【PDCAサイクル】失敗を成功に変える改善術 5/5
「スタンピード(魔物の大群行進)だと……!?」
バルトス支部長の怒鳴り声が、ギルドの壁をビリビリと震わせた。
王都の伝令騎士がもたらした絶望的な知らせに、酒場スペースで歓談していた冒険者たちも一斉に立ち上がり、顔色を失っている。
「支部長! 過去の文献によると、王都周辺でのスタンピードは五十年前が最後です! 当時は街の防壁が半壊し、数千人の死傷者が出たと……!」
カイルが顔面を蒼白にさせながら、保管庫から引っ張り出してきた古い記録書を読み上げた。
「くそっ! 王都の騎士団だけじゃ絶対に防ぎきれん! バカンスに行ってる冒険者も全員呼び戻せ! 武器屋と道具屋にあるポーションと矢をすべてギルドで買い上げろ! 急げ!!」
バルトスの指示に、ギルド内は蜂の巣をつついたような大パニックに陥った。
怒号が飛び交い、誰もが「どうすればいい!?」「どこから手をつければ!?」と右往左往している。ほんの数分前までの祝勝ムードは、完全に吹き飛んでいた。
アリサはカウンターの奥で、ギュッと両手を握りしめた。
怖い。五十年前の惨劇が、自分たちの街を襲う。考えるだけで足がすくむ。
――でも、パニックになって「手当たり次第に動く(Do)」だけじゃ、絶対に全滅する。
アリサの脳裏に、シレーヌから教わった言葉たちが閃いた。
『すべてが至急に見える呪いを解きなさい(アイゼンハワー・マトリクス)』
『失敗を放置せず、車輪を回しなさい(PDCAサイクル)』
「……支部長!」
アリサはバインダーを抱え、カウンターの上にドンッと立って声を張り上げた。
その通る声に、バルトスをはじめ、ギルド中の視線がアリサに集まる。
「パニックにならないでください! 今、闇雲に動いても消耗するだけです。まずは落ち着いて『P(計画)』を立てましょう!」(P:結論)
「アリサ……! だが、敵の数は未知数だぞ! 計画なんて立てている暇が……」
「暇がないからこそ、立てるんです! カイルが持っている五十年前の『失敗の記録(Check)』があるじゃないですか!」(R:理由)
アリサはカイルが抱えている古い記録書を指差した。
「五十年前、なぜ防壁が半壊し、死傷者が出たのか。ポーションが足りなかったのか、指揮系統が乱れたのか。まずはその『事実と原因』を洗い出してください。それが私たちの『C(評価)』になります!」(E:具体例)
「そして、五十年前の失敗を繰り返さないための『具体的なルールと配置(Action)』を決めてから、全員で迎撃準備(Do)に取り掛かるんです! 今すぐ、ギルドの全リーダーを集めて軍議を開いてください!」(P:結論)
PREP法を使った完璧な提案。
バルトスは目を見開き、そして――獰猛な笑みを浮かべた。
「……違いない。受付嬢の言う通りだ! おいお前ら、五十年前の記録を全部テーブルに広げろ! 『蒼天の流星』のレオ、お前も来い! 各パーティーのリーダーを集めて、今から防衛の軍議(PDCA)を始めるぞ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
冒険者たちの目に、パニックの代わりに「戦意」が宿った。
やるべきことが明確になれば、彼らは最強の戦士だ。バルトスを中心に、次々と五十年前の失敗をもとにした「改善案」が飛び交い始める。
「すごい……」
カウンターから降りたアリサは、活気を取り戻したギルドを見渡して息を吐いた。
「見事な捌きだったわ、アリサ」
シレーヌが、満足げな微笑みを浮かべて近づいてきた。
「あなたがPDCAの車輪をギルド全体に回したのよ。もう、私の教えがなくても立派にやっていけそうね」
「そんなことないです! まだまだシレーヌ先輩から教わりたいことがたくさんあります」
アリサは手帳を開き、羽ペンを走らせた。
王都の命運を懸けた大戦が迫る中、それでも彼女の手は震えていなかった。
【私のためのお仕事魔導書】
第4の魔法:PDCAサイクル(成長の車輪)
失敗を「見えない毒」にせず、次の成功に変えるための4ステップ!
P(Plan・計画):どう動くか決める。
D(Do・実行):実際にやってみる。
C(Check・評価):やりっぱなしは厳禁!「失敗した事実」と「その原因」を、責めずに書き出す。
A(Action・改善):「気合で頑張る」はダメ。絶対に誰でもできる「具体的なルールや仕組み」に変えること!
※注意:CとAを飛ばして、PとDだけ繰り返す(猪突猛進)と、いつか必ず全滅する!
「……よし、書けました!」
手帳を閉じたアリサの顔には、確かな自信が満ちていた。
「支部長たちが作戦を立てている間に、私たちは私たちにできる最高の準備(Plan)をしましょう、シレーヌ先輩!」
「ええ。任せたわよ、ギルドの若き要」
王都を未曾有の危機が襲おうとしている。
しかし、『暁の翼』ギルドには、言葉と時間を操り、チームの心を守り、失敗すら力に変える一人の受付嬢がいた。
アリサの真の価値が試される、最後にして最大のクエストが、今始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
第4の魔法「PDCAサイクル」、いかがでしたでしょうか。
仕事をしていると、どうしても「Do(実行)」ばかりに追われ、「終わった! よし次!」と「Check(振り返り)」をおろそかにしてしまいがちです。しかし、ほんの5分でも「何が良くて、何が悪かったのか」を言語化し、「次はこうしよう」というルール(Action)を作るだけで、私たちの成長速度は劇的に変わります。
レオたちのように、失敗を「財産」に変える感覚を、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
さて、いよいよ次が最終シリーズ(第5弾)となります!
未曾有の危機「スタンピード」を前に、ギルド全体を一つにまとめる究極の目標設定術【SMARTの法則】と、アリサ自身の集大成【メタ認知】を描きます。
完結まで残りわずか。最後までアリサたちの奮闘を一緒に見届けていただければ幸いです!




