表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者は、私を三回殺している。  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/7

第3話 二度目の死


 夢を見た。暗い場所だった。石の床、冷たい空気、遠くで鳴る鐘。私は裸足で、白い寝衣の裾を汚して立っていた。

 目の前にはアルベルトがいる。今より少し大人びた、二十五歳の彼。二度目の人生の最後の日だ。彼の手には短剣があり、私はその切っ先を見ているのに、なぜか怖がっていなかった。


『お願い。早く』


 アルベルトが首を振る。何か言っているのに聞こえない。私は彼の手を取り、短剣の切っ先を自分の胸へ当てた。


『大丈夫。あなたなら』


 そこで目が覚めた。


「……っ!」


 身体を起こす。息が苦しく、胸を押さえた。傷も血もない。それでも、夢とは思えないほど痛みが残っている。


「お嬢様!」


 セシリアが飛び込んできた。


「どうされました!」

「大丈夫」

「悲鳴が」

「夢」

「悪夢ですか?」


 私は答えなかった。あれは夢ではない。二度目の私の記憶だ。


「……セシリア」

「はい」

「今日の予定は?」

「午前中に刺繍の先生が。午後はアルベルト様がお見えになると」

「来るのね」

「はい。それと、王太子殿下からお手紙が」


 私は顔を上げた。


「レオン殿下から?」

「はい」


 胸の奥がざわついた。レオンは二度目も三度目も私を助けてくれた人だ。特に三度目、アルベルトから距離を取っていた私に手を貸してくれた。


「そこに置いて」

「お読みにならないのですか?」

「あとで」


 青い封蝋の手紙が机に置かれる。王太子の紋章を見ながら、私はなぜかすぐ封を切る気になれなかった。



 午後、アルベルトは時間通りに来た。人目のある庭園の東屋で向かい合う。父の意向だろう。私としてもありがたかった。二人きりになった途端に刺されるとは思っていないが、身体の方はそう簡単に納得してくれない。


「顔色が悪い」

「誰のせいだと思ってるの」

「俺だな」

「いちいち認めないで」

「否定する理由もない」


 腹が立つ。それでも昨日より普通に話せている自分にも腹が立った。私は紅茶に手を伸ばし、途中で止める。一度目の毒が頭をよぎった。


「飲まないのか」

「……毒、入ってないでしょうね」


 アルベルトの表情が固まった。


「入っていない」

「冗談よ」

「そうか」


 冗談として受け取っていない。私も、本当は冗談ではない。


「夢を見た」


 アルベルトの目がわずかに動く。


「どんな」

「二度目の最後。石の部屋だった。私は裸足で、あなたが短剣を持ってた。私が、その手を取った。お願いって言った」


 風が庭園の薔薇を揺らした。


「記憶なの?」

「そうだ」

「どこ?」

「王宮旧礼拝堂」

「何でそんな場所に」

「それはまだ言えない」

「またそれ?」

「まただ」


 私は睨んだ。アルベルトは視線を逸らさない。


「じゃあ違うことを聞く。私が死んだあと、どうなったの?」


 初めて、彼が明らかに顔をこわばらせた。


「何で聞く」

「あなたは死んだ私より先を知ってる。私は死んだら終わり。でもあなたは、そのあとも生きてた」

「少しだけだ」


 私は聞き逃さなかった。


「少し?」

「何でもない」

「今、少しだけって。あなたも死んだの?」

「違う」

「じゃあ」

「話さない」

「逃げてる」

「そう思ってくれていい」


 まただ。彼は私に嫌われようとしている。


「どうして私に嫌われたいの」

「嫌われたいわけじゃない」

「嘘。だったら、もう少しくらい説明するでしょ」

「説明した結果を知っている」

「私が死ぬから?」

「ああ」

「それだけ?」


 答えない。それだけではないのだと思った。


「三度目の私たちは、仲良かった?」


 彼の目が少し揺れる。


「何でそう思う」

「覚えてないから。最初はあなたを避けてた。それは覚えてる。でも最後には塔にいた。私たち、恋人だった?」

「婚約者だ」

「そうじゃなくて。愛し合ってた?」


 しばらく風の音だけがした。


「君は、そう言った」

「あなたは?」

「答える必要はない」

「ある」

「ない」

「何で」

「今の俺と、三度目の俺は同じじゃない」

「同じでしょ」

「違う」


 強い言い方だった。私は少し怯む。


「何が違うの」

「三度目の俺は、君を助けられると思っていた」

「今は?」

「思っていない。だから違う」


 アルベルトが立ち上がった。


「今日はここまでだ」

「待って。最後に一つ。一度目、毒を入れたのは誰?」


 彼の背中が固くなる。


「教えられない」

「私を殺したのはあなたじゃないんでしょう?」

「ああ」

「なら誰。今回も私を殺そうとする?」


 長い沈黙のあと、アルベルトが答えた。


「少なくとも、同じ形では起きない」

「どうして」

「誰なの」

「言えない」

「じゃあ、せめて敵か味方か」


 そこでアルベルトが振り返った。


「どちらでもない。その人間は、君を殺したかったわけじゃない」

「毒を入れたのに?」

「ああ」

「矛盾してる」

「この話は全部そうだ」


 そう言って歩き出す彼を、今度は追わなかった。


「アルベルト。明日、王宮に行く」


 彼の表情が変わる。


「何をしに」

「旧礼拝堂を見る」

「駄目だ」

「何で」

「行くな」

「理由は?」

「言えない」

「なら行く」


 アルベルトの顔に、初めて苛立ちが浮かんだ。


「……分かった。俺も行く」

「来なくていい」

「一人では行かせない」

「何で?」


 答えない。代わりに彼は低い声で言った。


「レオンにも知らせるな」


 心臓が跳ねた。


「何で殿下が出てくるの?」

「今日、手紙が来ただろう」

「どうして知ってるの」

「三度目もそうだった。君が俺との婚約を迷い始めた頃、レオンは君に手紙を送った」

「内容も知ってる?」

「大体は。婚約を破棄したいなら手を貸す、と」


 まだ読んでいない手紙の内容を、彼は知っている。


「レオン殿下も、何か知ってるの?」

「知らない。少なくとも過去三回は」

「今回違う可能性が?」


 アルベルトは答えなかった。


「レオンを信用するな」

「あなたより?」


 思わず笑いそうになった。


「少なくとも二回は私を殺したあなたより、レオン殿下を信用するなって?」

「ああ」


 迷わなかった。


「理由は?」

「言えない」

「また」

「ああ」

「じゃあ無理」

「そうだろうな」


 アルベルトはそれ以上何も言わず、庭園を出ていった。

 部屋へ戻った私は、机の上の手紙を手に取った。青い封蝋を切る。

 文章は短かった。


『婚約発表が延期されたと聞いた。もし君が望まぬ婚約に苦しんでいるのなら、力になりたい。明日の午後、王宮へ来ないか。人目を避けられる場所で話そう。旧礼拝堂なら、誰にも邪魔されない。アルベルトには知らせないでほしい』


 何度も読み返した。

 旧礼拝堂。

 そこは二度目の人生で、アルベルトが私を刺した場所だ。

 夢の中で私は、アルベルトに短剣を握らせていた。

 でも、そこへ行くきっかけまで本当にアルベルトだったのだろうか。



面白かったら評価、ブックマークいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ