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決裂と十年の重圧

『俺の代わりに、父親に会ってほしい』


その依頼文を見た時。


俺は少し違和感を覚えた。


「……代わりに会う?」


高坂に聞く。


「ああ」


「それって、憑依して話をするってことか?」


「そうなるな」


俺は首を傾げる。


「でも、本人がそこにいるなら……」


「会えないんだよ」


高坂は答えた。


「父親に」


依頼人の名前は、


藤原直人ふじわら なおと


二十五歳。


会社員。


そして。


父親と十年間、会っていない男だった。


待ち合わせ場所の喫茶店。


直人さんは、ずっとコーヒーを見つめていた。


「父に会いたいんです」


「なら……」


俺が言いかけると。


彼は首を横に振った。


「無理です」


「なぜですか?」


少し沈黙。


「怖いんです」


その言葉。


聞き覚えがあった。


舞台に立つ人間。


試合に挑む人間。


みんなが持っていたもの。


失敗する恐怖。


拒絶される恐怖。


「何を伝えたいんですか?」


俺が聞く。


直人さんは答えなかった。


しばらくして。


小さな声で言う。


「……謝りたい」


十年前。


父親と大喧嘩した。


父は厳しかった。


「男なら夢を見るな」


「安定した仕事につけ」


そう言われた。


直人さんは反発した。


「俺の人生だ」


そう言って家を飛び出した。


しかし。


その後。


一度も帰れなかった。


父親の家へ向かう。


古い一軒家。


玄関の前で。


直人さんは震えていた。


「やっぱり……」


「帰ります」


その瞬間。


俺には分かった。


彼は会いたい。


本当は。


ずっと。


「直人さん」


俺は言う。


「あなたは、何を一番怖がっているんですか?」


彼は黙る。


そして。


「父に怒られることじゃない」


「じゃあ?」


「……父が、もう俺のことを必要としてないことです」


その瞬間。


聞こえた。


『助けて』


そして。


俺の心にも。


――助けたい。


能力が発動した。


目を開ける。


俺は直人さんの身体になっていた。


目の前には。


父親。


「……直人か」


低い声。


俺は頭を下げた。


「久しぶり」


父親は何も言わない。


部屋には時計の音だけ。


「ごめん」


最初に出た言葉は、それだった。


父親の表情が変わる。


「何に対してだ」


「勝手に出ていったこと」


「……」


「意地張ってたこと」


声が震える。


これは演技じゃない。


直人さんの感情だ。


十年間、言えなかった言葉。


父親は黙っていた。


そして。


小さくため息をついた。


「馬鹿だな」


その一言。


「そんなことを言うために、十年もかかったのか」


俺は顔を上げる。


父親は続けた。


「俺だって謝りたかった」


「……え?」


「お前の夢を否定したこと」


部屋の空気が変わる。


「親だから正しいと思っていた」


「でも」


父親は笑った。


「間違えることもある」


その夜。


憑依が解けた。


直人さんは自分の身体に戻った。


父親の家から出てくる。


「ありがとうございました」


彼は言った。


「父は、昔のままでした」


「でも」


笑う。


「俺も、昔のままだったんですね」


帰り道。


高坂が聞いた。


「どうだった?」


俺は少し考えた。


「難しいな」


「何が?」


「演じるって」


俺は夜空を見る。


「その人になることだと思ってた」


「でも違った」


「その人が、本当に言いたかったことを見つけることなのかもしれない」


高坂は黙っていた。


数日後。


俺は久しぶりにオーディション会場へ向かった。


役は小さな脇役。


昔なら落ち込んでいた。


でも。


今は少し違う。


受付の前で深呼吸する。


俺は俺だ。


誰かになるんじゃない。


今日は。


黄泉代として演じる。


面接官が言った。


「では、演技をお願いします」


台本を開く。


一歩前へ。


その瞬間。


スマホが震えた。


高坂からだった。


『緊急依頼』


画面を見る。


写真。


そこに映っていた人物を見て。


俺は固まった。


そこにいたのは――


俺が憧れ続けた、人気俳優だった。


依頼内容。


『彼を助けてほしい』


俺は画面を見つめる。


「……嘘だろ」


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