08. ブランシュ、愛されない宣言を突きつけられる
ブランシュがオーベルヴィリエ公爵家にやってきて2年、彼女は18歳になり成人を迎えた。
この頃になるとブランシュは公爵家内外から次期オーベルヴィリエ公爵家当主夫人として認められるようになっていた。
一方でレオンは次期オーベルヴィリエ公爵家当主として相応しくないのではないかと囁かれていたが、社交に出ない彼がその噂を耳にすることはなかった。公爵家内部でも使用人達が支持するのはブランシュであり、彼女はレオンにはもったいないという評価であったのだが、それを態度に出そうものならレオンに八つ当たりをされるため、使用人達は表面上はこれまでと変わらない様子で公爵家に仕え続けた。
そしていよいよブランシュとレオンの結婚式がやってきた。
貴族の結婚式はその家にとって一大イベントだ。
本来であれば新郎と新婦が協力して盛り立てるものだが、新郎となるレオンは全く協力的ではなかった。
「お前の顔を立てて面倒な式を挙げてやるんだ、ありがたいと思え」
大切に育てられてきたごく普通の貴族令嬢が聞いたら卒倒しそうな台詞だ。だが、ブランシュは動じることはなかった。
「ええ、私の夢を叶えて下さって、レオン様には感謝してもしきれません。お忙しいとは思いますが今日は式服と指輪の調整をしていただいてもいいでしょうか?」
「まあ、それくらいなら協力してやらんこともない」
結局レオンが結婚式に向けてした準備は式服の新調と指輪のサイズ計測の2つだけである。式の段取りの調整、招待客への招待状の送付等の諸々の準備はシモン・オーベルヴィリエ公爵が多少手助けしてはくれたものの、そのほとんどをブランシュが行った。流石にこの時は猛烈に忙しくなり、ブランシュも音を上げそうになったが、どうにか乗り切ったのである。
流石のレオンも結婚式を放り出すような真似はせず、結婚式当日はとりあえず新郎の役目を果たしてはくれた。誓いのキスは寸止めでしていないし、披露宴の夜会も挨拶もそこそこに友人達のところへ行ってしまったので、本当に最低限の体裁を繕っただけだったが。
そしてその夜、夫婦の部屋のベッドで待っていたブランシュにレオンはこう告げた。
「お前を愛することはない!」
ブランシュは驚いたような表情を作る。ブランシュの表情を見てレオンは満足げに鼻を鳴らした。
「俺には愛するララがいるのだ! 俺はいずれララをこの公爵家に真の妻として迎え入れるつもりだ! お前とは白い結婚だ」
「あら、まあ」
ブランシュがこれまでレオンの前でたびたび作ってきた困ったような表情を見せる。
「ふん! そんな顔をしても無駄だ。まあ、お前がどうしても公爵家にいたいというのであれば、これまで通り仕事をしろ。そうすればお飾りの妻として置いてやる!!」
ブランシュは悲しそうに目を伏せる。ブランシュからは見えないが、きっとレオンはその様子を見てほくそ笑んでることだろう。
ブランシュはテーブルに用意された2つのグラスに氷と水を入れ、蒸留酒を入れてかき混ぜた。そしてできあがったグラスをもってレオンの隣に腰掛け、片方のグラスを彼に渡した。
愁傷な様子を見せるブランシュにレオンは戸惑いを見せる。そしてブランシュに隣に座られると否が応でも彼女の豊満な胸が目に入る。しかも今は初夜、ブランシュが身につけているのは薄手のナイトドレスだから普段より更に胸の輪郭が露わになっている。レオンはゴクリと生唾を飲み込んだ。
そんなレオンの様子に気づいているのか気づいていないのか、ブランシュは悲しそうな表情を見せたまま、静かに語り出す。
「私にはもうこのオーベルヴィリエ公爵家以外に行く場所はないのです。置いていただけるだけでも感謝しなくてはいけません。それでも・・・」
ブランシュは一度言葉を切る。そして顔を上げてレオンを見つめた。その顔には、悲しみをこらえながらも健気に繕うような、儚げな微笑みがあった。
「こうして一緒にいられる数少ない時間だけでも大切にしたいのです。今日はレオン様のお話を聞かせてくれませんか」
「お、おう・・・」
レオンはブランシュに勧められるがままに酒を飲み、そして得意げにとくとくととりとめもないことを語った。そしていつの間にやら酔いが回り、意識を手放していた。
翌朝、レオンはベッドに横になっていた。そしてそのそばには一糸まとわぬ姿のブランシュがすぅすぅと寝息を立てていた。
「お、俺は・・・!!」
レオンは焦った。白い結婚でなければブランシュに一方的に離縁を突きつけて追い出すことは出来ないからだ。そうなれば愛するララを公爵家に迎え入れるハードルは高くなる。白い結婚を突きつけたにもかかわらず、ブランシュを抱いてしまったとしたら最悪だ。万が一子供でも出来ようものなら、離縁のハードルは更に高くなる。流石に父親のシモンがレオンを飛ばして出来た子に家督を渡すなどということはしないと思いたいが。
ぐるぐるとレオンが思考を巡らせていると、ブランシュのぷっくりとした唇が少し動き、そしてまぶたがゆっくりと持ち上がる。そしてまだ眠たげな彼女の青い瞳がレオンを捕らえた。
射すくめられたような感触になり、レオンは身構える。
「・・・おはようございます」
「お、おう・・・」
怒っていないのか? レオンが動揺を隠せず身じろぎすると、ブランシュはいたずらっぽくクスクスと笑った。
「間違いなんてないのですよ」
「そ、そうか・・・」
レオンは間の抜けた返事を返すことしか出来なかった。




