壊すべき夢と、覚悟のステージ
『彼女の夢を、壊してほしい』
高坂から届いた依頼。
俺は何度も画面を見直した。
そこに映っている女性。
知っている。
忘れるはずがない。
桐谷美咲。
俺が初めて憑依した相手。
セリフを言えず、震えていた新人女優。
あの日。
彼女は俺に言った。
「私、助けてもらった気がします」
その笑顔を覚えている。
だからこそ。
意味が分からなかった。
「夢を……壊す?」
高坂は黙っていた。
「どういうことだよ」
「依頼人は、桐谷本人だ」
「本人が?」
俺は驚いた。
「自分の夢を壊してほしいなんて、どういう意味だ」
桐谷さんと会ったのは、撮影現場だった。
以前とは違っていた。
堂々としている。
スタッフと笑顔で話している。
もう、あの日の新人ではなかった。
「黄泉代さん」
彼女は俺を見ると笑った。
「お久しぶりです」
「……売れましたね」
俺が言うと。
彼女は少し寂しそうに笑った。
「そう見えますか?」
話を聞いた。
彼女は今、人気女優への階段を上っていた。
出演依頼も増えた。
雑誌にも載るようになった。
夢だった。
ずっと夢だった。
でも。
「苦しいんです」
彼女は言った。
「え?」
「演技が楽しくないんです」
理由は簡単だった。
周囲が求める「桐谷美咲」。
清純派。
期待の新人。
誰からも愛される女優。
彼女は、それを演じ続けていた。
「私は……」
彼女は拳を握る。
「いつからか、自分じゃなくなった気がするんです」
俺は黙った。
その気持ちは。
少し分かる気がした。
俺も。
誰かになるたび思う。
この人生は素晴らしい。
でも。
これは俺の人生じゃない。
「だからお願いがあります」
桐谷さんが言う。
「私を、失敗させてください」
「……何を?」
「次の大事なオーディションで」
彼女は言った。
「私が選ばれないようにしてほしい」
「無理です」
俺は即答した。
桐谷さんは驚いた。
「どうして?」
「俺の能力は、あなたが本当に助けを求めないと使えません」
「でも……」
「それに」
俺は続けた。
「夢を壊すことは、助けることじゃないと思います」
その日は帰った。
でも。
気になった。
彼女の顔。
あの時の顔。
助けを求めていた。
数日後。
オーディション当日。
桐谷さんは控室にいた。
震えている。
「怖いです」
小さな声。
「また、作った自分を演じるのが」
その瞬間。
聞こえた。
『助けて』
そして。
俺の中にも。
――助けたい。
能力が発動した。
目を開ける。
俺は桐谷美咲になっていた。
鏡を見る。
懐かしい。
でも。
前とは違う。
昔は、この身体で主役の景色を見て感動した。
今は。
彼女の苦しみが分かる。
オーディション会場。
審査員の前。
台本を渡される。
「お願いします」
演技開始。
いつもの桐谷美咲なら。
完璧に演じる。
でも。
俺は違うことをした。
少し崩した。
少し間を取った。
完璧じゃない演技。
でも。
本当の感情を込めた。
「ありがとうございました」
終わる。
審査員は沈黙。
そして。
一人が言った。
「……今の演技」
「君自身が出ていたね」
数日後。
結果。
桐谷美咲は選ばれた。
「嘘……」
彼女は結果を見て呟く。
「壊れなかった」
俺は笑った。
「壊す必要なんてなかったんです」
「え?」
「あなたが壊すべきだったのは」
少し間を置く。
「夢じゃなくて」
「夢のために作った偽物の自分だったんです」
帰り道。
高坂が言った。
「今回、金にならなかったな」
「いいんだ」
俺は答える。
「でも」
高坂は笑う。
「お前、変わったな」
「そうか?」
「ああ」
「最初は主役の景色ばかり見てた」
「今は?」
俺は少し考える。
「その人が、その人らしく立ってる場所を見るようになった」
夜。
部屋に戻る。
机の上。
昔の演技ノート。
『いつか主演になる』
その文字を見る。
まだ消せない。
でも。
少しだけ書き足す。
『誰かを演じることで、誰かを知る』
その時。
スマホが鳴る。
高坂から。
『次の依頼』
写真。
そこに映っていたのは。
一人の老人。
依頼内容。
『最後に、もう一度だけ妻に会いたい』
俺は画面を見る。
胸の奥が少し痛んだ。
「最後……か」




