【PREP法】結論から伝える報告術 5/5
翌朝。王都ギルド『暁の翼』には、いつもの穏やかな朝日が差し込んでいた。
昨夜の野戦病院のような騒ぎが嘘のように、床はピカピカに磨き上げられ、冒険者たちが談笑しながら依頼書を眺めている。
「アリサさん!」
カウンターを拭いていたアリサの前に、三人の若い冒険者が立ち止まった。
昨夜、オズワルド先生の治療で一命を取り留めた初心者パーティー『緑の風』の面々だった。まだ顔色は少し悪いが、しっかりと自分の足で立っている。
「本当に、ありがとうございました。バルトス支部長から聞きました。アリサさんが、俺たちが『嘆きの巨木』にいるって推理してくれなかったら、今頃森の中で魔物の餌になってたって……」
「それに、オズワルド先生にも真っ先に俺たちを診るように説得してくれたんですよね。命の恩人です」
三人が深々と頭を下げる。
アリサは慌てて手を横に振った。
「そ、そんな大げさな! 私はただ、当たり前の報告をしただけで……それに、助けてくれたのは支部長やカイル、先生たちですから」
「でも、その『当たり前』ができる人が一番すげえんだって、カイルさんも言ってましたよ」
冒険者たちが笑い合いながら去っていくのを見送った後、アリサの胸の奥に、ぽかぽかとした温かいものが広がっていった。
魔力がない自分でも、人の役に立てた。誰かの命を繋ぐことができた。
「良い顔をするようになったわね、アリサ」
背後から声がして振り返ると、シレーヌが真新しい革張りの手帳を差し出していた。
「シレーヌ先輩……。これは?」
「あなたのための魔導書よ。魔法使いが自分の術式を書き留めるように、あなたも『言葉の魔法』を記録しておきなさい。人は、すぐに忘れる生き物だから」
アリサは両手で大切に手帳を受け取った。
「シレーヌ先輩。私、昨日一日で分かりました。この『P・R・E・P』という魔法の型は、相手を説得するためだけのものじゃないんですね」
「ほう。というと?」
「……相手への『思いやり』です。支部長も、オズワルド先生も、カイルも。みんな忙しくて、頭の中がいっぱいいっぱいでした。だから、結論から伝えて、相手の『考える時間』や『迷うストレス』を減らしてあげる。それが、この魔法の本当の力なんだって」
シレーヌは、ふっと満足げに微笑んだ。
それはいつも厳しい彼女が、初めてアリサに見せた、心からの称賛の笑顔だった。
「その通りよ。報告の本質は『相手の時間を大切にすること』。あなたは見事に、最初の魔法を修得したわ」
アリサは手帳を開き、カウンターの隅で羽ペンを走らせた。
最初のページに、昨日何度も反復し、自分を救ってくれた四つの文字を刻み込む。
【私のためのお仕事魔導書】
第1の魔法:P・R・E・P法(結論から伝える魔法)
P(Point・結論):一番伝えたいこと。「○○してください」「○○です」と最初に言い切る!
R(Reason・理由):「なぜなら〜」で、その結論になった理由を教える。
E(Example・具体例):「例えば〜」「データによると〜」で、事実や目撃情報を話して説得力を出す。
P(Point・結論):「だから○○です」と、もう一度念押しする!
※注意:焦っている時ほど、深呼吸して「P」から始めること。これは相手への思いやり!
「よしっ、書けました!」
アリサがパタンと手帳を閉じた、その時だった。
「アリサ! 大変だ、助けてくれ!」
同僚のカイルが、顔面を真っ青にしながら、抱えきれないほどの書類の山を持って走ってきた。ドンッ、とカウンターに書類が雪崩れ込む。
「昨日の騒ぎで、各方面への被害報告書が溜まりに溜まってるんだ! それに、ギルド本部からの定期監査の書類と、今日の討伐依頼の振り分けと、ポーションの追加発注書も……! うわああ、どれから手をつければいいか全然わかんない!! 全部『至急』って言われてるし!」
半狂乱になるエリート魔法使いを前に、アリサは目をパチクリとさせた。
「ちょっとカイル、落ち着いて。全部一緒くたにしたらパンクしちゃうわよ」
「無理だよ! 俺の魔力じゃ書類を仕分けするだけで日が暮れる!」
頭を抱えるカイルの後ろで、シレーヌが面白そうにくすりと笑った。
「どうやら、あなたへの信頼度が上がったせいで、今度は仕事が集中し始めたようね。……アリサ、あなたにはすぐ、次の魔法が必要になりそうよ」
「えっ? 次の魔法、ですか?」
「ええ。『命を守るタスク管理』の魔法。……緊急度と重要度の、四つの箱よ」
アリサは新しい魔導書を胸に抱きしめ、少しだけワクワクしながらカイルの書類の山に立ち向かっていった。
ポンコツだった魔力なしの受付嬢が、伝説の先輩と共にギルドを改革していく物語は、まだ始まったばかりである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第1の魔法「PREP法」、いかがだったでしょうか。
私自身、日々の仕事の中で壁にぶつかったり、理不尽さに頭を抱えたり、大変な思いをすることが少なくありません。けれど、今回のアリサのように「適切な対処法」さえ知っていれば、あれほど巨大で絶望的に見えていた悩みも、案外大したことではないと気づけたりするものです。
この物語が、通勤電車に揺られる誰か一人の心にでも届き、明日からの仕事や毎日の生活を少しでもラクにするヒントになれば、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
忙しい毎日の中で、本作に時間を使ってくださった読者の皆様に、心からの感謝を申し上げます。




