【SMARTの法則&メタ認知】伝説の受付嬢への道 1/5
王都ギルドの奥にある巨大な円卓には、王都周辺の詳細な地図が広げられていた。
バルトス支部長を中心に、Aランク、Bランクの各パーティーのリーダーたちが顔を突き合わせ、ギリギリと奥歯を噛み締めている。
「斥候からの報告によると、魔物の群れ(スタンピード)の先頭は、すでに北の平原を突破した! 数はおよそ一万! 明日の夜明けには王都の北門に到達するぞ!」
「一万だと……!? 王都の守備兵と俺たち冒険者を全員合わせても、千人に届かないぜ!」
絶望的な戦力差に、歴戦の冒険者たちからもどよめきが起こる。
しかし、バルトスは拳で円卓をドンッと叩き、大音声で吠えた。
「泣き言を言うな! 五十年前の記録(PDCA)によれば、魔物は防壁の薄い西門から侵入したのが致命傷になった。だから今回は、すべての門に均等に戦力を配置し、絶対に王都へ一匹たりとも魔物を入れるな! いいか、目標は『王都の完全防衛』だ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
気合の入った掛け声が響き渡る。
だが、壁際で記録係として控えていたアリサは、バインダーを抱えながら青ざめていた。
(……おかしい。みんなの士気は高いのに、全然『計画(P)』が見えてこない)
『王都の完全防衛』という目標は、スローガンとしては素晴らしい。
しかし、アリサの目から見ると、リーダーたちの表情には「で、具体的に俺たちはどこで何をすればいいんだ?」という迷いがハッキリと浮かんでいた。
「アリサ。あなたにも見えているようね。彼らの足元に口を開けている『落とし穴』が」
隣に立つシレーヌが、静かに囁いた。
「はい……。バルトス支部長の目標は立派ですが、大きすぎてフワフワしています。これじゃあ、いざ戦場に出た時に、誰がどこまで頑張れば『達成』なのか分からなくて、みんなバラバラに動いてしまいそうです」
「その通りよ。どれほどPDCAを回しても、最初の『目標』が曖昧なら、車輪は泥にハマって空回りするだけ」
シレーヌは、アリサの『お仕事魔導書』を指差した。
「いざという時に人を正しく動かすのは、熱い精神論ではないわ。冷徹なまでに研ぎ澄まされた『数字と期限』よ。……アリサ、彼らに第5の魔法を見せなさい」
「第5の魔法……」
「ええ。『SMARTの法則』よ」
アリサは小さく頷き、円卓へと歩み寄った。
そして、熱狂する男たちの中心に、ドンッと分厚いバインダーを置いた。
「支部長! 今の目標設定では、私たちは確実に全滅します!」(P:結論)
冷水を浴びせられたように、会議室が静まり返る。
「なんだと……? アリサ、今は軍議の最中だぞ。部外者の受付嬢が口を挟むな!」
「部外者ではありません、王都ギルドの受付嬢です! 冒険者の皆さんに生きて帰ってきてもらうための『目標』を作り直させてください!」
アリサは一歩も引かずにバルトスを睨み返した。
その迫力に、バルトスの方が気圧されたように口を噤む。
「支部長の『王都の完全防衛』という目標は、気合が入っていますが『状態』であって『行動』ではありません。いざスタンピードが来た時、レオさんたちは一体いつまで、何匹倒せば『防衛成功』になるんですか?」
「そ、それは……全部の魔物を倒すまでだ!」
「一万匹の魔物を千人で全滅させるのは不可能です! 魔法使いの魔力も、戦士の体力も先に限界が来ます! 目標が大きすぎて現実的(Achievable)じゃないんです!」
アリサの厳しい指摘に、円卓の冒険者たちも「確かに……一万匹は無理だ」「いつまで戦えばいいか分からないのはキツい」と囁き合い始めた。
「じゃあどうしろって言うんだ、アリサ!」
「目標を『SMART』にするんです!」
アリサは円卓に広げられた地図の上に、手帳を開いて見せた。
「良い目標には、5つの条件があります。
S(Specific):誰が聞いても分かる『具体的』な内容か。
M(Measurable):達成したかどうかが分かる『数字(測定可能)』が入っているか。
A(Achievable):高望みしすぎない『達成可能』なラインか。
R(Relevant):本来の『目的』に繋がっているか。
T(Time-bound):いつまでやるか『期限』が決まっているか。
……この5つを満たしていない目標は、ただの妄想です!」
「SMART……具体的で、数字が入っていて、期限がある目標……」
レオが顎を撫でながら、地図を見下ろした。
「アリサ。本来の目的(R)ってのは何だ? 俺たちは魔物を全滅させるために戦うわけじゃないのか?」
「違います、レオさん。私たちの最大の目的は『市民の命を守ること』です」
アリサは地図の南端、王都から他国へと続く『避難街道』を指差した。
「今、王都の市民十万人が、南の隣国へ向けて避難を開始しています。馬車の足なら、市民全員が安全な隣国へ入りきるまでに『十二時間』かかります。……つまり、私たちが一万匹の魔物を全滅させる必要なんて、最初からなかったんです」
アリサの言葉に、会議室の空気がガラリと変わった。
絶望的な「一万匹の殲滅」から、明確な「希望の光」が見え始めたのだ。
「アリサ、それなら……俺たちの本当の目標は……!」
バルトスが身を乗り出す。
アリサは力強く頷き、新しい目標を高らかに宣言した。




