↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
63/64

憑依代行黄泉代 世知辛閻魔大王編 第二幕


 高坂清優朗は、閻魔大王の執務室を出た。


 手には、何枚もの書類。


 先ほど閻魔から渡されたものだ。


「……多すぎるだろ」


 廊下を歩きながら、一枚ずつ確認する。


 黄泉の国一時滞在申請書。


 生者入国理由書。


 現世身体保全申請書。


 憑依経験者特別確認書。


「俺、帰りたいだけなんだけどな……」


 とりあえず、近くの役所へ向かう。


 中へ入ると、驚くほど静かだった。


 着物姿の老人。


 明治時代のような服装の男。


 スーツ姿のサラリーマン。


 制服姿の女子高生。


 時代も服装もバラバラだ。


 しかし、誰も喋らない。


 全員、黙って順番を待っている。


「……」


 高坂は列の最後尾に並んだ。


 しばらくして、自分の番が来る。


「次の方、どうぞ」


「すみません。これを……」


 書類を差し出す。


 職員は一枚ずつ確認していく。


「黄泉の国一時滞在申請書」


「はい」


「生者入国理由書」


「はい」


「現世身体保全申請書」


「はい」


「憑依経験者特別確認書」


「はい」


 職員の手が止まる。


「……」


「何か?」


「この生者入国理由書ですが」


「はい」


「もう少し詳しくお願いします」


「韓国マフィアに襲われて、そこで……」


「韓国マフィア?」


「はい」


「……」


 職員が別の紙を取り出した。


「こちらに詳しい経緯を」


「これも書くんですか?」


「はい」


「さっきの書類では?」


「こちらは補足資料用です」


「……」


 高坂は黙ってペンを取った。


---


 それから一時間。


「ここには何を書けば?」


「現世での最終所在地です」


「病院です」


「病院名を」


「○○病院です」


「正式名称で」


「……」


---


 二時間後。


「この印鑑は?」


「生者専用の印鑑が必要です」


「そんなの持ってませんよ」


「では、印鑑登録からお願いします」


「……」


---


 三時間後。


「印鑑登録には本人確認書類が必要です」


「その本人確認書類は?」


「現世身体保全申請書の受理証明が必要です」


「その受理証明は?」


「現世身体保全申請書を受理してからになります」


「……」


 高坂は天井を見上げた。


「……これ、俺が悪いんですか?」


「いいえ」


「じゃあ誰が悪いんです?」


「規則ですので」


「……」


---


 昼を過ぎた。


 高坂は役所の休憩スペースでパンを食べていた。


 朝から何も食べていない。


「……疲れた」


 隣では、江戸時代の格好をした老人たちが弁当を食べている。


 向かいでは、昭和風のスーツを着た男たちが新聞を読んでいる。


 平成女子高生たちは楽しそうに話している。


 誰も互いに話しかけない。


 明確にお互いに距離がある。


 高坂はふと気づく。


「……世代ごとに固まってるのか?」


 誰も答えない。


 黄泉の国にも、世代間距離はあるってわけか。


---


 午後四時。


「こちらで結構です」


 窓口の職員が書類をまとめる。


「ようやく……」


「一時滞在申請書、受理します」


「……はい」


「ただし、審査には七日ほどかかります」


「…………」


 高坂の動きが止まる。


「七日?」


「はい」


「俺、明日帰れないんですか?」


「審査が終われば」


「じゃあ、七日間ここにいなきゃいけない?」


「一時滞在者として登録されますので」


「……」


 高坂は椅子に深く腰を下ろした。


「七日……」


 その様子を見ていた職員が、少し申し訳なさそうにする。


「……あの」


「はい?」


「実は、別の方法もあります」


「?」


「閻魔大王による特例申請です」


「特例?」


「はい。閻魔様から直接、現世への帰還許可を出していただく方法です」


「それなら、最初からそれでお願いします」


「……」


 職員の顔が曇った。


「ただ……」


「はい」


「特例申請書は……」


「はい」


「……誰も出したがりません」


「なぜ?」


「とにかく書類が多いんです」


「……」


「それに、閻魔様だけでは作れません」


「どういうことです?」


「役所が全面的に協力する必要があります」


「なら、お願いすればいいじゃないですか」


「そう簡単には……」


 職員は苦笑いする。


「特例ですから」


「……」


 高坂はゆっくり立ち上がった。


「じゃあ……」


「はい」


「とりあえず七日間、待つしかない?」


「そうなります」


「……分かりました」


 高坂は役所を出た。


---


 翌日。


 閻魔の執務室。


「特例申請書ぉ!?」


 閻魔が頭を抱えていた。


「嫌だ!!」


「まだ何も頼んでませんけど」


「絶対に嫌だ!!」


「……」


「特例申請書なんざ、何百年ぶりだと思ってんだ!」


「そんなに大変なんですか?」


「大変に決まってんだろ!」


 閻魔は机の引き出しを開ける。


 大量の書類が雪崩のように落ちてくる。


「これだよ!!」


「……」


「生者帰還特例申請書!」


 一枚。


「現世身体保全確認書!」


 二枚。


「憑依状態解除確認書!」


 三枚。


「黄泉国滞在経緯報告書!」


 四枚。


「閻魔大王特例決裁申請書!」


 五枚。


「……」


「まだまだあるぞ!」


「……」


 高坂は無言で書類を見つめた。


「これ、全部書くんですか?」


「そうだよ!」


「閻魔さんも?」


「俺もだよ!」


「……大変ですね」


「他人事みてぇに言うな!」


 閻魔が椅子に座り直す。


「しかもなぁ」


「はい」


「一時滞在申請が受理されてねぇと、特例申請は出せねぇ」


「えぇ……」


「だから七日待て」


「分かりました」


「おう」


「じゃあ、帰ります」


「おう」


 高坂は部屋を出ていく。


「……」


 閻魔が一人、書類を見る。


「……ったく」


 小さく呟いた。


「昔はこんなもんなかったんだけどなぁ……」


---


 高坂は街を歩いていた。


「七日間か……」


 帰ることはできない。


 やることもない。


 ならば。


「……見て回るか」


 高坂は辺りを見渡した。


 古びた木造建築。


 着物姿の人々。


 その先には、レンガ造りの建物。


 さらにその先には、昭和の商店街。


 そして、その向こうには見慣れたコンビニのような店まである。


「……」


 高坂は、道端に立つ案内板を見る。


 そこには地図が。


 地図の上に書かれた大きな文字。


 黄泉の国。


 そして、その地図には


 六つの区が記されていた。


 ――江戸区。


 ――明治区。


 ――大正区。


 ――昭和区。


 ――平成区。


 ――令和区。


「……六つもあるのか」


 高坂は少し考えた。


「七日間もあるしな」


 そして、一番近くにあった区画へ向かうことにした。


 ――江戸区。


「まずはここからだな」


 高坂は歩き出した。


 この時、高坂はまだ知らなかった。


 たった七日間の暇つぶしが――


 黄泉の国の人々と、そしてこの国そのものと関わることになるとは。


 もちろん。


 高坂本人は、そんなことを考えていなかった。


「……七日か、長いな」


 ただ、それだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。