02. 真実の愛達の行く末
時が流れ、ピエール・ヴァルドワーズは王太子から国王となり、その真実の愛の相手は第一正妃となった。そしてピエール王と第一正妃との間には男児が生まれ、彼こそが現王太子フィリベールであった。
なお第一正妃などという微妙な言い方をしたのは第二正妃がいるからで、こちらはなんと王太子時代のピエールに婚約破棄を突きつけられた筆頭侯爵家ボルドー家の娘であるアネット・ボルドーである。彼女はボンクラが王と王妃になっては国が乱れるとその行く末を憂い、婚約破棄の屈辱を飲み込んで第二正妃となった女神のような人物である。実際ピエール王と略奪平民女の第一正妃は無能であり、王族が担う執務のほとんどを第二正妃であるアネット妃が熟し、彼女が国政を回しているのだから、彼女が第二正妃となっていなければ今頃どれほど国が乱れていたかわからない。まさに国母というにふさわしい人物であった。国内貴族のほとんどはアネット妃に頭が上がらず・・・というよりも良識ある多くの貴族からは崇拝の対象になっていた。アネット妃の実家のボルドー侯爵家もさらに権威を増すことになったが、それで国が安定しているのだから、高位貴族の一部を除き不満はほとんど出ていなかった。
そしてその不満を持ちうる高位貴族というのが略奪平民女を娶った男が現当主となっている2つの公爵家だったが、それらの家はいずれも混乱しており、アネット妃を引きずり下ろすような工作をする余裕はなかったのである。
アネット妃は長い時間をかけて少しずつ王権を削ぎ、国の運営の実権を議会に移していった。しかし王家そのものに関わる事柄―例えば王族の婚姻や王位継承順位の決定権までには切り込めずにいた。なにせピエール王ときたら国の運営については「良きに計らえ」と丸投げするくせに、自分に直接関わりがありそうなことになると目敏く察知して横やりを入れてくるのである。アネット妃も王家内部のことよりはまず国と民を守ることが先決だと考え、国の運営を安定させることを優先させた。それゆえ、王家内部の改革は遅々として進まず、もたついている間に第一正妃との間に生まれた長男、フィリベールが王太子に決まってしまった。アネット妃にはピエール王との間に双子の王女がおり、彼女らの方がはるかに次期王の資質が高かったのだが、真実の愛である第一正妃との間にできた息子を次期王に据えたいピエール王がほぼ独断で彼を王太子に据えてしまったのである。
そしてピエール王は最愛の息子フィリベールにふさわしい令嬢を迎えようと画策した。ピエール王の目から見るフィリベールの唯一の欠点は魔力の少なさだった。ならば魔力が豊富な令嬢を妃として宛がえば良い、魔力が豊富な令嬢とはすなわち高位貴族の血を引く令嬢である、高位貴族の令嬢ならば美しさも教養も申し分なかろう、とピエール王は短絡的に考えたのである。2つの公爵家には年の釣り合う娘はいなかったので、早速ピエール王は侯爵家と辺境伯家に向けて年頃の娘を王太子妃候補とするので選出の儀のため登城せよと触れを出した。ところがほとんどの家から帰ってきたのはお断りの返事。中には「王太子殿下におかれましてはご自身で真実の愛を見つけられるのではないでしょうか」と余計な文を添えてくる家まで。ピエール王と第一正妃は怒り狂い、不敬だ無礼だとわめき散らしたが、アネット妃に鼻で笑われて終わった。
そもそも多くの良識的な貴族はアネット妃が産んだ双子王女のどちらかを次期王として望んでおり、略奪平民女の第一正妃が産んだ王子なんぞを支持する意思は全くなかった。万が一フィリベール王太子の妃になろうものならその姑にもれなく略奪平民女の第一正妃がくっついてくるのである。冗談じゃない。
そしてフィリベール王太子自身にも人として魅力がなかった。勉強はしないしできない、武術や芸術に秀でているわけでもない、執務? アネット妃が国王第一正妃王太子の分もひっくるめて全部やってるんじゃないかな? 顔はいいからそこだけ見られるなら我慢できなくはないかもしれないが、性格はわがままで短気で傲慢でおよそいいとこなし。こんなのに嫁いだら苦労するに決まっている。オマケに好色だから絶対浮気する。きっと婚約中にそこら辺の男爵令嬢あたりをひっかけて真実の愛だとか叫ぶに違いない。政略的にも恋愛対象としてもフィリベール王太子はあり得ない相手という評価だったのである。
そしてもう1つ致命的な欠点が彼にはあった。フィリベール王太子は第一正妃に似て魔力が非常に少なかった。一方で、高位貴族の令嬢達は豊富な魔力を持っていた。つまりフィリベール王太子と令嬢達の間には大きな魔力差があるのである。この状態で夫婦となればどうなるか。まず子供ができにくい。無事産まれても弱い子の確率が高くなる。母体にも負担がかかりやすく、出産がより危険なものとなる。そしてそこまでのリスクを負っても令嬢側の高い魔力が受け継がれるかどうかは博打。生命を守るという点でも高い魔力を持つ貴族令嬢にとってフィリベール王太子はありえないを通り越して嫁いではいけない相手という認識だったのである。
貴族が平民との婚姻を忌避していたのは何も平民の血が汚らわしいからという曖昧な理由ではなく、先に述べたように魔力差が大きすぎる婚姻がハイリスクだからだ。まずそもそもこの世界の貴族家というものが高い魔力を持つ血統を維持するためのものでもあった。平民にもたまに高い魔力持ちはいるが、その祖先をたどると貴族がいる場合が多い。逆に貴族であれば顕在的であれ潜在的であれ一定以上の魔力を有することが保証される。そのようにして大切に血をつないできたからだ。豊富な魔力を持ってして民を守るのがこの世界の貴族の宿命である。昨今は魔力に頼らない技術も発展しつつあるから多少その重要性は薄れていたとしても、貴族に生まれればまずその役割を身をもって教えられるものだ。そしてそれをこれからも続けるにはどうすればよいかも。
つまりまともな貴族からしてみれば、『7人のうわきし』の令息が略奪平民女の腰を抱いて真実の愛を叫んだことは、先人の血のにじむ努力を灰燼に帰する極めて愚かな行為なのである。それを祝福した先王も眼が曇っていたといわざるを得ない。
そしてその平民の少女がどこかの没落貴族の子孫で豊富な魔力を持っていたというのであればもう少し話も変わったかもしれないが、今回の略奪平民女こと特待生であった少女達は多くの平民の例に漏れず魔力は少なかった。彼女らは本来非魔法分野での活躍を期待されて特待生となったのだが、まさか男を寝取ることが優秀だったとは、誰が予想できただろう。
案の定その後の『7人のうわきし』と略奪平民女との間の子供事情は惨憺たるものだった。ヴァルドワーズ王家とオーベルヴィリエ公爵家は無事嫡男を1人もうけることができた幸運な例だった。他は最初の子の出産時に母親が死亡したのが3家、そのうち2家は赤ん坊は生存したが、1家は赤ん坊も亡くなってしまった。その赤ん坊が亡くなった家がオーベルヴィリエ公爵家と並び立つもう1つの公爵家で、真実の愛を叫んだ当主自身にも兄弟姉妹がおらず、文字通り跡継ぎ不在となってしまった。赤ん坊が生存した2つの侯爵家も、片方の家の子は病弱で日常生活にも支障が出る有様だった。
残る2家のうち1つの侯爵家は子供1人で満足すればよかったのに2番目の子を望み、2番目の出産時に母親が死亡した。2番目の赤子は生存したものの、父親と上の子が「母親を殺したのはお前だ」と2番目の子を折檻しているのだから始末に負えない。
最後の1家は辺境伯家だがここはそもそも出産云々以前の問題で、真実の愛を叫んだ長男とその相手の略奪平民女が当主となったしばらくの後、『当主夫妻は魔物に食われた』と発表があり、シレっと当主の座は次男夫妻にすげ替えられ、真実の愛で結ばれた長男夫妻はいなかったことにされた。多くの貴族は「食われたではなく食わせたの間違いでは?」と思ったそうだが、つつき回しても何の利もないので放置した。当時の王が祝福したせいで真実の愛の当事者を一時的にも当主とせざるを得なかったものの、国の護りを担う辺境伯家としては許し難かったのだろう。
そんな顛末をどこまで知ってるかはいざ知らず、ピエール王は侯爵家と辺境伯家に広く触れを出したものの、登城した令嬢はたったの2名。どちらも今の当主が『真実の愛』の当事者の家の出身だった。つまり、『真実の愛』の当事者以外の家には全てそっぽを向かれたのである。
そして2名の令嬢にも問題があった。
1人は車椅子に乗って登城してきた。
「わたくしは生まれつき身体が弱いのです。お医者様からはお子をなすのは難しいとも言われております。こんなわたくしが王太子妃のお役目を務められるのでしょうか」
色白で線が細く儚げなこともあって庇護欲を誘う少女だ。フィリベール王太子は鼻の下を伸ばしたが、病弱では跡継ぎが望めない。ピエール王は首を横に振った。
そしてもう1人はよくよく見れば整った顔立ちなのだが、髪は乱れており、頬は痩せこけていた。着ているドレスも古くほつれが目立つ。とてもではないが王城にふさわしい格好ではない。ピエール王は顔をしかめ、フィリベール王太子は露骨に嫌悪感を示した。
「なんだその貧乏くさい格好は!」
フィリベール王太子が怒鳴るとその令嬢は肩をふるわせた。
「ふふ・・・私、父と兄に虐待されて育ちましたの。母は父の真実の愛のお相手でしたが、その母は私が生まれるときに亡くなりましたの。だから父からは真実の愛である妻を殺したと、兄からは母を殺したと罵られ虐げられましたわ。散々冷遇して暴力を振るった私に今度は殿下の妃になれと言われましたの。まともな食事もドレス一枚も与えられない娘が王太子妃になれると思っているのでしたら滑稽ですわ」
凄惨な告白に場が凍り付く。車椅子の令嬢はハラハラと涙をこぼしている。少女の独白はさらに続く。
「ああ、でも王太子殿下もお母様は真実の愛なのですね。なるほど、そういうことですの。半分平民の血が混じった王太子殿下には同じように半分平民の血が混ざった私がふさわしいと、侯爵家はそう考えたのですね」
「なっ! 貴様不敬だぞ!!」
王太子が激昂すると、少女は突然笑い始めた。
「アハハハハ! 不敬! 不敬!! いいですわ!! 私を罰してくださるのですね! ひと思いにこの首をバッサリとおはねくださいな!! 毒もいいですわね! 最後に甘い毒を!! 侯爵家も連座で処罰していただければなおのこといいですわ!! もうこんな苦しい世界で生きていたくない! あんな家族なんて大嫌い! 真実の愛も大嫌い! こんな世界大嫌い!!」
両の眼から大粒の涙を流しながら狂ったように笑い声を上げ続ける少女は騎士達によって連れて行かれた。
残された車椅子の令嬢はこう告げた。
「わたくしでは国母の尊きお役目を果たすことはできませんので、辞退させていただきとうございます」
王太子妃選びは見事大失敗に終わった。虐げられていた令嬢は不敬罪で修道院行きとなったが、アネット妃が手を回し、行き場のない貴族女性が保護される穏やかな修道院に送られた。
虐待の疑いで侯爵家にも取り調べが入ったが、その過程で脱税や横領や違法作物の栽培などの違法行為が次々と発覚したため、侯爵家は取り潰し、当主とその長男は劣悪な辺境の鉱山送りとなった。
遅すぎたがこれで少しでも彼女の心の傷が癒やされるだろうかと願わずにはいられない。
結局のところ、真実の愛を叫んだ彼ら彼女らは、その時は結ばれて一時の幸せを謳歌したものの、多くはその幸せが長く続くことはなく、惨憺たる末路をたどったわけである。




