むかどうかを尋ねている可能性が高いです』


「飲む?」


『その可能性があります』


 結衣は女性と器を交互に見る


 ここまで歩いてきたせいで、喉は少し乾いている


 けれど知らない水をそのまま飲むのには抵抗があった


「AI先生、この水大丈夫かな」


『見た目のみでは安全性を判断できません』


「だよね……」


 結衣が迷っていると、女性は不思議そうに首を傾げた


 そして自分で器から一口飲んでみせる


「あ」


 どこかで見た流れだ


 最初にレオルから食べ物をもらった時も、相手に食べてもらって確認した


 もちろん、それだけで完全に安全だとは言えない


 それでも少なくとも、女性自身が普通に飲んでいる水ではある


「少しなら……」


『安全性は保証できません』


「うん。でもこの人たち普通に飲んでるんだよね」


 周囲を見ると、同じような器を持っている人が何人もいる


 結衣は女性へ向き直った


「ありがとう」


 今では迷わず言える


 女性が笑った


 器を受け取る


 結衣は匂いを確認してから、ほんの少しだけ口へ含んだ


 変な味はしない


 冷たい水だった


「……おいしい」


 朝、自分で苦労して飲めるようにした水とは違う


 器に入った水を渡されて、そのまま飲める


 ただそれだけのことが、妙に懐かしかった


 もう一口だけ飲んでから、結衣は女性へ器を返す


「ありがとう」


 女性がまた笑う


 そして何かを言った


 短い言葉だった


「ミラ」


「……ミラ?」


 結衣は首を傾げる


『初出の音列です』


 女性は自分の胸元へ手を当てる


「ミラ」


「あ」


 さすがにこれは結衣にも想像できた


「名前?」


『その可能性が高いです』


 結衣も自分を指す


「ユイ」


 女性――ミラが頷く


「ユイ」


「はい、ユイ」


 自分の名前を呼ばれ、結衣は少し嬉しそうに笑った


 ミラも笑う


 それからレオルの方を指し、何かを尋ねてきた


 今度は分からない


「AI先生」


『解析中です』


 結衣はもう慌てなかった


 分からないなら聞けばいい


 それでも分からなければ、身振りで確かめればいい


 AI先生の返答を待っている間、ミラが不思議そうに胸元のスマートフォンを見る


 黒い端末から声がしているのだから、当然だった


「あ……やっぱり気になるよね」


 結衣が苦笑した、その時だった


 少し離れたところで大きな声が上がった


 何人かが一斉にそちらを見る


 結衣も反射的に振り向いた


 荷車の一台が傾いていた


 片側の車輪が不自然な角度になっている


「壊れた?」


『車輪周辺に異常を確認します』


 男が二人、慌てて荷台を支えようとしている


 別の一人が車輪の近くへしゃがみ込んだ


 ガルドもそちらを見る


 レオルはエルガの手綱を近くの柱へ結び、何か言いながら歩いていった


「行くんだ」


 結衣も気になって一歩動く


 けれど、すぐ止まった


 自分が行っても邪魔になるかもしれない


「AI先生、ここから見える?」


『一部確認可能です』


「何が壊れたか分かる?」


『距離があります。詳細確認には接近が必要です』


「どうしよう……」


 迷っていると、先へ行ったレオルが振り返った


 結衣を見る


 そして手招きした


「私?」


 レオルがもう一度手招きする


「行っていいみたい」


 結衣はミラへ軽く頭を下げると、レオルのところへ向かった


 傾いた荷車へ近づくにつれて、状態がよく見えるようになる


 車輪そのものが割れたわけではなさそうだった


 ただ、中心付近が大きくずれ、車体が片側へ沈んでいる


 男たちは何か言い合いながら荷物を下ろし始めていた


「AI先生、見える?」


『はい』


 結衣は邪魔にならない場所で立ち止まり、胸元のカメラを荷車へ向けた


「どう?」


『観察を続けてください』


「うん」


 結衣は荷車を見る


 自動車なら自分にはほとんど分からない


 けれど目の前にあるのは木製の車輪と軸で作られた、かなり単純に見える荷車だった


 だからといって直せるわけではない


 結衣は勝手に触ろうとはせず、AI先生の返事を待つ


『右側車輪の軸周辺に位置ずれを確認しました。また、固定に使用されている部材の一部が欠損している可能性があります』


「部品が取れたってこと?」


『可能性があります』


 結衣は地面を見る


「落ちてないかな」


『周辺探索は有効です』


「じゃあ探してみる」


 結衣はしゃがみ込んだ


 荷車がここまで移動してきたなら、壊れた場所が今いる位置とは限らない


 それでも何か手掛かりがあるかもしれない


 周囲の人たちが荷物を下ろしている間、結衣は地面へ目を向ける


「AI先生、見つけたら教えて」


『映像内の異物を確認します』


 ゆっくり視線を動かす


 土


 小石


 木片


 乾いた草


 知らないものだらけの世界で、AI先生と一緒に何かを探す


 草原を歩き始めた時とやっていることは似ている


 けれど今は一人ではない


 周囲には何人もの人がいて、その人たちが困っている


 もし自分とAI先生で何か見つけられたら――


『結衣』


「なに?」


『右前方、約一・五メートルの位置に加工痕のある木片を確認しました』


「どれ?」


『平たい石の左側です』


 結衣はそこを見る


「あれ?」


 土の上に、小さな木片が落ちていた


 ただの折れた枝にも見える


 けれど拾い上げてみると、一方が滑らかに削られている


「これ……部品?」


『可能性があります。荷車側の欠損箇所との形状比較を推奨します』


「持っていってみる」


 結衣は立ち上がった


 まだ、それが本当に必要なものなのかは分からない


 直し方なんてもっと分からない


 だからこそ、勝手に決めるつもりはなかった


 ただAI先生と一緒に見つけた小さな木片を手に、結衣は壊れた荷車のそばにいるレオルたちへ歩いていった

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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