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憑依代行黄泉代 死者憑き高坂編 第九幕


「……望むところだ」


 習志野が拳を構える。


 その瞬間――


 只野が灰皿を手に取った。


「お?」


 ブンッ!!


「うおっ!」


 灰皿が飛んでくる。


 習志野は咄嗟に横にあった椅子を掴んだ。


 ガンッ!!


 灰皿が椅子にぶつかり、床へ落ちる。


「……やるねぇ」


 只野が笑った。


「習志野」


「てめぇ……」


 二人が睨み合う。


 ジリ……


 ジリ……


 習志野が間合いを詰めていく。


 只野は一歩。


 また一歩。


「おっと……」


 気づけば。


 只野の背中は窓際だった。


「……」


 習志野が腰を落とす。


「終わりだ」


「お?」


 習志野が走り出す。


「うおおおおお!!」


 ――ドロップキック!!


 その瞬間。


 目の前から――


 只野が消えた。


「……!?」


 いや。


 消えたのではない。


 床に寝転がっている。


「?」


 床を見る。


 そこには――


 大量のワックス。


「!?」


 只野は床に寝転がったまま笑っている。


 習志野は慌てて正面を見る。


 そして――


 目の前に窓。


 止まれない。


「しまった!!」


 ――パリンッ!!


 窓ガラスが砕け散った。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 習志野の身体が外へ飛び出す。


「ここ、三階。」


 一瞬の刹那。


 脳裏によぎる。


「おっと、危ない」


 只野が窓から手を伸ばす。


 ガシッ!


「うぉっ!!」


 習志野の手を掴んだ。


「只野!!」


 だが――


 数秒後。


「……あ」


 只野の足が。


 ワックスの上を滑った。


「うわ」


「おい!!」


 ――ズルッ!!


 手が離れる。


「うおおおおお!!」


 習志野が落下する。


     *


 その頃。


 事務所の外。


 一人の男が車の中でタバコを吸っていた。


「……」


 ――パリン!!


「ん?」


 男が顔を上げる。


「……なんだ?」


 上を見る。


「……え?」


「習志野さん!?」


 男は慌てて車から飛び出した。


 周囲を見回す。


 その目に入ったのは――


 ゴミ捨て場。


 そして。


 古びたマットレス。


「……これだ!!」


 男は無我夢中でマットレスを掴んだ。


 習志野の真下へ――


 投げる。


「習志野さぁぁぁん!!」


 ――ドスン!!


「ぐはっ!!」


 習志野がマットレスへ落下した。


「……」


「……」


「……助かった?」


「……たぶん」


 習志野はマットレスの上で仰向けになった。


「……死ぬかと思った」


「俺もですよ!!」


     *


 数十分後。


 只野組事務所。


 三人は何事もなかったかのように――


 アイスを食べていた。


 只野。


 いちごミルク味のかき氷。


 「やっぱこれだよ、これ。」


 習志野。


 宇治金時のかき氷。


 「ガキみてぇなもん食いやがって、只野。」


 そして、習志野についてきた男はバニラバー。


 「やべっ、ちょっと垂れてきた!」


 只野はTシャツに半袖短パン。


 組長とは思えない格好だった。


「いやー」


 只野がスプーンを口に入れる。


「習志野」


「なんだよ」


「見事なドロップキックだった」


「うるせぇ」


 一瞬の沈黙。


「しかし、あれですね」


 男が口を挟む。


「奇跡ですよ」


「何が?」


「だって、只野さんがワックスで転んでなかったら――」


「……」


「ドロップキックをまともに食らって、そのまま二人とも窓から落ちてたかもしれない」


「……」


「それで、あそこにマットレスがなかったら――」


 三人が顔を見合わせる。


 只野はスプーンを止めた。


「……」


 そして。


「良いこと言うじゃない、君」


「え?」


 只野は笑った。


「そうなんだよ」


 かき氷を一口食べる。


「俺は――」


 ニヤリ。


「ラッキーなんだよ」


「……は?」


 只野は語り始めた。


「昔からそうだった」


「何が?」


「俺、昔からラッキーボーイなんだよ」


 習志野は半信半疑で聞いている。


「危ない目に遭っても、なぜか助かる」


「……」


「大事故に巻き込まれても、俺だけ無傷」


「……」


「金がなくなっても、なぜか次の日に臨時収入が入る」


「……」


「女に振られても、その直後にもっといい女と出会う」


「それは知らねぇよ」


「とにかく、運がいい」


 只野は笑う。


「この組だってそうだ」


「……」


「俺は別に何もしてねぇ」


「……は?」


「気づいたら、うちの幹部たちが勝手によその組の組員を引き抜いてたし」


「……」


「気づいたら、他の組で内部抗争が起きてた」


「……」


「そいつら勝手に自滅していった」


「……」


「そのうち、幹部たちが忙しくなっちゃってさ」


 只野は肩をすくめる。


「暇な俺に、組長としての仕事を全部任せてきた」


「組長なのに暇なのかよ」


「うん」


 即答。


「だって、特に何もしてないから」


「……」


「そうしてるうちに」


 只野は周囲を見回す。


「周りがどんどんしぼんでいって――」


 ニヤリ。


「いつの間にか」


「……」


「東極会でもかなりデカい組になっちまった」


 習志野は只野を見る。


「……」


 そして。


「お前――」


「ん?」


「めちゃくちゃムカつくな」


「よく言われる」


 只野は笑った。


 習志野も。


 ほんの少しだけ笑った。


 それが――


 後に旗井組と只野組を繋ぐことになる。


 習志野と只野。


 二人の男の――


 奇妙な出会いだった。


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