憑依代行黄泉代 金髪鬼ギャル編 第五幕
――黄泉代が帰ってこない。
それから、もう何日になる。
「……長すぎるだろ」
高坂は病室のベッドを見つめていた。
そこには、黄泉代本人が眠っている。
目を閉じたまま。
呼びかけても反応しない。
点滴だけが、規則正しく落ちている。
「黄泉代……」
高坂はベッド脇の椅子に座った。
「お前、何やってんだよ」
返事はない。
「もう依頼は終わったんじゃねえのか?」
もちろん、返事はない。
高坂は頭を掻いた。
「……戻ってこいよ」
*
黄泉代の憑依は、これまで長くても数時間。
依頼人の身体に入り、願いを叶えれば戻ってくる。
それが黄泉代の仕事だった。
ところが今回は違う。
依頼人の願いは、彼氏と別れること。
それは、とっくに終わっている。
なのに――戻らない。
「どういうことなんだ……」
高坂には、それだけが分からなかった。
黄泉代自身も分からない。
憑依中の本人が、何を抱えているのか。
それを高坂は知らない。
ただ一つ分かっているのは。
黄泉代が帰ってこないということだけだった。
*
その日の夜。
高坂はコンビニで買った弁当を病院の休憩スペースで食べていた。
テレビからニュースが流れている。
『――昨日、都内の飲食店にて、乱闘騒ぎがありました。騒ぎを起こしたのは指定暴力団、東極会の二次団体と見られ、警察が捜査を進めています。』
「……東極会?」
その名には、聞き覚えがあった。
同業の便利屋界隈で、東極会関連の依頼が増えているという話を聞いたことがあった。
最近、とある組の若頭補佐が派手に暴れており、その後始末で便利屋が駆り出されているらしい、という話だ。
「…………」
高坂はニュースを見つめた。
妙な胸騒ぎがする。
「まさかな……」
スマートフォンを取り出す。
黄泉代が今回憑依した女性。
彼女の情報を確認する。
大学生。
キャバクラ勤務。
そして――。
「……心理学」
高坂は呟いた。
黄泉代から聞いた話を思い出す。
今回の依頼は、ただの恋愛相談だった。
彼氏と別れたい。
それだけ。
なのに。
「何で、こんな奴のニュースが気になるんだよ……」
高坂はテレビを消した。
*
翌日。
高坂のもとへ、一通のメールが届いた。
差出人は――桐谷美咲。
『黄泉代さんのことについて、お話したいことがあります』
「……桐谷?」
以前、黄泉代に依頼をした女性。
駆け出しの新人女優。
高坂は返信した。
『用件は』
しばらくして。
「お話があります。◯△ホテルの315室に来てください。」
「高坂さん」
ホテルへ行くと、本当に彼女が待っていた。
「黄泉代さんが入院してるって本当ですか……?」
「あぁ本当だ。」
「……意識が戻ってないって聞いてます。」
桐谷は高坂を見つめる。
「誰からその話を。」
「探偵さんです。」
「まさか、、、」
高坂は気づく。
「まさか、俺達が襲われている時に助けに来れたのは・・・探偵のおかげ?」
「半分正解です。探偵さんは途中で貴方達を見失ってしまったんです。それで、つてを辿っていったら、プロレスラーの方とメカニック?の方に行き着いて。」
「なるほどな。」
「……ごめんなさい。こんなことして、怖いですよね」
「ああ、ずいぶん大胆な女だな。」
高坂は答えた。
「心配なんです。黄泉代さんのことが。」
「なるほどねぇ、そういうこと。」
高坂は合点がいった顔をした。
*
桐谷は椅子に座った。
「私、少し調べたんです」
「何を?」
「今回の依頼人のこと」
高坂が顔を上げる。
「どうして?」
「黄泉代さんが帰ってこないからです」
桐谷はスマートフォンを見せる。
「この人……最近、ある男性と接触しているみたいなんです」
「誰?」
「東極会の二次団体の幹部」
高坂の表情が変わる。
「……若頭補佐?」
「はい」
「何でそんな奴と?」
「分かりません」
桐谷は首を横に振った。
「でも、偶然とは思えません」
高坂はゆっくりと頷く。
「……あいつ、何かに巻き込まれてる」
「私もそう思います」
「いや」
高坂は首を横に振った。
「巻き込まれたんじゃないのか・・・」
「……え?」
「まさか、あいつ、自分から飛び込んだのか」
*
その頃。
黄泉代は、結衣の身体でキャバクラにいた。
「いらっしゃいませー!」
店内はいつも通り。
笑い声。
グラスの音。
煙草の煙。
その中に。
一人の男が入ってきた。
スーツ姿。
店の女たちが、一瞬だけ黙る。
「……あの人」
「知ってる?」
「東極会の……」
黄泉代は男を見た。
そして気づいた。
この身体が。
ほんの少し震えた。
「……こいつか」
九年前。
母親と弟を奪った男。
出所して。
再び道を踏み外し。
今では東極会の若頭補佐にまで上り詰めた男。
復讐相手。
男が笑う。
「今日は君を指名したい」
黄泉代は微笑んだ。
「……ありがとうございます」
完璧な営業スマイル。
だが、その目の奥には。
狂気を潜めた鬼がいた。
*
病院。
高坂は一人、廊下に出た。
東極会。
若頭補佐。
旗井組。
検索結果に、いくつかの記事が出てくる。
「老舗直系団体……旗井組」
表向きは建設会社。
地域の再開発や公共工事にも関わっている。
だが、裏では東極会内部の揉め事を収める役割を担っている。
「治安維持部隊……か」
さらに記事を読み進める。
その名前の下に――。
『習志野』
「……」
高坂は手を止めた。
「こいつ……」
妙に引っかかる。
しかし、何が引っかかっているのか分からない。
*
病室へ戻る。
黄泉代は、まだ眠っている。
「……お前さ」
高坂はベッドの横に立った。
「何を見つけたんだ?」
当然、返事はない。
「俺に言えよ」
「一人で抱え込むなって」
しばらく沈黙。
高坂は椅子に座る。
「……頼むから戻ってこい」
そして、小さく呟いた。
「俺たちには、お前が必要なんだよ」
その瞬間。
黄泉代の指が――
ほんの少しだけ動いた。
「……!」
高坂が立ち上がる。
「黄泉代?」
だが、目は開かない。
「おい!」
反応はない。
それでも。
高坂は確かに見た。
黄泉代の頬を――
一筋の涙が伝っていた。
「……お前」
高坂は黙った。
その涙が。
眠っている黄泉代自身のものなのか。
それとも――
遠く離れた場所にいる、結衣のものなのか。
高坂には分からなかった。
*
その夜。
高坂のスマートフォンが鳴る。
知らない番号。
「……誰だ?」
『高坂さんですか』
「そうだけど」
『旗井組の習志野と申します』
「……!」
高坂の目が鋭くなる。
「何の用だ」
『この件に関わらないでいただきたい。』
『詮索もしないでいただきたい。』
電話の向こうで、習志野が静かに言う。
「あんたは何者なんだ」
『それは――』
習志野が一瞬、言葉を止める。
『貴方が知らなくて良いこと。』
「ふざけんな。今すぐ言え」
『……そうですか』
そして。
『では、一つだけ』
「あなたは今日、新人女優の桐谷美咲と会いましたね。」
「なに、でたらめだろ」
高坂の声が、ほんの少し震えた。
『◯△ホテルの315号室』
「……は?」
「まずは御自分の、身の安全を考えてください。」
電話が切れた。
「おい!」
高坂はスマートフォンを見つめた。
「……何なんだよ」
その頃。
別の場所では。
金髪鬼ギャルが、一人の男の隣で笑っていた。
そして。
その男の背後では――
すでに、復讐のための駒が動き始めていた。




