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キャンパスとキャンバス

『彼女は、自分の人生を諦めようとしている』


高坂から届いた依頼。


添付された写真。


そこには、一人の女性が写っていた。


名前は――


朝倉凛あさくら りん


二十二歳。


大学を卒業したばかり。


しかし。


今は部屋からほとんど出ない。


「引きこもりか?」


俺が聞くと、高坂は首を振った。


「違う」


「じゃあ?」


「自分には何もないと思ってる」


その言葉が妙に引っかかった。


朝倉さんの部屋は、綺麗だった。


散らかっているわけでもない。


ただ。


生活感がなかった。


まるで。


誰かがいつ帰ってきてもいいような。


時間だけが止まっている。


「黄泉代さんですね」


彼女は小さな声で言った。


「母から聞きました」


「はい」


「でも」


彼女は続ける。


「無駄ですよ」


その言葉。


俺は聞いたことがあった。


「私を助けても意味ないです」


彼女は昔、絵を描くのが好きだった。


小さい頃から褒められた。


将来は画家になりたい。


そう思っていた。


でも。


美大に入って。


周りを見た。


自分より上手い人間ばかりだった。


努力しても追いつけない。


評価されない。


次第に。


描くことが怖くなった。


「私より才能のある人なんて、いくらでもいる」


彼女は言った。


「だったら、私がいる意味なんてないですよね」


その瞬間。


俺は能力が発動しないことに気づいた。


彼女は苦しんでいる。


でも。


助けを求めていない。


ただ。


諦めている。


「今日は帰ります」


俺が言うと。


彼女は少し驚いた。


「え?」


「また来ます」


「……なんで?」


俺は答える。


「まだ、あなたの話を全部聞いてないからです」


数日間。


俺は彼女のもとへ通った。


絵を見せてもらった。


昔描いたもの。


高校時代の作品。


そこには。


今よりずっと下手な絵。


でも。


楽しそうだった。


「この頃の絵」


俺が言う。


「好きです」


「下手ですよ」


「うん」


即答すると、彼女は少し睨んだ。


「でも」


俺は続けた。


「楽しそうだから」


彼女は黙った。


ある日。


彼女が言った。


「黄泉代さんは、夢、ありますか?」


「あります」


「叶わなくても?」


少し考える。


昔なら。


「あります」


と言えなかったかもしれない。


でも。


今は違う。


「あります」


俺は答えた。


「役者です」


「売れてないですけど」


彼女は少し笑った。


「それでも?」


「ああ」


「なんで?」


俺は答える。


「好きだから」


その瞬間。


彼女の目から涙が落ちた。


「……ずるいですね」


「何が?」


「そんな簡単に言えるなんて」


声が震える。


「私だって……」


「本当は」


そこで。


彼女は言葉を止めた。


そして。


初めて。


心の奥の声が聞こえた。


『助けて』


小さな。


でも確かな願い。


そして。


俺も願う。


――この人に、もう一度描いてほしい。


光が走った。


目を開ける。


俺は彼女の身体になっていた。


目の前には。


真っ白なキャンバス。


筆を持つ。


手が震える。


怖い。


失敗するのが怖い。


評価されないのが怖い。


でも。


俺は筆を動かした。


上手い絵を描こうとしない。


認められる絵じゃない。


ただ。


描きたいものを描く。


数時間後。


キャンバスには一枚の絵。


完璧じゃない。


でも。


そこには。


朝倉凛という人間がいた。


憑依が解ける。


彼女はキャンバスを見る。


しばらく黙る。


「……」


そして。


小さく笑った。


「久しぶりです」


「え?」


「絵を描いて、楽しいって思いました」


帰り道。


高坂が言った。


「今回は長かったな」


「ああ」


「すぐ憑依できなかった」


「うん」


俺は考える。


「能力って」


「便利じゃないんだな」


高坂を見る。


「相手が変わりたいと思わないと、何もできない」


高坂は頷いた。


数日後。


朝倉さんから連絡が来た。


『小さな展示会に応募しました』


添えられた絵。


そこには。


一人の人間が描かれていた。


不器用で。


迷っていて。


それでも前を向いている。


夜。


俺はオーディションへ向かう。


結果はまだ分からない。


でも。


不思議と怖くなかった。


落ちても。


また挑めばいい。


その時。


高坂から新しい通知。


『次の依頼』


写真を見る。


そこには。


小学生くらいの男の子。


依頼内容。


『父親の記憶を取り戻してほしい』


俺は画面を見る。


そして呟く。


「俺は今日も――」


歩き出す。


「誰かを演じる」


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