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憑依代行黄泉代 金髪鬼ギャル編 第四幕


 故郷へ向かう電車の窓から、景色を眺める。


 ビルが減っていく。


 住宅街が減っていく。


 やがて、視界いっぱいに田んぼが広がった。


「……懐かしい」


 黄泉代の口から、思わず言葉が漏れた。


 もちろん。


 黄泉代自身に、この場所の記憶はない。


 なのに、この身体だけが知っている。


 駅から少し歩いたところにある古い商店。


 川沿いの道。


 小学校。


 そして――田んぼの向こうに見える山。


「……この子にとっては、ここが故郷なんだな」


 駅を出る。


 そこで、一人の男が待っていた。


「……結衣?」


 黄泉代が振り返る。


「おまえ・・・」


 そこには青年の姿が。

 

 どこにでもいる、ごく普通の。


「え?」


「久しぶり」


 男は少し照れくさそうに笑った。


「……なんでここに?」


「え?なんでって・・・」


「お前が帰るってきいたから迎えに来たんだよ」


 黄泉代は慌てて言い直した。


「あ、いやそういうことじゃなくて」


「……そうか」


 青年は少し寂しそうに笑った。


「俺だよ。昔から一緒だっただろ」


 その言葉に。


 黄泉代の胸が、妙にざわついた。


     *


 二人は田んぼ道を歩いた。


「大学、どうだ?」


「まあまあ」


「キャバクラの仕事は?」


「……なんで知ってるの?」


「ばあちゃんから聞いた」


「ああ……」


 青年は笑う。


「お前、昔から無茶するからな」


「昔から?」


「覚えてないか」


「……ごめん」


「いいよ」


 青年は前を向いた。


「お前、あの日から変わったからな」


「……あの日?」


 青年は立ち止まった。


 そして。


「おばさんと、弟が。」


 黄泉代は息を止めた。


     *


 九年前。


 まだ十二歳だった彼女は、母親と弟と三人で暮らしていた。


 父親は結衣が物心つくころにはいなかった。


 事情は詳しく知らないが家を出たらしい。


 母親も何も語らなかった。


 ただ。


「お父さんは、遠くにいる」


 それだけだった。


 そして、あの日。


 母と弟は自転車に乗っていた。


 そこへ。


 飲酒運転のバイクが突っ込んだ。


 母親は死亡。


 六歳の弟も死亡。


 十二歳の少女だけが残された。


 父親はいない。


 行く場所もない。


 彼女は母方の祖母に引き取られた。


 そして――。


「犯人は?」


 黄泉代が聞く。


「少年だった」


「……」


「飲酒運転してた不良少年」


 青年は言った。


「少年院に入った」


「何年?」


「7年」


 黄泉代は息を呑んだ。


「……もう出てる」


「ああ」


 青年は頷いた。


「二年前に」


「それで」


「お前は、ずっと調べてたんだろ?」


 彼女は。


 母と弟を奪った男を忘れなかった。


 少年院へ送られたことを知っても。


 刑期を終える日を調べた。


 出所したことを知った。


 そして。


 その男が再び犯罪に手を染めたことを知った。


 やがて。


 男は東極会の二次団体へ入った。


 そして――


「若頭補佐まで上がった」


 青年が言った。


「……そう」


 黄泉代は呟いた。


「お前、あいつを殺すつもりなのか?」


「……分からない」


「…………」


「お前は九年間、それだけを考えてた」


 青年の声が震える。


「俺は知ってる」


「……」


「お前が夜中に一人で泣いてたことも」


「……」


「心理学を勉強した理由も」


「……」


「たとえ殺せなかったとしても」


 青年は言った。


「社会的に、あいつを殺すつもりなんだろ」


 黄泉代は答えなかった。


     *


 大学で心理学を専攻した。


 すべては復讐のためだった。


 相手の心理を読む。


 人間関係を利用する。


 依存させる。


 追い詰める。


 社会的信用を失わせる。


 そして最後に――


 何もかも奪う。


 殺す必要などない。


 生きたまま、人生を終わらせればいい。


 それが彼女の復讐だった。


「……でも」


 青年が言う。


「お前は、あいつに近づいた」


「・・・」


「キャバクラで働いて」


「……」


「客として来たあいつに、自分から近づいた」


「…………」


 青年は拳を握る。


「そして、あいつはお前に惚れた」


 黄泉代は黙っていた。


 若頭補佐は、鬼ギャルに惚れていた。


 ただし。


 鬼ギャルにとって、それは恋ではない。


 すべてが計画だった。


 近づく。


 信用させる。


 弱点を探す。


 そして――。


「……本当は怖いんだろ」


 青年が呟いた。


「何が?」


「復讐が、本当に始まっちゃうことが」


「…………」


「だから、お前は俺に連絡をしなくなった」


 黄泉代は顔を上げる。


「私が?」


「お前は、俺を巻き込みたくなかったんだよ」


「……」


「俺は、お前が鬼になる前から知ってるから」


 青年は笑った。


「昔のお前を」


 その言葉に。


 黄泉代の胸が締め付けられる。


 鬼になる前。


 母親と弟を失う前。


 まだ普通の少女だった頃。


 この青年だけが、その姿を知っている。


     *


 夕方。


 二人は田んぼの脇にある小さな公園に座っていた。


「なあ」


 青年が言う。


「復讐なんて、やめろよ」


 黄泉代は黙っていた。


「おばさんも、弟も、もう戻ってこない」


「……分かってる」


「じゃあ」


「でも」


 黄泉代は空を見る。


「私は、九年間ずっと待ってたんだ」


「…………」


「終わらせることを」


 青年は黙って話をきく。


「……結衣」


「私はね、強くなったんだよ。」


「・・・」


「やつとキャバクラで最初に会った日の夜」


「あぁやっと終わる、これでやっと終わるって!」


「泣きながら鏡見たら、そこには鬼がいたんだ」


「結衣・・・」


「だから、」


 黄泉代は立ち上がった。


「私はこの物語を終わらせる」


「それが私の役目だから」


     *


 その夜。


 黄泉代は一人、祖母の家の縁側に座っていた。


 風が吹く。


 遠くで虫が鳴いている。


 祖母は、何も聞かなかった。


 ただ。


「……あの子はね」


 ぽつりと言った。


「昔は、よく笑う子だったんだよ」


 第三者に語りかける口調。


 祖母は会ってそうそうに、


 結衣の中にいる黄泉代の存在に気づいていたのだ。


「お母さんが死んでから、笑わなくなった」


「……」


 黄泉代は黙って聞いていた。


「でも、あの子と一緒にいる時だけは、少しだけ笑ってた」


 黄泉代は、夜空を見上げる。


「……そうだったんだ」


 その瞬間。


 黄泉代の中で。


 何かが、少しだけほどけた。


 彼女が欲しかったのは。


 復讐だけではなかったのかもしれない。


 失った時間を取り戻すこと。


 あの日から止まってしまった自分を、誰かに動かしてほしかったのかもしれない。


 それでも。


 彼女は、復讐を選んだ。


 九年間。


 一人で。


 だから黄泉代は立ち上がった。


「……行くよ」


「どこへ?」


「東京」


「復讐するのかい?」


 黄泉代は迷っていた。


 ただ。


 胸の奥にある、彼女の願いを感じていた。


 ――終わらせて。


「……うん」


 その夜。


 黄泉代は東京へ戻った。


 そして数日後。


 金髪鬼ギャルとして働くキャバクラに、一人の男が現れる。


 彼は――


 旗井組(はたいぐみ)習志野(ならしの)と名乗った。


 そして黄泉代に告げる。


「ある男を襲いたい」


「協力してほしい」


 黄泉代は、男を見つめた。


「ある男って」


 男は事情を説明した。


 出所した元不良少年を自分が東極会に招き入れたこと。


 そいつは現在二次団体の若頭補佐として頭角を現していること。


数ヶ月前に敵対する韓国マフィアのシマで乱闘騒ぎを起こしたこと。


東極会と韓国マフィアは表上では敵対組織だが、裏では良好な繋がりを築いていること。


韓国マフィアは面子を最重要視する。抗争を避けたい東極会は多額の資金を韓国マフィアに提供。その多額の資金は旗井組が肩代わりすることになった。


「俺達、旗井組は東極会の中でも老舗の直系組織。」


旗井組は表向きは建設業でシノギを稼ぎ、裏では東極会の内部抗争や反乱分子を抑え込む、治安維持部隊。


「つまり、」


「責任はやつを組に招き入れた俺にある。」


「そして、抑え込めなかった旗井組にあるって話だ。」


旗井組の連中は当然反発。そして、その怒りの矛先はやつに向かっている。


「あなた、ではなく?」


習志野は笑う。

「普通はそう思うだろうが、この世界は仁義の世界。受けた恩を仇で返すような真似をする奴を、決して許さない社会だ。それに俺は」


「・・・え?」


「あまり、自分で言いたくないが、慕われてる方だ」


習志野は照れくさそうに言う。


「そうなんですね、頼りになりそうですもんね」


「・・・そうだな」


習志野は黙って俯く。


「やつは人一倍警戒心が強く、戦闘力も高い。真正面から戦ったらこっちも相応の痛手を負うことになる。」


「だから、君の力が必要なんだ。」


 そして。


「わかった、協力する。」


 「ただし。」


 「一つだけ条件があります。」


「条件?」


「全部終わったら――」


「…………」


「私の身の安全を保証して」


「そして」


「私を、故郷に帰して」


 習志野は、静かに頷いた。


「分かった」


 こうして。


 九年前から続いていた鬼の物語は――


 クライマックスを迎えようとしていた。


立ち去ろうとする黄泉代。


「なぁ最後に一つだけいいか」


習志野は問いかける。


「なんですか」


「いつも、その格好なのか」


「はい、そうですけど」


「そうか、、、」


「なにか?」


「とても似合っていると思う。」


「あ、ありがとうございます・・・じゃ」


キャバクラでは言われ慣れている言葉。


でもなぜか、彼女の心の中には


今まで感じたことのない、


複雑で何とも説明しがたい気持ちが広がっていた。


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