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主役の代償と悪魔の誘惑

『俺が憧れた俳優を助けてほしい』


高坂から届いた依頼。


その文章を見た瞬間、俺は画面を二度見した。


添付された写真。


そこに映っていた男を、俺は知っていた。


いや。


知っているなんて言葉では足りない。


俺が役者を目指すきっかけになった人物。


神谷蒼真かみや そうま


日本中が知る人気俳優。


数々の映画で主演を務め、賞も取った。


俺とは正反対の場所にいる人間。


「……なんで、この人が」


高坂は腕を組む。


「数年前から活動を休止してる」


「理由は?」


「演技ができなくなった」


俺は黙った。


「人気俳優が?」


「そうだ」


高坂は依頼書を見る。


「もう一度、舞台に立ちたいらしい」


神谷蒼真がいる場所は、都内の小さな稽古場だった。


テレビで見る華やかな姿はなかった。


痩せた身体。


疲れた目。


別人のようだった。


「君が……黄泉代君か」


「はい」


神谷さんは笑った。


でも。


その笑顔には力がなかった。


「不思議だね」


「何がですか?」


「君みたいな人に頼むなんて」


俺は少し引っかかった。


「どういう意味ですか」


「君は、俺になりたいんだろ?」


心臓が跳ねた。


「……」


「顔を見れば分かるよ」


神谷さんは苦笑した。


「昔の俺も、そうだったから」


神谷さんは語った。


売れない時代。


何年もオーディションに落ちたこと。


初めて主演をもらった時の喜び。


そして。


売れてからの苦しみ。


「期待されるって、怖いんだ」


彼は言った。


「次も成功しなきゃいけない」


「前より良いものを見せなきゃいけない」


「いつの間にか、演技が楽しくなくなった」


俺は何も言えなかった。


それは。


俺がずっと欲しかった悩みだったから。


数日後。


神谷さんは舞台復帰のための稽古を始めた。


しかし。


台本を持つ手が震える。


セリフが出ない。


「すみません」


何度も謝る。


その姿を見て。


俺の胸が痛んだ。


この人は。


演技が嫌いになったんじゃない。


好きだからこそ、苦しくなったんだ。


夜。


二人きりの稽古場。


神谷さんは舞台中央に立っていた。


「怖い」


小さく呟く。


「また失敗したらと思うと」


その瞬間。


聞こえた。


『助けてほしい』


そして。


俺の中にも生まれる。


――助けたい。


光が走った。


目を開ける。


鏡を見る。


そこにいたのは。


神谷蒼真。


俺が何度もテレビで見た顔。


俺が憧れた姿。


「……」


声を出す。


同じ声。


身体を動かす。


同じ仕草。


全部が自然だった。


舞台稽古。


照明が当たる。


スタッフ全員が俺を見る。


その瞬間。


胸が震えた。


これだ。


俺が欲しかったもの。


誰もが俺を見る。


俺の言葉を待っている。


俺は演じた。


完璧だった。


セリフ。


表情。


間。


全部。


監督が叫ぶ。


「素晴らしい……!」


拍手。


その音を聞いた瞬間。


危険な考えが浮かんだ。


――このままでいいんじゃないか。


この身体なら。


この名前なら。


俺はずっと主役でいられる。


その瞬間。


神谷さんの記憶が流れ込んできた。


初めて舞台に立った日。


失敗して笑われた日。


それでも楽しかった日。


誰にも評価されなくても。


演じることが好きだった頃。


俺は気づいた。


俺が欲しかったのは。


神谷蒼真になることじゃない。


神谷蒼真が積み重ねたものだった。


でも。


それは俺のものじゃない。


憑依が解ける。


俺は客席に座っていた。


舞台の上には、神谷さん。


震えている。


怖がっている。


でも。


一歩踏み出した。


「……」


セリフ。


少し詰まる。


でも。


続ける。


最後まで。


演技が終わる。


静かな拍手。


大きな拍手じゃない。


でも。


本物だった。


帰り道。


高坂が聞いた。


「どうだった?」


俺は少し考える。


「主役って」


「うん」


「楽しいだけじゃないんだな」


高坂は笑った。


「分かったか?」


「ああ」


俺は空を見る。


「俺は主役になりたい」


「でも」


少し間を置く。


「誰かの人生を借りてじゃなくて」


「俺自身でなりたい」


その夜。


久しぶりにオーディション情報を見る。


応募ボタンを押す。


役は小さい。


でも。


これは黄泉代の役だ。


その時。


スマホが鳴った。


高坂から。


『次の依頼』


添付された写真。


若い女性。


そして。


依頼内容。


『彼女は、自分の人生を諦めようとしている』


俺は画面を見る。


胸が痛む。


でも。


もう迷わない。


立ち上がる。


「俺は今日も――」


少し笑う。


「誰かを演じる」


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