十五話 勝敗予想♦
三人称です。
宇宙空間に漂うコロニーには日の出日の入りが存在しない。昼や夜と決められた時間に従って、コロニー内を照らすための採光ミラーの角度を変えて光の侵入量を調整し、昼と夜を再現している。
だから、コロニーに住む人々は夕暮れ時の茜空を知らない。知っているのは、定時になるとすぐさま訪れる、この暗闇だけだ。
急速に明かりを失っていく世界の中、凛音は演習場の中央で争う青と赤を見つめていた。
「流石はイーリさんの教え子。いい動きだ」
「ひゃっ!?」
至近距離からした人の声に驚いて、凛音が素っ頓狂な声を上げる。
素早く振り返ると、そこにはニヤッと人の悪い笑みを浮かべる白髪の男――エルフィ・ラフの姿があった。
「教官ッ! 悪ふざけはよしてください!」
よほど驚かされたのが嫌だったのだろう。強い口調で抗議する。心なしか、目尻に涙が浮かんでいるようにも見える。
「すまんすまん。表情が固かったからほぐしてやろうと思ってな」
飄々と嘯く教官に凛音はしばらくジトッとした目線を送り続けたが、そんな事をしている場合ではないと思い直し、視線を元の方向に戻した。
視線の先では、イーグルと赤の機体が素早い攻防を交わしている。特に赤色の方は、イーグルのそれより柔らかく、滑らかな動きだ。凛音はその動きを可能とさせる技術に心当たりがあった。
「あの赤色の機体、人造筋繊維を使用していますね」
「よく分かったな。あまりポピュラーな技術じゃないんだが」
教官が感嘆する。それもそのはず、レジデントで人造筋繊維は、ファイターにしか使われていないマイナーなものだからだ。技術者でも知らないものは多い。
「大和ではよく使われているんです。私が向こうで整備していた機体も採用されてましたし」
「あんな不安定で手入れが大変なもの、よく導入したもんだ……」
教官の言うように、人造筋繊維はBHFのパワーソースとしては安定せず、扱いにくいものだ。しかも有機素材のため損耗が激しく、頻繁に整備を挟まなければいけない。とても軍用の機体に採用できたものではない。
もちろん利点はある。サーボモーターよりも動作音が小さいことや柔動補助器と併用することで規格外の動きの滑らかさを得ることが出来ることなどだ。
現に、デメリットに目をつぶれば目の前で猛攻を振るっているファイターの様な高性能の機体を作り上げることは不可能ではない。そのような可能性を人造筋繊維は秘めている。
「リレイさんは」
不意に、ポツリと凛音が呟く。
「多分勝てない、か?」
凛音の言葉を補完するように教官が繋ぐ。
「確かに、客観的に見ればそうかもしれないな。あの赤いBHF――ファイターは重力下の高速戦闘を想定したものだし、イーグルは左腕がない不完全な状態だ」
だが、と教官は自分自身の発言を否定する。
「リレイがイーグルに乗っているときは別だ。あのコンビは、時として数値以上の力を発揮する。まだ負けると決めつけるには少しばかり早いと思うぞ」
「高評価なんですね」
「まあ、俺の弟子なわけだしな。それに――お前を元気づけるのは護衛兼教官の俺の役目だ」
意外な言葉に、凛音が目を瞬かせる。
「もしかして、励ましてくれてるんですか? 私がリレイさんが負けそうで、責任を感じて落ち込んでると思って?」
教官は答えない。追及するように追ってくる凛音の目線から逃れようと視線を泳がしている。
「心配しなくても大丈夫ですよ。別に落ち込んでなんていませんから。それに、さっき教官は私の言葉に『多分勝てない』って付け加えましたけど……」
思わせぶりに言葉を切って、凛音は続ける。
「私が言おうとしたのは『多分勝てる』なので、誤解の無いように」
「ッタァ~」
謎のうめき声を上げながら、こめかみを押さえる教官。
そんな凛音と教官のやり取りをよそ目に、二機の戦いは激しさを増していく。




