【心理的安全性】全滅しないチーム作り 4/5
レオは、ゆっくりとゴルドとミーナの前に歩み寄った。
ゴルドは反射的に身構え、ミーナは杖を胸に抱いて視線を落とす。かつて最強を誇った『蒼天の流星』の間に流れる空気は、触れれば切れるほどに冷え切っていた。
レオは深く息を吸い込み、そして――深々と頭を下げた。
「……すまなかった」
その言葉に、一番驚いたのはゴルドだった。
「レ、レオ!? な、なんだよ急に、頭なんて下げて……」
「アリサに言われるまで、気づかなかった。俺は、お前たちを死なせないために厳しくしているつもりだったが……実際はお前たちを『ミスを隠さなきゃいけない』ほど追い詰めていた。ゴルド、お前の装備に不備があったのは、お前だけのせいじゃない。点検の時間を十分に取らず、強行軍を強いた俺の責任だ」
レオの言葉は、これまでの彼からは想像もできないほど、穏やかで誠実だった。
「ミーナ、お前の詠唱ミスも……俺が背後を気にせず突っ込みすぎたせいだ。お前は俺を信じて魔法を撃とうとしていたのに、俺はお前を疑った。本当に、すまない」
ミーナの瞳が、じわりと涙で潤んだ。
「……もう。今さら謝るなんて、ずるいわよ」
「ああ、ずるいよな。……だから、もう一度チャンスをくれないか。来週の『大地の竜』。このままの俺たちじゃ、全滅する。でも、今度こそ『本当のこと』を言い合えるチームとして挑みたいんだ」
レオは顔を上げ、二人を見つめた。
「新しいルールを作ろう。どんな些細なミスでも、違和感でも、気づいた瞬間にその場で共有する。それを聞いた奴は、絶対に相手を責めない。ミスは『個人の責任』じゃなく、『チームの課題』として、全員でどうリカバーするかだけを考えるんだ。アリサの言う……『心の盾』ってやつだ」
ゴルドは、震える手でレオの肩を叩いた。
「……ああ。そう言ってくれるのを、待ってた。俺、本当は怖かったんだよ。お前に嫌われるのが、怖くてたまらなかった」
「わかってる。悪かったな、ゴルド」
ミーナも鼻を啜り、ようやく顔を上げた。
「……わかったわよ。でも、レオがまた怒鳴り始めたら、私、今度こそ本当に抜けるからね!」
「……ああ。その時は、アリサに思いっきり叱ってもらうさ」
レオがアリサの方を見て、少しだけ照れくさそうに笑った。
アリサは胸をなでおろし、自分も笑顔で頷いた。ギルドの地下の隅に、昨日までなかった「安心の空気」が、確かに芽生えた瞬間だった。
一週間後。
いよいよ、西の山脈に潜む『大地の竜』の討伐当日がやってきた。
ギルドのカウンターで彼らを見送るアリサの前に、以前とは見違えるほど晴れやかな表情の三人が立っていた。
「行ってくる、アリサ。今日はお前の教えを信じて戦うよ」
「はい! 皆さん、ご武運を!」
三人が去った後、ギルド内には緊張した空気が漂っていた。
なにせ相手は、一国を滅ぼしかねない巨大な竜だ。どんなに連携が取れていても、死と隣り合わせの戦いであることに変わりはない。
数時間後。
ギルドの通信クリスタルに、カイルが真っ青な顔で駆け寄った。
「支部長! 『蒼天の流星』から緊急通信です! 戦闘中に……アクシデントが発生した模様です!」
アリサの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
「アクシデント!? そんな、せっかく心が通じ合ったのに……!」
「場所は山脈の中腹! ゴルドの盾が、竜の咆哮を至近距離で浴びてヒビが入ったそうです! 前衛の防御が崩れた! このままじゃ踏み潰される!!」
カイルの絶叫に、ギルド内が騒然となる。
しかし、アリサは不思議と落ち着いていた。バインダーを握りしめ、通信機の向こう側にいる彼らの姿を想像した。
――大丈夫。今の彼らなら、その絶望的な状況ですら「情報」に変えられるはず。
通信クリスタルから、レオの声が響いた。
それは焦りや怒りではなく、極限状態の中でも冷静さを保った、仲間を信じるリーダーの声だった。
『……全員、聞け! ゴルドの盾はあと一撃で砕ける! これも計算に入れろ、隠す必要はない! ミーナ、十秒後に盾が砕ける瞬間に、俺とゴルドを「風の壁」で後方に吹き飛ばせ! 竜の踏みつけをその反動で回避する!』
『了解! 準備完了よ、レオ!』
『ゴルド、お前のミスじゃない、盾の寿命だ! 砕けるまでその身で支えろ! あとは俺たちが繋ぐ!』
『……おうよ!! やってやる!!』
絶体絶命の瞬間。
彼らは「盾が壊れた」という致命的なミス(状況)を瞬時に共有し、それを責めることなく、即座に次の策へと繋げていた。
そして。
夕闇が迫る頃、王都の空に勝利を知らせる赤い魔導花火が打ち上がった。




