憑依代行黄泉代 死者憑き高坂編 始動
黄泉代が、憑依代行を休止してから数週間。
事務所は、静かだった。
あまりにも静かだった。
「……今月も赤字か」
高坂は、机の上に並べた請求書を眺めていた。
家賃。
電気代。
通信費。
事務所の維持費。
「……どうすんだ、これ」
黄泉代は休業中。
高坂も、依頼を受けることを禁止していた。
韓国マフィアに目をつけられている以上、下手に動くわけにはいかない。
だが。
金は減っていく。
「……俺まで休業してる場合じゃねえだろ」
そう呟いたものの。
何をすればいいのか分からない。
これまで高坂は、黄泉代の隣にいた。
依頼人が来れば話を聞く。
黄泉代が憑依する。
高坂がサポートする。
それだけだった。
黄泉代がいない今。
自分には何が残るのか。
「……くだらねえ」
高坂は財布をポケットに突っ込み、事務所を出た。
*
適当に歩いていた。
適当に歩いているのに、腹は減る。
人間の性。
高坂はたまらず、
目についた、たこ焼き屋に入る。
「いらっしゃいませー!」
「……ん?」
その声。
高坂は顔を上げた。
「……あ」
向こうも目を見開く。
「あなたは・・・」
「お前……」
以前、黄泉代が助けた美大生だった。
絵を描くことが好きだった女性。
朝倉凛。
「お久しぶりです!」
「何でここに?」
「バイトです」
「……絵は?」
女性は少し笑った。
「描いてますよ」
「そっか」
「地元の展示会とかで展示してもらったりしてますし……」
「そうか」
高坂は安心したように笑った。
「じゃあ、順調だな」
「……そうでもないですよ」
「え?」
「人生は、絵だけじゃないですから」
女性は、たこ焼きを焼きながら笑った。
「たこ焼き焼いてる私だって、私ですから」
「……」
高坂は何も言えなかった。
「そうか」
「はい」
「……なんか、お前変わったな」
「えへへ、そうですかね」
凛が急に高坂の顔を覗き込む。
「なに?」
「なんか、疲れてます?」
「……うるせえよ」
二人で笑った。
「じゃあ、俺は帰るから」
「はい!」
女性が手を振る。
「高坂さん!」
「ん?」
「よかったら、、、また来てくださいね!」
「……ああ」
店を出る。
しばらく歩いて。
高坂は立ち止まった。
「……俺の名前、覚えてたのか」
誰かに必要とされる。
それだけのことが。
妙に嬉しかった。
*
公園のベンチに座る。
ぼーっと空を眺める。
「いつぶりだろう、、、こんな穏やかな日は。」
「……」
すると。
「――代われ」
「……?」
声が聞こえた。
周囲を見る。
誰もいない。
「……気のせいか」
立ち上がろうとする。
その瞬間。
『……高坂』
「!」
今度は、はっきり聞こえた。
低い声。
どこか遠くから響いてくるような声。
「……誰だ?」
返事はない。
ただ。
一瞬だけ。
背後に人影が見えた
ような気がした。
「……!」
振り返る。
何もいない。
黄泉谷村の一件以降
身体に残る妙な違和感。
「……疲れてんな、俺」
高坂は頭を振った。
*
その数分後。
「あなたが高坂さん、、、ですか?」
高坂は顔を上げる。
「……?」
スーツ姿の男が立っていた。
「ミナミと申します」
「……誰だ?」
「旗井組の者です」
高坂の表情が変わる。
「旗井組?」
「習志野さんから、あなたの身の安全を任されました」
「……習志野が?」
「はい」
高坂は少し警戒する。
だが。
習志野。
その名前を出されると、どうしても無視できなかった。
「……そうか」
「最近、あなたを狙っている連中がいるのをご存知ですか」
「…韓国マフィアか」
「おそらく」
ミナミは飲み物を差し出す。
「あぁ、ありがとう」
「詳しい話は車の中で」
「……」
高坂は受け取った。
一口。
「…………」
数秒後。
「……あれ?」
「どうしました?」
「なんか……」
急に。
猛烈な眠気が襲ってきた。
「おい……」
高坂はミナミを見る。
「これ……」
視界が歪む。
「おまえ・・・何……入れ……」
そのまま。
意識が途切れた。
*
――目を覚ます。
「……っ」
頭が痛い。
身体を動かそうとする。
「……!」
動かない。
両手を縛られている。
足も固定されている。
「……ここは」
コンクリートの壁。
窓はない。
照明だけが天井からぶら下がっている。
「ここは…地下か……?」
高坂が顔を上げる。
周囲には。
スーツ姿の男たち。
十人近く。
「……お前ら」
その中の一人が前に出る。
「目が覚めたか、高坂」
「……誰だ」
「それはこちらの台詞だ」
「何?」
「お前は、いったい何者だ?」
「……は?」
男は高坂を見下ろす。
「黄泉代という男を知っているな?」
高坂の顔が強張る。
「……」
「そして」
男が続ける。
「お前たちが何をしていたのかも、我々は知っている」
高坂は黙っている。
「憑依代行」
その言葉が出た瞬間。
高坂の背筋が凍った。
「……!」
「教えてもらおうか」
男が近づく。
「黄泉代は、どうやって人間に憑依している?」
「……知らねえよ」
「嘘だ」
「本当に知らねえ!」
男は高坂の顔を覗き込む。
「ならば――」
その瞬間。
高坂の耳元で。
『――代われ』
「……!」
あの声。
また聞こえた。
今度は。
はっきりと。
『――代われ』
「……誰だ」
『――黄泉の国から』
高坂の目が見開かれる。
『――憑いてやるよ』
「…………」
高坂は息を呑んだ。
自分の中に。
何かが入ってくる。
冷たい。
だが。
なぜか懐かしい。
記憶のどこかにある何か。
そして。
高坂の口から。
自分のものではない声が漏れた。
ドスのきいた低い声。
「……黄泉代を探してるのか?」
男たちの顔色が変わる。
高坂自身も驚いていた。
「……誰だ、お前」
男たちが後ずさる。
高坂は。
ゆっくり顔を上げた。
そして。
「俺か?」
口元だけが笑った。
「俺は・・・」
「――지옥의 나라시노지.」




