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『ラノベでスッキリわかる!異世界ギルドのお仕事の基本5つの法則 ~新人職員アリサのギルド奮闘記~』  作者: ぽてと


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【アイゼンハワー・マトリクス】命を守るタスク管理 1/5

カイルが受付カウンターに雪崩れ込ませた書類の山は、文字通り『山脈』のようにアリサの視界を塞いでいた。


「うわぁ……カイル、これ全部今日中に処理しないといけないの?」

「今日中どころか、全部『今すぐ』なんだよ!」


優秀な魔法使いであるはずのカイルは、すっかり涙目になっていた。彼の指先から放たれる微弱な風の魔法で、数枚の書類が宙に浮いているが、そのどれもが中途半端に宙を舞っているだけだ。


「いいかアリサ、聞いてくれ。まず昨日のモンスター襲撃の被害報告書だろ? これを王都の騎士団にすぐ送らないと怒られる。それから来週のギルド本部からの定期監査の準備資料! これを出さないと支部の予算を削られる! さらにポーション商人への支払い請求書の処理! 商人が外で『今すぐ金を出せ』って怒鳴ってるんだ!」

「ちょ、ちょっと待って! 一気に言われても……!」

「待てないよ! あと、今日出発する冒険者たちのクエスト承認印も押さないと! これも出発時間が迫ってるから至急だ!」


カイルの言う通り、どの書類の束にも、赤インクでデカデカと『至急』『最優先』『即日回答』というスタンプが押されている。


アリサは先日シレーヌから教わった言葉の魔法を思い出し、パニックになっているカイルを落ち着かせようと試みた。


「カイル、落ち着いて。PREP法よ。まずは一番優先すべき結論から……」

「だから! その『結論』が全部なんだってば!」


カイルは頭を抱えて叫んだ。


「全部一番大事で、全部一番急いでるんだ! 俺の魔力で三つのペンを同時に動かして、目を通しながら承認印を押して……くそっ、魔力制御がブレる!」


パタン、と宙に浮いていた書類が床に落ちた。カイルは焦りからか完全に魔力の集中を乱し、書類の山脈がガラガラと崩れ落ちてしまう。

 アリサは慌てて床に散らばった羊皮紙を拾い集めた。


「カイル、魔法で無理やり全部やろうとするからよ。一つずつ終わらせていきましょう。えっと、まずはこのポーション商人への支払い書類を……」

「おい!! 受付!!」


アリサが商人の書類に手を伸ばしたその時、ギルドの奥からバルトス支部長の怒声が響き渡った。ドスドスと足音を立ててカウンターにやってきた支部長の顔は、昨日の緊急事態の時よりも険しい。


「お前ら、昨日討伐した『西の森の魔物』の毒腺のサンプルと、その生態記録の書類はどうした!? 王都の研究所に送る手配は済んでいるだろうな!」

「ひいっ!?」

「あ、あの、支部長! 今、カイルが別の書類を処理していて……!」

「別だと!? ふざけるな! あの魔毒は未知のものだ。一刻も早く研究所で解毒剤の量産体制を整えなければ、次に森へ入った連中が死ぬんだぞ! 監査の書類だの商人の支払いだの、後回しにしろ!」


支部長の剣幕に、カイルは完全に硬直してしまった。

 アリサは崩れた書類の山から必死に『生態記録』を探すが、商人の請求書や監査資料と完全に混ざってしまい、どこにあるのか見当もつかない。


「すみません、すぐ探します! カイル、生態記録はどこ!?」

「わ、わかんない! さっき商人の請求書に紛れちゃって……ああっ、そっちは監査資料!」


ギルドのカウンターは完全なカオスと化していた。

 外からは商人の「金はどうした!」という怒声が聞こえ、目の前では支部長が「命がかかってるんだぞ!」と怒鳴り散らし、出発を待たされている冒険者たちが「まだハンコもらえないのかよ!」と文句を言い始めている。


すべてが『至急』。すべてが『最優先』。

 どうすればいい? どれから手をつければいいの?

 アリサの息が浅くなり、視界がグルグルと回り始めた。PREP法で上手く話すことはできても、降り注ぐ仕事の矢を捌く方法は知らない。


「……愚かすぎるわね」


その時、氷のように冷たく、しかし圧倒的な静謐をまとった声が響いた。

 騒ぎの中心に、いつの間にかシレーヌが立っていた。彼女は床に散らばった書類の山を一瞥すると、小さくため息をついた。


「シ、シレーヌ先輩……!」

「カイル、魔法使いのくせに随分と脳筋なのね。気合と魔力で全部を同時に処理できるとでも思ったの?」


シレーヌはカイルを冷たくあしらうと、バルトス支部長に向き直った。


「支部長。生態記録は私がすでに研究所の使いの者に渡しておきました。今はもう王都へ向かって馬を走らせているはずです」

「なっ……! 本当か、シレーヌ! 助かった!」

「ええ。それと、外で騒いでいる商人には『書類の不備があったため、再提出するように』と伝えて追い返しました。請求書の日付が間違っていたので」


シレーヌの鮮やかな手腕に、アリサもカイルも言葉を失った。

 あんなにカオスだった状況が、彼女の一言でスッと整理されてしまったのだ。


「カイル。あなた、商人の請求書の中身をろくに確認せずに、急かされるまま処理しようとしたわね? もしそのまま判を押していたら、ギルドの金を余分に騙し取られていたわよ」

「うっ……! そ、それは……!」

「『至急』という言葉に踊らされて、目の前の声がデカいだけの仕事に飛びつく。それは仕事をしているんじゃないわ。ただパニックになって暴れているだけよ」


シレーヌは厳しい視線をカイルからアリサへと移した。


「アリサ。あなたも、カイルと一緒に手当たり次第に書類を片付けようとしていたわね」

「はい……。だって、全部に『至急』ってスタンプが押してあったから……」

「いい? 世の中の『至急』の9割は、本当は至急じゃないわ。誰かが自分の都合で急いでいるだけよ。本当に急ぐべきこと、本当に重要なことを見極められない人間は、いずれ誰かの命を落とすことになる」


シレーヌは一枚の白紙の羊皮紙をカウンターに置き、羽ペンで大きく『十』の字を書いた。紙が四つのエリアに分割される。


「覚えなさい、アリサ。『言葉の魔法』に続く、第2の魔法を。すべてが至急に見える呪いを解く、四つの箱の魔法を」

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