憑依代行黄泉代 金髪鬼ギャル編 第八幕
――翌日の昼。
病院の休憩スペース。
テレビから、臨時ニュースが流れていた。
『先ほど入ったニュースです。指定暴力団、東極会の二次団体の幹部と見られる男が、何者かによって襲われ行方が分からなくなった事件について、警察はあらたに・・・」
高坂は画面を見つめていた。
隣では、桐谷が唇を噛んでいる。
『警察では、暴力団同士の抗争の可能性も視野に――』
「……」
桐谷の目から、涙が落ちた。
「……黄泉代さん」
高坂は何も言わず、桐谷の肩に手を置いた。
「大丈夫だ」
「でも……」
「まだ決まったわけじゃない」
「……はい」
その時。
「よぉ、高坂」
「……!」
二人が振り返る。
そこには――
車椅子に乗った男がいた。
「黄泉代……?」
高坂が立ち上がる。
「お前……」
黄泉代は、いつものように笑った。
「依頼完了だ」
「……!」
高坂が拳を握る。
「お前……ふざけんな!」
殴りかかろうとする。
「高坂、落ち着け」
「落ち着けるか!」
高坂は黄泉代の胸ぐらを掴もうとする。
「お前、自分の身体がどうなってるか分かってんのか!」
「分かってる」
「分かってねえよ!」
「……」
「何日間眠ってたと思ってる!」
黄泉代は黙った。
「あぁ、悪かったって」
そして。
「奴をやったのは俺じゃない」
「……は?」
「だから、まあ見ろって」
黄泉代はテレビを指差した。
*
ニュースでは、事件の詳細が報じられていた。
『行方が分からなくなった男は、東極会の二次団体に所属する若頭補佐とみられ――』
『事件現場では、別の暴力団関係者とみられる複数の男が目撃されており――』
高坂が画面を見る。
「……旗井組か」
桐谷が呟く。
「何ですか?」
「東極会の直系団体だ」
黄泉代が言う。
「奴をやったのは、そいつらだ」
「じゃあ……お前は何をした?」
黄泉代は少し黙った。
「俺は、依頼を遂行しただけだ」
「どういう意味だよ」
「復讐を代行した」
高坂が眉をひそめる。
「殺してないのに?」
「ああ」
「じゃあ何をした」
黄泉代はテレビを見つめる。
「この子が望んでたのは、あいつを殺すことじゃなかった」
「……」
「自分の人生を奪った男を、終わらせることだった」
「やつはもう未成年じゃない。報道の自由によって、いずれ真実は暴かれる」
*
黄泉代は、静かに話し始めた。
九年前。
母親と弟を失った少女。
祖母に引き取られ。
それでも復讐を忘れなかった。
大学で心理学を学んだ。
そして。
復讐相手が出所すると知った。
その男が東極会に入ったことも。
若頭補佐まで上り詰めたことも。
すべて調べた。
「でも」
黄泉代は言った。
「一人じゃ無理だった」
だから。
依頼した。
誰かに。
自分の代わりに。
「最初は、彼氏と別れることだった」
桐谷が言う。
「……でも、それだけじゃなかった」
「ああ」
黄泉代は頷く。
「この子は、俺に自分の人生を終わらせてほしかったんだ」
高坂が黙る。
「復讐を終わらせることじゃない」
「……」
「復讐に囚われた自分を終わらせること」
*
その瞬間。
桐谷が黄泉代の手を握った。
「じゃあ……」
「ん?」
「この人は、もう大丈夫なんですか?」
黄泉代は少し笑った。
「ああ」
「……本当に?」
「ああ」
そして。
「もう帰ったよ」
桐谷が目を見開く。
「どこへ?」
「故郷へ」
*
数年後。
田んぼ。
青々とした稲穂が風に揺れている。
「そろそろ休憩、、、」
年老いた女性が腰を伸ばす。
隣にいる若い男性も鍬を置いた。
「そうだな」
二人は畦道に腰を下ろした。
遠くから。
「パパー!」
声がする。
一人の女性が、小さな女の子の手を引いて歩いてくる。
女性の髪は黒い。
爪は丸い。
化粧も薄い。
かつての金髪鬼ギャルの面影は――ほとんどない。
「おばあちゃん!」
「おかえり」
女性は笑う。
その隣で、幼い女の子が周囲を見回している。
「ママー」
「なに?」
「あの人、なーに?」
女の子が指を差す。
そこには。
一人の女子高生がいた。
自転車に乗っている。
金髪。
鋭く尖った爪。
厚化粧。
いかにも鬼ギャルという姿。
女性は、その姿をしばらく眺めていた。
そして。
「……あれはねぇ」
少しだけ笑う。
「鬼ギャルっていうんだよ」
「鬼ギャルってなぁに?」
「うーん……」
女性は娘の手を握った。
「なんだろうね」
二人は空を見上げる。
透き通った青空。
その青空に負けんとばかりに、広がる入道雲。
風が吹く。
田んぼが揺れる。
蝉の声が聞こえる。
そして。
女性は、小さく呟いた。
「……ありがとう」
*
東京。
病室。
「……ホントに黄泉代だよな」
高坂が呟く。
「ああ」
「本当に?」
「うん」
「なんでお前は戻ってこれたんだ?」
黄泉代は少し考える。
「……分からない」
「は?」
「多分」
黄泉代は胸に手を置いた。
「この子が、最後に俺を返してくれたんだと思う」
「…………」
「もう自分で歩けるから」
高坂は黙った。
そして。
「……そっか」
椅子に座る。
「じゃあ、もう大丈夫だな」
「ああ」
「二度と戻ってくるなよ」
「それ、俺に言ってんの?」
「違う」
高坂は笑う。
「もちろん、鬼ギャルにだ」
黄泉代も笑った。
*
桐谷は、しばらく黄泉代を見つめていた。
「……黄泉代さん」
「何?」
「私」
桐谷は少しだけ俯く。
「ずっと、言えなかったことがあります」
黄泉代が首を傾げる。
「何?」
「?」
「私、貴方のこと――」
桐谷は顔を上げた。
そして。




