憑依代行黄泉代 金髪鬼ギャル編 第九幕
事件が終わって、数日。
病院。
「……暇だ」
ベッドの上で、黄泉代が天井を見ていた。
「もう退院していいんじゃないか?」
「駄目です」
桐谷美咲が即答する。
「まだ身体が本調子じゃないんですから」
「でも元気だぞ」
「元気そうに見えるだけです」
「……厳しいなあ」
黄泉代が苦笑する。
事件は終わった。
金髪鬼ギャルも、無事に故郷へ帰った。
そして黄泉代自身も、ようやく元の身体に戻った。
長い憑依だった。
今までとは比べ物にならないほど。
それでも。
黄泉代は、いつもの黄泉代に戻っていた。
「そういえば」
桐谷が言う。
「何?」
「私、まだ聞いてもらってないことがあるんです」
「?」
桐谷は少し顔を赤くした。
「私……黄泉代さんのこと・・・」
病室のドアが開いた。
「黄泉代!」
「……ん?」
一人の女性が入ってくる。
その腕には――
赤ん坊。
「久しぶりじゃん!」
「あ……」
黄泉代の顔が変わった。
「……久しぶり」
その女性は。
黄泉代と高坂の幼馴染だった。
かつて三人で夏祭りにも行った。
だが今は。
左手に結婚指輪。
腕には赤ん坊。
「あれぇ、意識ないって高坂から聞いてたんだけど。めちゃ元気じゃん!」
「ああ」
「高坂は?」
「休憩スペースじゃないかな」
「そっか」
女性が赤ん坊を抱き直す。
「この子、見てやってよ」
「……俺が?」
「うん」
黄泉代が赤ん坊を覗き込む。
「……ちっちゃ」
「そりゃ赤ちゃんだからね」
黄泉代が笑う。
「かわいいな」
桐谷は、その顔を見ていた。
知らない。
こんな黄泉代の顔。
いつもの軽口でもない。
依頼人を演じている時の顔でもない。
ただ。
穏やかで。
優しい顔。
「……」
桐谷は立ち上がった。
「私、ちょっと出ますね」
「え?」
「すぐ戻ります」
そう言って病室を出る。
*
休憩スペース。
高坂が一人で座っていた。
「……高坂さん」
「ん?」
「どうしたんですか?」
「いや」
高坂は苦笑する。
「彼女は今、病室か」
「はい」
「行かないんですか。」
「……気まずいんだよ」
「どうして?」
「昔、好きだったから」
「……」
「別に過去の話ですし・・・」
「そうなんだが」
桐谷は隣に座る。
「気まずいですよね」
「ああ」
「でも……」
「ん?」
「彼女、誰と結婚したんですかね」
「そうだな」
「それに赤ちゃんも」
「…………」
高坂の顔が変わった。
「赤ちゃん?」
「はい」
「それ……まずくねーか?」
「え?」
「また憑依しちゃうんじゃ!」
「…………」
「…………」
「あーーー!」
二人は同時に立ち上がった。
「まずい!」
「急いで!」
*
病室。
ドアを開ける。
「黄泉代!」
「……?」
黄泉代は目を閉じて横になっていた。
「どうしたの、二人して」
「あれ、てか気づかなかったけど、貴方女優さんじゃない!」
「シッ!ここ病室だから」
高坂が静かに言う。
女性が笑う。
「黄泉代、あんたすごいじゃん。女優さん見舞いに来てるなんてさ」
寝ている黄泉代に話しかける。
「で、なんで黄泉代は寝てるんだ。」
高坂が訊く。
「さっき、この子が泣き出したと思ったらすぐ泣き止んで」
「……」
「そしたら急に黄泉代が静かになって」
女性が赤ん坊を見る。
「二人とも寝ちゃってさ」
「…………」
高坂と桐谷が顔を見合わせる。
「……やばい」
「まずいことになった!」
「え?」
女性が首を傾げる。
「何が?」
高坂は、赤ん坊を見つめている。
「……まさか」
赤ん坊が。
小さな手を伸ばす。
そして。
高坂の指を握った。
「…………」
高坂の表情が固まる。
「おい」
高坂が警戒する。
「黄泉代?」
「……」
「お前黄泉代なのか。」
「高坂、何ちょっと変なこと言ってるのよ」
赤ん坊は答えない。
ただ。
天井を見つめて――
「……アウア・・・」
高坂と桐谷の顔が引きつる。
「……黄泉代さん」
桐谷が恐る恐る聞く。
「まさか」
「ん?」
「もう、憑依が始まってるんじゃ……」
「…………」
桐谷が赤ん坊を見る。
赤ん坊も桐谷を見る。
「…………」
「…………」
そして。
赤ん坊が――
「うぇぇぇぇん!」
「なに、お腹減ったの・・・?」
「高坂、ごめん私、この子にミルクあげてくるから」
桐谷は顔を赤く染める。
「ミルクってまさか・・・」
高坂は目が点になっていた。
桐谷は膝から崩れ落ちて、ベッドの黄泉代に身体を預ける。
「嫌だ・・・黄泉代さんが、、、赤ちゃんに、、、」
「しかもよりにもよって初恋の相手の」
「やだやだやだ!絶対に嫌だ!」
「まぁこれは事故みたいなもんだしな」
高坂は淡々と言う。
「最悪だ。もう・・・」
「ん、なに、どうしたの・・・」
「黄泉代!」
高坂が呆然とする。
「お前……」
「ごめんごめん、私もう帰らないと・・・ってえ?」
泣いている桐谷と安堵する高坂。
理解が追いついていない黄泉代。
病室に漂う独特の空気感。
「うぇーーーーーーん」
赤ん坊は耐えきれず泣き出してしまう。
「ちょいちょいちょい!!」
高坂は急いで部屋から赤ちゃんを出す。
「高坂、、、はなにやってんの、あれ」
桐谷は笑いながら、少しだけ目を細める。
「黄泉代さんが赤ちゃんにならないように」
「どういう意味?」
「憑依の」
「あ~そういうことか。」
黄泉代は赤ん坊を見る。
そして。
「まあ……」
苦笑した。
「依頼されたらな」
「え?」
「赤ん坊や子どもが助けを求めるのは、俺じゃなくて母親だからさ」
その言葉に。
桐谷が胸をうたれる。
「黄泉代さん・・・」
「私・・・貴方のこと・・・」
「だめ、やっぱり言えないかも」
助けて、彼女の心の声がした。
黄泉代は、助けたい、そう思う前に
彼女を抱きしめていた。
◆
長かった金髪鬼ギャルの憑依代行。
それは終わった。
そして黄泉代はまた――
誰かの人生を演じる。
誰かの願いを叶えるために。
今日もまた。




