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「真実の愛」に翻弄され「お前を愛することはない」と言われた令嬢が本当に欲しかったもの  作者: 北森八雲


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05. ブランシュ、学園に通う

 15歳になるとブランシュも王立学園に入学した。

 学園では王太子妃の座を狙う令嬢からあの手この手の嫌がらせを受ける・・・ことはなかった。むしろ「あなたがあの王太子殿下の婚約者ですか。ご心労お察ししますわ」と同情されてブランシュは逆に戸惑ってしまった。

 この国の多くの貴族令嬢にとって、王太子フィリベールの婚約者の座は羨望のものでは決してないどころか忌避されるものであった。ブランシュへの嫌がらせのためだけに「私の方が王太子殿下の婚約者にふさわしいですのに」と心にもない嘘をついて「では貴女にどうぞ」なんて返されたらたまったものではない。さりとて「あんな屑な王太子殿下が婚約者でお可哀そう」などと王太子の悪口を言うわけにも行かない。フィリベール王太子が屑なのは本心だが、余計なことを言って不敬罪だのといちゃもんをつけられたくもなかった。

 王太子妃の座が令嬢達にとって避けたいものである以上、ブランシュには気の毒だがこのまま王太子の婚約者の椅子に座り続けてもらった方がいいのである。いうなら生け贄だ。彼女が生け贄であるならば余計な心労を与えずそのお役目を長く務めてもらう方が理にかなっている。そのため、令嬢達はブランシュを丁重に扱ったのである。

 おかげでブランシュは割とのびのびと学園生活を送ることになったのだが、それでも困ったことがないわけではなかった。


 1学年上の王太子当人がトラブルを起こしていたのである。だいたいその多くは王太子の側近という名の気の毒な令息達が後始末をしていたのだが、ブランシュにそのお鉢が回ってきてしまうこともあったのだ。


「イエール伯爵令嬢、どうかお助けください! 王太子殿下が私にせまってきて・・・」


 背が低めの可愛らしい令嬢が必死な表情でブランシュに助けを求めてくる。後ろからはフィリベール王太子が「ははは、可愛い奴め。逃げなくてもいいのだぞ」と無駄にキラキラした笑顔で追いかけてきている。

 こうなるとブランシュは令嬢を守ってやるしかなくなる。ブランシュは駆け寄ってきた小柄な令嬢を自身の後ろに隠した。やってきたフィリベール王太子はブランシュを見るなり露骨に顔をゆがめた。


「なんだお前か。俺はそっちの女と楽しくしているのだ。邪魔をするな!」


 いやいやどう見ても小柄な令嬢は嫌がってましたよね、とギャラリー一同が突っ込む。


「殿下、この子は怖がっております。どうかお引き取りを」

「ふん! 俺が怖がられているだと? 嫌よ嫌よも好きのうちという言葉をしらんのか! そうか貴様、嫉妬しているのだな! 醜いものだな!!」


 その自信と謎理論はどこから来るのだろうとブランシュとギャラリーの心が一つになる。とはいえ、ブランシュには後ろの令嬢を守るという使命がある。どうすればよいだろうかとブランシュは考えた。そして王太子を持ち上げていい気分にさせ、おとなしく帰ってもらった方がいいだろうと結論を出し、こう返した。


「婚約者の私を放置して他の子といちゃつくなんて、私嫉妬してしまいますわー」


 あまりの酷い棒読みにギャラリー一同は頭を抱えた。どうみても煽っているだけであった。案の定王太子は顔を真っ赤にして怒り、聞くに堪えない暴言を散々ブランシュに吐き散らした後、ドスドスと足音を立てて去って行った。

 ブランシュは何事もなかったかのように涼しい表情で、後ろの令嬢に告げた。


「もう大丈夫。恐ろしいものは去りましたよ」

「ありがとうございます! ・・・お姉様とお呼びしても?」


 きゅるんと眼を輝かせる小柄な令嬢にブランシュは首をかしげた。

 ギャラリーは「ああ、また一人の令嬢がブランシュ嬢に落ちたな」と納得するのであった。


 こんなことが続き、ブランシュは令嬢達から慕われるようになっていた。一方で、フィリベール王太子は元々悪かった評判をさらに落としていた。

 フィリベールは面白くなかった。あんな人形のようなすました女が自分の婚約者であることが、血の通ってなさそうな女が自分を差し置いて令嬢達の人気を集めていることが。自分より優秀なのも気にくわない。きっとあの鼻持ちならない女は汚い手で自分を陥れているに違いない。


 ブランシュは王家から指名されて婚約者になったに過ぎず、彼女の意思はそこにない。ブランシュが令嬢達から慕われているのも、彼女らから助けを請われたから相応の手助けをしたに過ぎない。王太子より優秀? 王太子妃教育を求められるとおり熟しただけですが何か?

 勝手に妬みの炎を燃やして恨まれても困る。王太子に愛情のかけらもなかったブランシュはため息をついた。


 そしてさらに1年が過ぎ、ブランシュは16歳になった。学園も第2学年へと進級したが、この頃には既に飛び級で卒業できるだけの単位と資格を集めており、必要書類を出せば卒業できる状態であった。それでも学園に通い続けることを選んだのは、同世代の貴族子女達と交流を深めるためであり、何よりも彼女自身の気分転換になるからだった。王宮では王太子妃教育が終了し、王妃教育が始まっていた。客観的に見ると相応に忙しいスケジュールであったのだが、ブランシュは他を知らないため、そんなものなのだろうと、泣き言や不満を漏らす様子もなかった。彼女の不満は冬の王宮の廊下が酷く寒いことと王太子が学園で起こした騒動の後始末が面倒くさいこと程度であった。


 その年には1つ下の学年に異母妹クロエが入学していた。学年が違うため直接話す機会はなかったが、クロエの淡い桜色のくせ髪と小さな身体は良い目印になっており、ブランシュは遠目に彼女を見かける機会がしばしばあった。クロエは変わった子なので学園生活になじめるか心配していたが、無事友人ができている様子が見られてブランシュは安堵した。


 ところが2ヶ月ほど経った頃、フィリベールの次の狙いがクロエらしいという話が飛び込んできた。話を聞いてみるとクロエは相当嫌がっており、学園中逃げ回っているらしく、それをフィリベールが追いかけ回しているようだった。


 そして決定的な場面に遭遇した。

 クラスメイトから「妹さんが大変なことになっている」と伝えられ、急いで駆けつけるとそこには混沌とした光景が繰り広げられていた。


 部屋の端にある本棚のてっぺんから王太子を見下ろしフーッ!!と毛を逆立てるかのごとく威嚇するクロエ、それを恍惚とした表情で見上げるフィリベール王太子。

 何故こうなった。


「クロエ様は以前から殿下につきまとわれていて、それをもの凄く嫌がり、逃げ回っていたのです。しかし今日はとうとう追い詰められてしまってあんなところに」


 親切な令嬢が教えてくれる。


「ふふふ、君は慣れていない子猫のようだね。そんなに怯えなくても大丈夫。ほら、僕の胸に飛び込んでおいで」


 威嚇されているというのに歯の浮くような甘い台詞を吐く王太子。クロエはまるで黒くてテカテカ光る害虫に出会ったかのように引きつった表情を浮かべ、ひえぇぇぇとと情けない声を上げる。可哀そうに彼女の萌葱色の瞳には涙がにじんでいた。


 毎度毎度なぜここまで現実が見えないのかとブランシュはこめかみに手を当てる。ふとこれまでのフィリベールの“お相手”の姿がブランシュの脳裏に浮かんだ。


 クロエは小柄だ。

 以前かばった令嬢も小柄だ。何ならこれまでフィリベールから守った令嬢は皆背が低かった。

 そしてフィリベールが王宮で囲って“真実の愛”を囁いている平民のメイドも小さい。


 なんだ、そういう趣味か。

 ブランシュはとりわけ背が高いというわけではないものの、平均程度の背があり、そしてメリハリのあるグラマラスな身体付きをしている。顔立ちもブランシュは目鼻立ちがはっきりしており、若干のきつさはあるものの、多くから可憐な美女と評されている。対してクロエを始めフィリベールが追いかけ回していた令嬢達はまだ幼げで可愛らしく、庇護欲を誘う系統だ。つまり、最初から王太子の好みにブランシュは入っていなかったわけだ。もっともブランシュは何の期待もしていなかったが。

 どうしたものかとブランシュが逡巡していると、フィリベールが再びクロエに甘い声で話しかけた。どこからそんな声が出るんだろうかと毎度不思議だ。


「可愛い僕の子猫ちゃん。ああ、降りられなくなってしまったんだね。そんな君を助けてあげるのは僕の役目だよね。気が利かなくてごめんよ。大丈夫、すぐ助けてあげるからね」


 周りがドン引きしている、なんならクロエの表情が一番引きつっているが、それに気がつく様子もなく、王太子は本棚に足をかけた。


「ひっ!」


 短い悲鳴を残し、クロエはぴょいっと身軽に跳躍する。そして天井の照明器具にしがみついた。その軽やかな身のこなしにギャラリーの一部から拍手が起こる。フィリベールの言葉を借りるわけではないが、クロエの動きはだいぶ猫っぽい。


「おやおや、僕の子猫ちゃんはあんなところに・・・あ゛?」


 とうとうブランシュとフィリベールの目が合ってしまった。フィリベールはあんな甘い表情をしていたというのに、ブランシュを見るなり一瞬で顔を憤怒に歪ませた。


「貴様何故こんなところに・・・そうか! わかったぞ!!」


 何がわかったのだろうか。ブランシュもギャラリーも首をかしげる。


「ブランシュ! 貴様はクロエを異母妹だからと虐げていたな!!」


 何故そうなるのか。ブランシュはめまいがしそうになるのをこらえる。天井の照明器具にしがみついているクロエは何か文句を言っているのだが言葉になっていない。彼女は元々口数が少ない上に、感情が高ぶると上手く言葉が出せない癖があった。


「クロエを見ろ! あんなに怯えて可哀そうだと思わないのか!」


 怯えさせているのはあんただろ、とブランシュもギャラリー一同も思ったが、誰も口にはしなかった。クロエは天井からうーうーと声にならない文句を叫んでいた。


「貴様のような性根の腐った悪女が俺の婚約者だと思うと反吐が出る! 父上に言ってお前との婚約を破棄してやるからな!!」


 そう啖呵を切るとフィリベール王太子はギャラリーに「見世物じゃないぞ!」と怒鳴り散らしながら去って行った。


 ブランシュはため息をついた。とりあえず王太子は放置していいだろう。婚約は王命だから軽々しく破棄なぞできやしない。それよりもクロエだ。彼女は天井の照明器具にぶら下がったまま、背中を丸めてぐずっていた。


「本当に嫌、どうして私が」


 可哀そうに、よほど怖かったのだろう。

 ブランシュは彼女を下ろして慰めてやろうとしたが、クロエがこのまま一人になりたいというので、ギャラリーを解散させ、自身もその場を後にした。

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