憑依代行黄泉代 死者憑き高坂編 終幕
白い天井。
規則正しく響く電子音。
「……」
高坂はゆっくりと目を開けた。
「……ここは?」
「高坂さん!!」
聞き覚えのある声。
顔を横に向ける。
「朝倉……?」
そこには、朝倉凛がいた。
「良かった……!」
凛の目から涙がこぼれる。
「本当に……無事で良かった……」
「……てか、ここは?」
「病院です」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
「……ここは、現実世界か?」
「え……?」
「あ……いや。何でもない」
高坂は天井を見つめる。
あの場所。
あの戦い。
そして――習志野。
「なんで君がここに?」
凛の表情が曇る。
「……ごめんなさい」
「?」
「私が……高坂さんをマフィアに売ったのが全ての元凶だから」
凛は、あの日のことをすべて話した。
借金。
母親の病気。
脅迫。
そして、高坂を捕まえるのに協力したこと。
一つ一つ謝りながら。
「……そっか」
「本当に……ごめんなさい」
「もういいよ」
「でも……」
「韓国マフィアはもう壊滅したんだ」
高坂は笑う。
「もう大丈夫だ」
「高坂さん……」
凛が泣き出す。
「おい」
「……」
「泣くんじゃねぇよ」
「……」
高坂は少し笑った。
「女が泣いていいのは――」
凛が顔を上げる。
「……良いんですよね?」
「ん?」
「好きな男の前なら……女は泣いていいんですよね?」
高坂は少しだけ目を細める。
「あぁ……」
「そうだったな」
凛が高坂に抱きつく。
病室の外。
その様子を、黄泉代と桐谷美咲が遠巻きに見ていた。
二人の隣には、不動。
「なぁ、黄泉代」
「なんだ?」
「お前たちの方は……順調なのか?」
「順調って?」
「いや、その……二人の関係は……」
その瞬間。
桐谷が黄泉代の頬に――
チュッ。
「なっ!?」
不動が飛び上がる。
「お、お前ら!?」
黄泉代も慌てる。
「み、美咲!?」
「何ですか?」
「いや、何ですかじゃなくて!」
桐谷は平然としている。
不動は二人を見つめる。
「……順調な、ようだな」
苦笑いする。
桐谷が口を開く。
「不動さんはどうなんですか?」
「え?」
「順調なんですか?」
「俺は……その……」
不動は頭を掻く。
「随分と前に別れちまったからな」
「じゃあ、娘さんとかは?」
「いる」
「順調なんですか?」
「……」
不動は少し黙った。
「順調……なのかな・・・」
「そりゃ良かったですね」
「……ああ」
不動は笑った。
「黄泉代」
「なんだ?」
「俺、ちょっと帰るわ」
「おう」
不動は歩き出す。
「……なぁ」
黄泉代が桐谷を見る。
「なんで娘がいるって分かったんだ?」
「え?」
「いや……」
桐谷は少し考えて。
「何となく……だよ?」
「そうか……」
黄泉代は首を傾げた。
◆
墓地。
不動は、一人で墓前に立っていた。
静かな風が吹いている。
「……美咲は」
墓石を見つめる。
「立派に育ったよ」
少しだけ笑う。
「お前に似たんだろうな」
不動は黙って手を合わせる。
少し離れた場所。
二人のレスラーが様子を見ていた。
「誰のお墓なんすかね?」
「別れた元奥さんらしいよ」
「え?」
「不動さん、奥さんいたんすか?」
「昔の話らしいけどな」
「へぇ……」
「めちゃくちゃ恐妻家だったらしいぞ」
「そうなんすね」
「不動さんの方から逃げ出したらしい」
「あの不動さんが……」
「お前ら」
「!」
背後から声。
「何ヘラヘラしてんだ」
「いや……」
一人が苦笑いする。
「女って怖いっすね、って話を……」
「ガハハハ!」
不動が豪快に笑った。
「……そうだな」
二人は顔を見合わせる。
「次、行くぞ」
「次って、どこに……?」
不動は墓を振り返る。
「一番弟子の――」
一瞬だけ、笑顔が消える。
「あいつのところさ」
二人のレスラーが黙る。
不動は空を見上げた。
◆
病室。
高坂はベッドに横たわっている。
その隣の椅子に、黄泉代が座っていた。
周囲には誰もいない。
「高坂……」
「ん?」
「その話、本当なのか?」
「あぁ」
「……」
「俺の身体に習志野が憑いてた時」
高坂は天井を見る。
「俺は――」
一度、言葉を止める。
「黄泉の国にいた」
「……」
黄泉代の表情が固まる。
「嘘だろ……」
「俺だって、そう思ってた」
「そんな話……信じられるかよ」
「俺も信じたくない」
高坂は自分の手を見る。
「でも、確かにいた」
「…」
「習志野が」
「……」
「俺の身体に入ってきたんじゃない」
高坂は静かに語る。
「あいつが、俺の中に入ってきたんじゃない」
「え……?」
「俺が――」
高坂は黄泉代を見る。
「黄泉の国の習志野と、入れ代わったんだ」
「…」
沈黙。
窓の外から、風の音が聞こえる。
黄泉代は呟いた。
「……黄泉の国」
高坂は窓の外を見る。
黄泉代が息を呑む。
「高坂……」
「……黄泉の国ってどんな場所なんだ」
「それは・・・」
黄泉代はまだ知らなかった。
黄泉の国の、恐ろしさを。
そして。
閻魔大王という男の。
正体を。




