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憑依代行黄泉代 世知辛閻魔大王編 開幕


 ――高坂は、目を覚ました。


「……?」


 最初に目に入ったのは、灰色の空だった。


 雲があるわけでもない。


 雨が降っているわけでもない。


 ただ、空気そのものが灰色に濁っている。


「……ここ、どこだ?」


 身体を起こす。


 辺りを見渡す。


 そこには、古びた木造建築が並んでいた。


 瓦屋根。


 格子戸。


 軒先に吊るされた提灯。


 まるで江戸時代の町並みだった。


 しかし――


「……人、多くないか?」


 道を歩いているのは、一人や二人ではない。


 数え切れないほどの人間が歩いている。


 着物姿。


 洋服姿。


 学生服。


 スーツ。


 作業着。


 さらには、明らかに現代の若者までいる。


 高坂は眉をひそめた。


「……時代がバラバラだ」


 そのとき。


「あの……」


 一人の女性が高坂の横を通り過ぎようとした。


「すみません」


「はい?」


「ここは、どこですか?」


 女性はきょとんとした。


「……黄泉の国ですけど」


「……」


 高坂は黙った。


「……黄泉の国?」


「はい」


「俺、死んだの?」


「え?」


 女性は首を傾げる。


 「え・・・」


 高坂はキョトンとする。


「……俺は死んでないと思うんだが?」


「は、はぁ……」


 女性の目は不審な人を見る目。


 高坂は周囲を見渡した。


「なんで俺はここにいるんだ?」


「知りませんよ……」


「……」


「私に聞かれても困ります」


 女性は怯えたように頭を下げ、その場を離れていった。


「……住民もよく分かってないのか」


 高坂は歩き始めた。


 しばらく進んで、また別の男に声をかける。


「すみません」


「はい?」


「ここは本当に黄泉の国なんですか?」


「そうですよ」


「いつからあるんですか?」


「さぁ……」


「さぁ?」


「俺、昭和に死んだんで」


「……」


「詳しいことは、役所の人に聞いてください」


「役所?」


 男が指を差す。


「あっちです」


 その先には、巨大な木造建築があった。


 入口には長蛇の列。


 高坂は目を細める。


「……あれ、何の列ですか?」


「転生申請です」


「……」


「転生申請?」


「えぇ、そうですけど・・・」


「行けば、転生受付はしてくれますけど・・・」


「じゃあ、あそこに行けばいいのか?」


「だいぶ混み合ってますけど・・・」


「え?」


 男性が持っている紙を見せる。


 受付待ち、二百三十七年。


「長すぎるだろ」


「まぁ、死んでますから」


「そういう問題じゃないだろ……」


 高坂は建物へ向かった。


 入口には看板。


【黄泉国死者管理局】


 その下に、さらに小さな張り紙。


【※現在、大変混雑しております】


「……」


 高坂は受付へ向かう。


「あの、ここ並んでるんですけど?」


 並んでいる人たちが不審な目で見る。


「え?」


「最後尾あっちなんですけど」


「すみません」


長い、とにかく待ちが長い。


やることもない。


列はジリジリと進んでは、止まるを繰り返す。


やっと、


やっと高坂の順番に。 


「はい」


 受付の女性は、分厚い帳簿から顔を上げた。


「どういったご用件でしょうか?」


「俺、生きてるんですけど」


「はい?」


「生きてる人間が、どうしてここにいるのか知りたいんです」


「……」


 受付嬢は困った顔をした。


「それは……管轄外ですね」


「じゃあ、誰の管轄なんですか?」


「閻魔様です」


「閻魔?」


「はい」


「閻魔大王?」


「はい」


「どこにいる?」


「現在、会議中です」


「何の会議?」


「黄泉の国人口過密対策会議です」


「……」


 高坂は黙った。


「閻魔大王って、そんな会議するの?」


「最近は毎日です」


「……」


 そのとき。


 建物の奥から怒鳴り声が響いた。


「だから言ってんだろぉぉぉ!!」


 ビクッ。


 受付嬢の肩が跳ねる。


「また始まった……」


「何が?」


「閻魔様です」


「……」


 続いて声が響く。


「土地がねぇんだよ!!」


「死者は増える!!」


「住宅は足りねぇ!!」


「転生待ちは増える!!」


「なのに予算は減らす?!!」


「どうしろってんだよ!!」


 高坂は受付嬢を見る。


「……あの人、本当に閻魔大王?」


「はい」


「随分と……」


「?」


「世知辛いですね」


「そうなんです」


 受付嬢は小さく頷いた。


「昔はよかったんですけどね……」


「昔?」


「江戸時代くらいまでは」


「……」


「今は、死者が多すぎて」


 高坂は建物の外を見る。


 江戸風の町並み。


 そこを歩く、数え切れないほどの死者。


「……どれくらいいるんですか?」


「一億人くらいじゃないですか?」


「一億!?」


「累計ですから」


「累計……」


「江戸時代から、ずっと増え続けてます」


 高坂は頭を抱えた。


「……そんなことになってるのか」


「ちょっと!!早くしてくれない?まだ終わらないわけ?」


 後ろに並ぶおばちゃんから苦情が入る。


「あっ、すいません!今、終わりますから、すいません」


 受付係が頭を下げる。


「すまない、俺のせいだ。色々教えてくれてありがとう、助かった」


 高坂は足早に去ろうとする。


 そのとき。


「おい!!」


 奥から怒鳴り声。


「そこの生きてる奴!!」


「……」


 高坂が振り返る。


「お前だよ!!」


「俺?」


「そうだよ!!」


「……」


「何勝手に黄泉の国に入り込んでんだ!!」


 廊下の奥から、一人の男が歩いてくる。


 着物。


 サンダル。


 髪は乱れている。


 目つきは悪い。


 そして何より――


 手には大量の書類。


「お前が高坂か?」


「……そうですけど」


「俺が閻魔だ」


「……」


「閻魔大王な」


 高坂は男を見る。


「……もっと怖い人を想像してました」


「うるせぇ!!」


 閻魔は書類を机に叩きつける。


「こっちはなぁ!!」


「地獄の管理もしなきゃならねぇ!」


「黄泉の国の管理もしなきゃならねぇ!」


「転生審査もしなきゃならねぇ!」


「人口問題も俺!」


「予算問題も俺!」


「苦情対応も俺!」


「最近じゃ配信までやってんだぞ!!」


「……配信?」


 閻魔の動きが止まる。


「……」


「今、何て?」


「配信」


「……」


「閻魔大王が?」


「副業だよ!!」


 高坂は黙った。


「生活費が足りねぇんだよ!!」


 閻魔はスマートフォンを取り出す。


「これ見ろ!」


 画面には――


【閻魔大王チャンネル】


 登録者数――三万二千人。


「……」


「結構いるだろ?」


「まぁ……」


「黄泉の国の生活事情とか、地獄の裏側とか配信してんだよ」


「地獄の裏側って、公開していいんですか?」


「知らねぇよ!」


「……」


 閻魔はスマホをポケットに突っ込む。


「まぁいい」


 そして高坂を睨む。


「問題は、お前だ」


「俺?」


「そうだ」


 閻魔が指を突きつける。


「生きた人間が黄泉の国に来るなんて、前代未聞だ」


「……」


「しかも、お前の身体は現世にある」


「!」


「つまり――」


 閻魔はニヤリと笑った。


「お前、まだ死んでねぇんだよ」


 高坂は息を呑む。


「じゃあ……」


「あぁ」


 閻魔は腕を組む。


「帰れる可能性はある」


「本当ですか?」


「ただし」


「ただし?」


「……」


 閻魔は大量の書類を高坂の前に置いた。


「これ全部書け」


「……」


「黄泉の国一時滞在申請書」


「……」


「生者入国理由書」


「……」


「現世身体保全申請書」


「……」


「憑依経験者特別確認書」


「……」


 高坂は書類の山を見る。


「……何枚あるんですか?」


「知らねぇ」


「……」


「俺も把握してねぇ」


「閻魔大王なのに?」


「俺だって知らねぇもんは知らねぇんだよ!!」


 黄泉の国に、閻魔の怒声が響き渡った。


 高坂は静かにため息をつく。


「……帰れるんだよな?」


「たぶんな」


「たぶん?」


「安心しろ」


 閻魔は親指を立てる。


「俺、こう見えて――」


「結構、適当だからな」


「安心できない……」


 こうして。


 現世で黄泉代と共に、数々の人間を救ってきた高坂清優朗は――


 死者一億人が暮らす、世知辛い黄泉の国へと足を踏み入れた。


 そして彼はまだ知らない。


 この国には――


 現世よりも面倒な問題が、山ほどあることを。


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