憑依代行黄泉代 金髪鬼ギャル編 第三幕
電話が切れた。
黄泉代は、しばらくスマートフォンを耳に当てたまま動かなかった。
『お前が何をしようとしてるのか、俺……少しだけ知ってる』
『あの男のことだ』
『九年前の事故の――』
そこまでだった。
「……あの男って、誰だよ」
答えはない。
黄泉代は、すぐに電話をかけ直した。
しかし、出ない。
「……くそ」
もう一度。
やはり出ない。
黄泉代はスマートフォンを握りしめた。
胸の奥が妙にざわついている。
この身体の持ち主が隠しているもの。
九年前の事故。
そして、あの男。
それらは全部、繋がっている。
*
翌日の夕方。
大学から帰ってきた黄泉代を、駅前で待っている男がいた。
「……結衣」
「またお前かよ」
元彼だった。
「少しだけ話したい」
「別にいいけど」
二人は駅前のベンチに座った。
元彼は、しばらく黙っていた。
「昨日の電話……聞いたよな」
「うん」
「俺が知ってること、全部話す」
「・・・」
「でも、その前に一つだけ言わせて」
元彼は黄泉代を見た。
「俺、お前が浮気したなんて信じてない」
「……」
「九年間付き合ってきたわけじゃない。俺がお前と付き合ったのは大学に入ってからだ」
「うん」
「でも、分かるんだよ」
彼は苦笑した。
「お前、そういう嘘つくの下手だから」
黄泉代は何も言わなかった。
「別れ話をされた時も、おかしいと思った」
「……」
「お前、俺の顔を一回も見なかっただろ」
「…………」
「本当に嫌いになったなら、もっと平気な顔するはずだ」
黄泉代は黙っていた。
確かに。
依頼人は、彼氏に嫌われるために黄泉代を使った。
だが――。
自分から別れを告げることさえ、できなかった。
「お前、俺と別れたかったんじゃない」
元彼が言う。
「俺を巻き込みたくなかったんだろ」
「……巻き込む?」
「お前のスマホを見た」
黄泉代の目が細くなる。
「何?」
「浮気相手なんていなかった」
「…………」
「その代わり、変な検索履歴ばっかりだった」
元彼は拳を握る。
「東極会」
「……!」
「その二次団体」
「…………」
「それから、若頭補佐」
黄泉代は黙った。
「あと――九年前の交通事故」
胸の奥が締め付けられる。
「ずっと調べてたんだよ」
「…………」
「事故の記事を何度も読み返してた」
「……どこでその情報を」
元彼は地面を見つめる。
「たまたま見つけたんだ」
「…………」
そして、結衣を見つめる。
「お前の部屋で」
黄泉代は目を見開いた。
記憶が曖昧だが。
この身体は、全部知っている。
そう確信した。
ただ、意識だけがそれを拒んでいる。
*
「なあ」
元彼が口を開く。
「お前の母親と弟が死んだ事故」
「……」
「事故を起こした男、もう出てきてる」
「……知ってるよ」
黄泉代が考える前に、彼女の口から出た言葉。
「知ってるのか?」
「・・・」
黄泉代は答えた。
「やつは九年前に少年院に入って、最近出所した」
「そう」
元彼は頷いた。
「でも、問題はその後だ」
「……何が?」
「そいつ、また犯罪を繰り返してる」
黄泉代は顔を上げた。
「そして――」
元彼は声を落とした。
「今は、東極会の二次団体にいる」
風が吹いた。
黄泉代の金髪が揺れる。
「…………」
「若頭補佐まで上がってる」
「……若頭補佐」
「ああ」
黄泉代の中で、何かが繋がった。
心理学。
九年前。
事故。
東極会。
若頭補佐。
キャバクラ。
そして――この男。
「お前……」
元彼が言った。
「復讐するつもりだろ」
「…………」
「だから俺を振った」
黄泉代は答えなかった。
「俺を巻き込みたくなかったんだろ?」
「……違う」
「え?」
「私は――」
言葉が止まる。
違う。
今、喋っているのは自分ではない。
この身体の持ち主だ。
彼女が何を望んでいるのか。
黄泉代は、ようやく理解し始めていた。
「……私は」
小さく呟く。
「ずっと、復讐するつもりだったんだ」
「……結衣?」
「九年間ずっと」
元彼は黙った。
「心理学を勉強したのも」
黄泉代は机の上にあった本を思い出す。
「相手を殺すためじゃない」
「…………」
「社会的に殺すため」
名誉。
地位。
人間関係。
組織での立場。
人生そのもの。
すべてを奪う。
それが彼女の復讐だった。
「でも……」
元彼が拳を握る。
「誰かに止めてほしかったのかもしれない」
「…………」
「それとも――」
元彼は、黄泉代を見つめた。
「誰かに、最後まで一緒にいてほしかったのかもしれない」
その瞬間。
頭の奥で、何かが弾けた。
――暗い部屋。
机。
大量の資料。
写真。
新聞記事。
そして一人の少女。
泣きながら、それらを並べている。
『お母さん……』
『ごめんね』
『弟のことも……』
『絶対に、許さない』
黄泉代は頭を押さえた。
「……っ!」
「結衣!大丈夫か?」
「大丈夫……」
だが。
次に浮かんだのは、別の記憶だった。
田舎の風景。
田んぼ。
自転車。
そして――
一緒に走る、一人の少年。
『また明日な!』
『うん!』
黄泉代は目を開いた。
「……あいつは」
「え?」
幼い頃からの友達がいた。
十二歳で母と弟を失った後も。
祖母に引き取られてからも。
ずっと故郷に残っていた少年。
唯一、自分の過去を知る人間。
「……あいつなら、何か知ってる」
「誰だよ?」
「この子の幼馴染だ」
「え・・・」
黄泉代は立ち上がった。
「会いに行く」
「待て」
「何?」
「お前、本当に復讐する気なのか?」
黄泉代は答えなかった。
しばらくして。
「……まだ分からない」
「…………」
「でも」
金髪の髪をかき上げる。
「私は前に進むしかないの」
黄泉代は歩き出した。
その背中を、元彼が見つめる。
「……結衣」
その声に。
黄泉代は振り返らなかった。
ただ。
胸の奥に、もう一つの声が響いた気がした。
――行って。
――全部、知って。
――私が何をしたかったのか。
黄泉代は小さく息を吐いた。
「……分かったよ」
まだ本人の記憶は戻らない。
それでも。
復讐の輪郭だけは、はっきりと見えてきた。
そして黄泉代は知らなかった。
この復讐の中心にいる男が――
自分がまだ知らない「父親」という存在と、深く繋がっていることを。




