憑依代行黄泉代 金髪鬼ギャル編 第七幕
――その日の夜。
キャバクラの営業が終わった。
結衣は、一人で店を出る。
「……ふう」
夜風に当たりながら、空を見上げる。
今日も、あの男は来ていた。
東極会の若頭補佐。
九年前。
母と弟を奪った男。
今では組織の幹部にまで上り詰めている。
だが。
結衣は、もう知っている。
復讐は、憎い相手を殺すことではない。
その人間が積み上げたものを、全部壊すこと。
だからこそ。
九年間、心理学を学んだ。
人間の心を。
人間関係を。
そして――人間の弱さを。
「……もうすぐだ」
そのとき。
「お嬢さん」
後ろから声がした。
振り返る。
「……習志野さん」
旗井組の習志野だった。
「準備はできた」
「そう」
「本当にやるのか?」
「うん」
鬼ギャルは即答した。
「私、もう決めたから」
習志野はしばらく彼女を見つめた。
何かを言いたそうだった。
だが。
「……そうか」
それだけだった。
*
翌日。
ホテル。
若頭補佐は、結衣と部屋にいた。
「今日、随分静かだな」
「そう?」
「ああ」
男が笑う。
「いつもなら、もっと喋るだろ」
「疲れてるだけ」
「そうか」
男はグラスを傾ける。
結衣は、その姿をじっと見ていた。
この男のせいで。
母が死んだ。
弟が死んだ。
自分の人生も――あの日から壊れた。
それでも。
今、目の前にいる男は何も知らない。
酒を飲み。
女を侍らせ。
笑っている。
「……ねえ」
「ん?」
「私のこと、好き?」
「当たり前だろ」
男は笑う。
「お前は特別だ」
鬼も笑った。
「そっか」
「どうした?」
「ううん」
そして。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「ああ」
結衣は部屋を出た。
*
廊下。
スマートフォンを取り出す。
「……もしもし」
『どうだ?』
「今」
『分かった』
電話を切る。
結衣は、壁にもたれた。
手が震えている。
「……怖いな」
初めてだった。
復讐を始めてから。
本当に。
最後の一歩を踏み出す瞬間だった。
その時。
頭の中に、声が響いた。
『無理するな』
「……え?」
知らない声。
でも。
なぜか、懐かしい。
『俺が代わりにやる』
「……誰?」
返事はない。
結衣は目を閉じた。
「……変なの」
そして。
もう一度、電話をかける。
「来て」
『了解』
*
数分後。
ホテルの廊下に、複数の男たちが現れた。
先頭に立つのは習志野。
「行くぞ」
ドアの前に立つ。
「――突入!」
扉が開く。
「何だ、てめえら!」
若頭補佐が立ち上がった。
次の瞬間。
激しい乱闘が始まった。
机が倒れる。
椅子が飛ぶ。
男たちが殴り合う。
「ふざけんな!」
若頭補佐は必死に抵抗する。
「俺を誰だと思ってやがる!」
「知ってるよ」
習志野が言う。
「だから来たんだ」
若頭補佐が習志野に殴りかかる。
習志野は避ける。
しかし――
「ぐっ……!」
腹部に衝撃。
習志野が膝をついた。
「習志野さん!」
「構うな!」
若頭補佐はなおも暴れる。
だが。
旗井組の男たちが一斉に飛びかかる。
「押さえろ!」
「離せ!」
「くそっ!」
そして。
ついに。
若頭補佐は床に押さえつけられた。
「……終わりだ」
習志野が息を切らしながら言う。
*
鬼は、その光景を見ていた。
復讐相手が。
目の前で拘束されている。
九年間。
何度も想像した。
こいつが苦しむ姿。
こいつの人生が壊れる瞬間。
その時、自分はきっと笑うのだと思っていた。
なのに。
「…………」
何も感じない。
嬉しくない。
スッキリもしない。
ただ。
胸の中にぽっかりと穴が開いていた。
「……これで」
鬼が呟く。
「終わり?」
習志野が振り返る。
「……まだだ」
「え?」
「これからだ」
その瞬間。
習志野の身体が揺れた。
「……習志野さん?」
腹部。
シャツが赤く染まっている。
よく見ると床には。
血に染まったアイスピック。
「救急車!」
旗井組の男が叫ぶ。
「呼ぶな」
「でも!」
「呼んだら、お前らがしょっぴかれちまうだろうが」
習志野は苦しそうに笑った。
「大丈夫だ、俺は……」
結衣が駆け寄る。
「大丈夫か?」
習志野は、結衣の顔を見つめた。
そして。
目から涙が落ちた。
「……ごめんな」
「なんで謝るんですか?」
「元はと言えば……全部俺の責任なんだ」
「……え?」
習志野は、苦しそうに息を吐く。
「お前の母親と……弟のことだ」
結衣の表情が固まる。
「……え?」
「俺は……お前に言わなきゃならない」
周囲の旗井組の男たちが俯く。
誰も口を挟まない。
習志野は震える手を伸ばす。
結衣の頬に触れようとして――
途中で止めた。
自分の手が血で汚れていたからだ。
「あんなに小さかったのに……」
涙が流れる。
「こんなになっちまって……」
「……何言ってんの?」
結衣の声が震える。
「お前が遊園地で迷子になった時も……」
「…………」
「弟ができて、あんなに喜んでた時も……」
「……やめて」
「俺は全部、覚えてる」
「やめてよ……」
習志野は、静かに言った。
「大きくなったな・・・」
結衣の瞳が揺れる。
「…………」
「お前の母親と俺は……お前たちを守るために別れた」
「…………そんな」
習志野が若頭補佐を見る。
「俺が……あいつを東極会に引き入れたんだ」
若頭補佐が目を見開く。
「てめえ……まさか!」
だが、誰も動かない。
習志野は続ける。
「いつか……お前が復讐できるように」
「……お父さん」
その言葉が。
結衣の口から出た。
黄泉代の声ではなかった。
彼女自身の声だった。
二人は抱き合っていた。
「結衣・・・」
習志野の手が髪に触れる。
金色の髪がゆっくりと赤く染まる。
結衣の瞳は揺れていた。
「……汗臭さと」
涙が頬を伝う。
「タバコが混ざった、この匂い」
「…………」
「ずっと……覚えてた」
習志野の顔が歪む。
「お父さん……」
「……ああ」
習志野は哀しみの笑みを浮かべた。
「こんな、こんな姿になっちゃってなぁ・・・」
「お前を鬼にさせたのは・・・俺・・・なんだ」
「ごめんな・・・ごめんな・・・結衣・・・」
旗井組の男たちは、全員泣いていた。
誰もが知っていた。
習志野が何をしてきたのか。
何を犠牲にしてきたのか。
そして。
この復讐が、誰のためだったのか。
「……わたし」
結衣が呟く。
「わたし、鬼じゃないから……鬼ギャルだから」
習志野が笑う。
「ああ……そうだな」
「だから……」
結衣は涙を拭う。
「もう、大丈夫」
習志野は目を閉じる。
「……そうか」
そして。
「習志野さん!」
誰かが叫んだ。
*
そして。
病院。
「……黄泉代」
高坂はベッドの横にいた。
黄泉代の顔色は、さらに悪くなっている。
「お前……」
高坂は手を握る。
「何を見てるんだ?」
眠っているはずの黄泉代の目から。
一筋の涙が流れた。
高坂は、その涙を拭った。
「……もう帰ってこいよ」
しかし。
黄泉代はまだ戻らない。




